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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
意外と観光どころじゃなかった
20/68

5

杖を買ってしまったので現在所持金が銀貨で9枚とちょっとになってしまった。

ここいらで依頼を受けることが難しい以上、これからはなるべく節約して過ごさないとなぁ。


だが、現在は武技大会が絶賛開催中。

スパイシーな香りを漂わせるホットドック屋や最近少し暑くなってきたからかジュースを販売する屋台、昔から男をびんぼぅにさせるアクセサリーショップなどが当然大量にひしめいている。


是非それらを堪能してみたいのだが・・・。


「なんでそんな落ち込んでいるのだ?」

「節約生活をするに当たって屋台の堪能はあきらめなきゃかなーと」

「さ、さすがに食べ物くらいは好きに買っても良いのではないかっ!?」

「そりゃ食べ物くらいならイイケドさ、それ以外にもいろいろありそうじゃない?」


食べ物くらいは買うという僕の言葉を聞いて明らかに安堵するエル。

ここに来るまでに発生した10回以上にわたる携帯糧食の連食が効いたのか、最近のエルの食に対する執着はかなりのものになってしまっている。


今後旅行を続ける上でフリーズドライの必要性が跳ね上がったかもしれん。

エルも大変そうだったけど僕も大変なんだよなぁ。

この世の摂理に真っ向勝負な方法で生産する以上、魔力の消費量も半端じゃないし疲れるのも当然っちゃ当然なんだけどね。

それでもなんとか改善方法はないんだろうか、出来れば楽に作りたい・・・。


「そういえば杖も買ったし食事も取ったしどうして会場のほうに来たのだ?」

「え? 観戦に行くんだよ? 幸い僕らは無料で見れるみたいだし」

「観戦? 主が?」


何をそんな驚いたような表情をしているんだろう。

日本人の全員が好きかと聞かれたらかなり微妙だが、少なくとも僕は格闘技の観戦が結構好きだ。

当然、こんなファンタジーな世界で格闘技をやってるならばそれも見てみたいと思うわけで。


「なるほど、敵情視察というわけだな?」

「いや、全く違うから。っていうかトーナメント表の反対側の人たちの試合を見て敵情視察って全く論理的じゃないから」

「そんなに否定しなくとも良いと思うのだが・・・。主は自分が思っているほど弱くは無いぞ?」

「そういわれてもなぁ。完全に身体能力に頼りきりの状態だし」


そういって試合が行われているであろう会場に眼を向ける。


先ほどから度々歓声が響き渡る武技大会の会場はローマのコロッセウムとよく似ているが、アレよりも幾分装飾が少なくてシンプルな造りになっている。材質はコンクリートだと思うが、継ぎ目の無い巨大な石と言われても納得しそうなほど綺麗。ブルドーザーもショベルカーも無いようなこの世界では完成までに途方も無い時間が掛かったのは間違いない。


前に見たときの記憶が曖昧で間違ってるかもしれないけど、多分こちらの会場のほうが若干小さいと思う。それでも人の背丈をはるかに越えるサイズのアーチが大量に組まれた形となっており、見るものを圧倒させるような見事な景観だ。


たまに歓声が飛び交っている辺り、中では試合が進んでいるらしくて非常に楽しみだ。

・・・明日僕が出なきゃいけないことは忘れてしまいたい。


「すいません、大会の観戦に来たのですが」

「チケットをお見せいただいてもよろしいでしょうか?」

「主は本戦出場者だぞ」

「は・・・?」


大会スタッフは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして僕を見る。

この反応は想定の範囲内です。


「あっ、これ、ギルドカードです。僕みたいな低ランクのカードを偽造する人は居ないでしょうし身分証明書代わりにはなると思います」


スタッフの人がカードを見る。僕を見る。カードを見る。・・・そして再び僕を見る。


「いつまでじろじろと見ているのだ?」

「す、すいません。ちょっと驚いてしまって・・・。間違いなく本人ですね、ギルドカードはお返しします」

「通っても良いですか?」


カードを受け取り、バッグにしまってから尋ねるともうスタッフの人は平常心に戻っていた。

どこかのギルドのオペレーターとは違うね。


「はい、どうぞ。専用の場所が用意されていますので、右手側の階段を上がって3階へどうぞ。そこからは看板がありますのでそちらをご利用下さい」

「わかりました」


会場へつながる廊下には、当然ながら蛍光灯なんてものは無いのであまり明るくは無い、と思っていたのだが外壁に巨大なアーチを使ったり、採光用窓(ガラスが嵌っていないので採光用穴かもしれない)を用意しているために意外と明るい。


階段を上がり、武技大会関係者用という文字列と矢印の書いた看板を頼りに会場へ。


「凄い・・・な」


それは凄まじい光景だった。

およそ奥行き200m、幅150mくらいの卵型の会場は大量の人で埋まっていて空席が見当たらない。

人数はあまりにも多くて正確にはわからないが、3,4万人ぐらいだと思う。

・・・ひょっとするとローマのコロッセウムより大きいかもしれない。よく分からなくなってきちゃった。


直射日光を避けることが出来るように客席には布製の屋根が張られていて非常に快適。

単に人の入る会場を作ったというだけでなくアメニティにも気を使っているとはなんと素晴らしいのだろう。


「少し遠いな」

「まあ無料だしね」


関係者用の観戦スペースは若干端のほうに位置していて、試合の行われている会場まで50m近くあるので少し見辛い。

それでも周りの観客たちはわーわーと周辺に喧騒と熱気を振りまいているのでおそらく楽しめているようだ。


僕としては出来ればオペラグラスでも・・・ってそうだあるじゃん。

エルには何時もお世話になっているし、喜んでくれるといいのだが。


「エル、今から両目の視界が拡大されるからちょっと注意してね」

「そんなことが出来るのかっ!?」

「うん、僕だけ楽しむんじゃ申し訳ないし、多分エルの視界も調整できると思う」


どうせ外部に影響が出るような魔術じゃないし、杖は使わずに意識を集中。

対象はエルと僕。

イメージするのは双眼鏡。

指を鳴らしてスイッチON、もう一回でスイッチOFF。


・・・よし、準備OK。


魔力を外に流して指を鳴らすと予定通り魔術が発動、視界がおよそ5倍程度まで拡大されて試合が良く見えるようになる。


「おおっ! 相変わらず主は無茶が利くのだな」

「イメージの限りなら結構いろいろ出来るみたいだよ」


光源が無い環境下でもわずかに反射する光を増幅して暗闇で活動したり、熱源をもとに視界を取得することなんかも出来るかもしれない。




「凄いな、彼らは戦闘のプロだ」

「確かに凄いな。剣が生き物みたいだぞ」


今戦っているのは長剣を振るう重戦士、全身にアーマーを着ておりなんとも威圧感があっておっかない。

対する相手は軽装の魔術師で、長い杖を振って魔力障壁を展開して相手の剣を弾いたり避けたりして、たまに攻撃魔術を放って攻撃しているようだ。


重戦士が剣を振るったり、魔術師が何か攻撃的な魔術を使うたびに歓声が上がる。

僕もエルも剣による戦闘に詳しいわけではないが、それでも振り方が洗練されていて無駄が無いことくらいわかる。

全体的に見ると徐々に魔術師が押されているような印象を受けるが、もともと遠距離型の魔術師がこんな面と向かってヨーイドンな試合でマトモに戦えている時点で凄いと思う。


というか全身にアーマーを着込んだ人間に非殺傷の魔術でどうやってダメージを与えればいいんだろう。これ、反則じゃね?


「ねえ、全身にアーマーを着込んでいたら勝ち目無くない?」

「そんなこと無いぞ、斬撃は防げても衝撃自体は防げない以上ダメージは通る」

「んな無茶な・・・」


そうこうしているうちに重戦士がラッシュを掛ける。

右へ一振り、左へ一振り。

魔術師は素早く魔力障壁で弾いては居るものの徐々に後退している。

あと少しでリングアウトだ。


「あー、決まっちゃうかな」

「押されておるな」


ぎりぎりまで魔術師が押されて、決まったかな、と思った瞬間だった。

魔術師が魔力障壁を展開したまま突撃、くるりと重戦士の裏に回って攻守逆転。

重戦士はラッシュによる体力の消耗で鎧が重いのかちょっと反応が遅れている。


もちろん反応が遅れているといっても数秒も時間は掛かっていない。

それでも魔術師には十分すぎる時間だ。


大き目の魔術の発動の結果大気が揺れ、緑色のエネルギーの塊が重戦士に直撃。

貫通能力は低そうだったので確かに殺傷力は無いと思うが衝撃は十分にあったらしく重戦士がふらついて後退する。

今戦っているのはリングの端、そんな場所で後退すれば当然―――リングアウトだ。


会場は凄まじい歓声で包まれた。


ギリギリまで押された状態での一瞬での逆転劇。

観客を興奮させるには十分なものだった。


僕だってもちろん興奮している。

やはり僕も日本人なので牛若丸よろしく重武装の人間をひらりと倒す様にはあこがれるものがあるのだ。


「勝者はギリギリからの一瞬で勝利を掴んだぁっ! ヘルミ・ロンドバーグだぁぁぁぁぁああああああ!!!!」


なにか魔術を使っているのか会場全体に審判の声が響き渡る。

そして会場は再び耳を覆わんばかりの大歓声。ちょっとうるさい。


『凄かったねー』

『久しぶりに手に汗を握ってしまったな、知らぬ者同士の試合でこうなのだから主の試合が楽しみだぞ。周りの観客たちと同じように妾もきっと声を抑えられぬだろうな』


あー、そうだった・・・。

試合に見入ってしまって完全に忘れていたけど僕ってコレに参加なんだよね。

でも、あの分だと意外と何とかなるかもしれない。

重戦士も魔術師もそうだったけどミリアさんほどの速度じゃないので十分に目で追える。

もちろん攻撃が認識できるからといって対応できるかとは別問題なのだけど、それでも無抵抗にやられてしまう心配だけはなさそうだ。


仮に負けてしまったとしても、エルに申し訳くらいは立ちそうかな。


「あー、うん、まあ頑張るよ」

「そうだぞ、なんといっても妾の主なのだからな」







それから5試合を観戦して本日の試合は全て終了。

その全てが見ごたえのある試合で非常に面白かった。


「来て良かった、帰り道のこの人ごみに目を瞑ればだけど」

「多分それはあきらめるべき内容だと思うのだが・・・。それよりも妾はお腹が減ったぞ」


行きの段階であの人ごみだったのだから帰り道だって混むことくらいは予想してた。

ただ、これは異常だろう・・・。人波に乗ると帰ってこれないぞ、たぶん。

幸いエルがご飯を要求しているし、どこかの屋台で時間を潰してしまうか。


「屋台は結構種類がありそうだけど、なにか食べたいものとかある?」

「この人ごみだし、探すのは面倒だから近いところで良いぞ」

「おっけ、じゃああそこにしよっか」


僕が指した先には串焼きの屋台。

こちらの世界では初めて入るので結構楽しみかな。


「こんばんは」

「イラッシャイ! そこに席があるから座ってくれ。飲み物はどうする?」

「適当にお勧めでお願いします」


よいしょとイスに座りメニューを拝見。

・・・毎回のことながら不明なものばかり、知ってるのはホロワ鳥の串くらいか。


かなり不思議に思ってることなんだけど、僕のところだと肉といえば牛か豚か鶏の3種類。

ほかにもいのししや熊、鹿など肉の種類は少なくないが常食されていない。

この世界では常食される肉の種類がめちゃくちゃ多い。いろいろ楽しいからいいけど名前を覚えるのは無理かもしれない。


若干淡白な味わいながら歯ごたえがとてもよいホロワ鳥のモモ肉などは僕のお気に入り。

とりあえずコレの串は確定。

あとは・・・そうだな、エル次第かな。


「エルは何か“コレ”っていうのはある?」

「うーむ・・・。ウダエの串があれば後はなんでも良いぞ」

「おっけ。すいません、注文良いですか?」

「おう、なんにする?」


言葉遣いはちょっと荒いが人の良さそうな30くらいのオヤジさんに串を注文。

ホロワ鳥とウダエの串以外は適当に頼みますというととても嬉しそうに対応してくれた。


「串のほうもすぐに焼きあがるから先に飲み物でも飲んで待っててくれ」

「ありがとうございます」「ありがとう」


テーブルに置かれたのはビールのような飲み物。

入れ物がグラスじゃなくて灰色の陶器なので色がよく分からないが、多分赤っぽい。


「主、これは酒だぞ」

「こういうとこだし、普通ジュースは出ないでしょ。それに僕らはちゃんと成人してるんだから大丈夫だよ」


カップに注がれた酒を一口飲んでみると予想通りビールっぽい味なのだが、その次に来るのは酸味と甘み。ベルビュークリークなどのチェリービールが近しい味だと思う。


ヒューガルデンホワイトやベルビュークリークみたいなタイプのビールは日本だとやや女性向けの扱いであまり好んで飲む男性は居ないらしいが僕は結構好き。

クリーミーな泡と華やかな果物の香りが嗅覚と味覚を同時に刺激して大変美味しいのだ。

やや甘めなので串にはちょっと合わないところがあるかもしれないが、食前酒としては最良かな。


「そういえばお酒飲むのってこっち来てから初めてだ」

「そうだな、てっきり主は呑めないと思っていたぞ」

「結構好きなんだけど今まで機会がなかったんだよね。比較的高いしさ」


エルがリスのようにカップを両手で持って呑む姿を堪能しつつ僕もぐいっと二口。

うん、このビール美味いな。

いまさら気づいたけどちゃんと冷えてるし。魔術万歳。


「いい呑みっぷりじゃないか、串も美味いぞ」


楽しそうな表情の店主がそういって4本の串をテーブルに並べる。

日本の串焼き屋や焼き鳥屋の串と違い、一本一本のボリュームが凄まじい。

ちょうど高速道路のサービスエリアで食べられるような大きさ。


出来上がりを見るとどれがどの肉だかはさっぱりわからないが、一番近い串を一つとってバクリ。

外側はきっちりと焼き上げられているのだが中央部は少し生に近く、噛むごとに肉の脂とうまみが口の中に広がり大変美味しい。

やや塩気が強いが、ビールとあわせていただくとソレがまたちょうど良い感じだ。


「お酒を一つ下さい。出来れば同じような感じで甘くないのがあればいいのですが」

「二つだ、妾も呑むぞ」

「いいね、いいのがあるぞ」


すぐさま新しいビールが注がれて僕の前に。

一口飲むと先ほどのものと違って日本のビールに近い味わいで、苦味が強調されているのだがのど越しがよく串との相性が非常に良い。


先ほどと違う串を手にとってバクリ。

やや淡白な味わいの中に見え隠れするさらりとしたうまみ。

先ほどの肉と違って脂がじゅわっと出るようなことは無いが、これはこれで美味しい。


「美味いなぁ」

「そうだな」

「明日は武技大会だけど、思わず忘れちゃいそうだよ」

「・・・明日に残るほど呑むのはだめだからな」


エルに窘められた気がするが、こう美味いものが出てきちゃったらどうしようもないでしょ。


「喜んでもらって何よりだ。さあ、満足するまで食っていってくれ」

「いただきます」

「主、聞いているのかっ!」

「聞こえてるし大丈夫だよ、コレくらいじゃ酔っ払ったりしないから」


明日、頑張らなきゃなぁ。

エルはこちらをジト目で見てくるし、負けたらお酒禁止令とかでちゃうかもだしね。


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