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「いやぁ、満足したなぁ」
「ここのところ定食屋など入っていなかったからな。満足したぞ」
王都に着てから、というより五日ぶりのマトモな食事だったせいかちょっと食べ過ぎた気もする。
異世界に来たからといって爆発的に運動量が増えたわけではないのであまり無神経に食べ過ぎるといろいろと危険だ。今後はある程度注意せねば。
「んじゃあそろそろ杖でも探しに行こうか」
「了解だ、会場のほうに向かうのか?」
「そのつもり。終わったら観光したいし」
食事を終えてメインストリートに出ると食事前に比べて人が増えた気がする。
この中を掻き分けて店を探すのはちょっと厳しいのでやはり裏道か。
「とりあえずまた裏道に戻ったほうが良いと思うぞ」
「そうだね、露店も増えちゃってるみたいで混雑っぷりがヤバイ」
僕はエルに連れられて再び裏道へ。
空腹で辺りをしっかり見回す余裕が無かった先ほどと違い、今の僕にはかなり余裕がある。
雰囲気のあまりよろしくない裏道だが、まったりと見て回るとお店があったり生活臭のある家などがあったりして意外と面白い。
ただし店舗の雰囲気はかなりアヤシイ。
何を売っているのかわからないが明らかにやばそうな感じだったり、一見さんお断りとしか思えないような飲み屋などが大半を占めるが、たまにファンシーな雑貨屋などがあるので油断ならない。
途中、武器屋らしき場所があったのでちょっと寄ってみたかったのだが、こういう雰囲気の場所で冷やかしもどうかと思ってあきらめてしまった。
そんな風に周りをじろじろと眺めながら道を歩いていると突然肩を叩かれて死ぬほど驚いた。
地元ならともかくこの世界で肩を後ろから叩かれるとは欠片ほども思ってなかったよ。
「ユート君じゃないの! それにしてもそんな驚くことかしら」
「ミリアさんでしたか。驚いてしまってすいません」
「気づいていなかったのか? あまり驚きすぎるのは失礼だぞ」
相手がミリアさんでよかった。
コレが悪意のある人物だったとしたら結構危なかったんじゃないだろうか。
「こんなところでどうしたの?」
「ちょっと杖を買いに来てたんですよ。ミリアさんはどうしてこんなところに?」
「私は武技大会でも見に行こうと思ってね。でもいくらお祭りだからってさすがに今のメインストリートを歩く気にはなれないわ・・・」
額を押さえつつメインストリートを見るミリアさんだが、その気持ちは僕もかなりわかる。
会場から結構離れているこの場所ですらこの状態。
これが近づくほどに悪化していくわけだし、とてもじゃないが歩こうという気にはなれない。
混雑した道っていうのはお祭りの醍醐味のような気もするけどね。
こう、女の子と歩くときに手を握ったりとかさ。
「もう買っちゃった?」
「まだ買ってないですよ。お店の位置がわからなくて迷ってるんです」
「ちょうど良かった! それならいいところがあるわよ。ちょっと雰囲気暗いけど」
「本当ですか! 場所を教えてもらっても良いですか?」
渡りに船とはまさにこのこと。
宿といい食事といい最近ツイてるなぁ。
いつか反動が来なきゃいいけど。
「そこの角を左に曲がって歩くと右手に酒屋が見えるから、そこを右に曲がってすぐ。看板があるからわかると思うわ」
「一本目の角を左、右手の酒屋を目印に右折、その後目的地周辺ですね。わかりました」
「ユート君の試合は明日だし、そこでいいやつ買って頑張んなさいよー。知り合いが出るのは久しぶりだし期待してるんだからね」
「え、ええ。なるたけ頑張ります」
「さて、あんまりツレを待たすのもあれだしもう行くわ。またね! ユート君、エルシディアさん」
唐突に現れて嵐のように過ぎ去っていったミリアさんをちょっと呆然としたまま見送り、僕たちは交差点を左へ。
すぐに右手側に酒屋、というよりちょっと洒落た感じの酒場を見つけたのでその角を右へ曲がる。
僕はあまりお酒は飲まないのであれだが、樽で作ったテーブルとイス。その奥には無数の酒が並んでいてなかなか雰囲気が良く、たぶん探せば日本でも似たような店があると思う。
「どうやらここのようだぞ」
「こ、これなの?」
エルが指差す先を見ると確かに魔術用品店っぽい看板が掲げられているのでそうなのだろう
だが、裏道のお店のご多分に漏れず雰囲気は真っ暗アンダーグラウンド。
ミリアさんに教えてもらったとは言え、果たして一見如きの僕が入って良いのか甚だ疑問である。
「どうしたのだ?」
「いや、どう見ても微妙な雰囲気を漂わせてるし入っていいものかなーと」
「良いに決まっている。紹介されたのに行かないほうが失礼だぞ」
そのままずるずるとエルに引き摺られるようにして店内に入ると、予想通り暗い雰囲気。
あまり広くないが、大量の杖が所狭しと並ぶ店内はなんとも威圧感がある。
ガルトの魔術用品店と違って単価が高いのが特徴で、安いものでも銀貨8枚から。
信じられないことに高いのは金貨40枚というのがある。
こんなものをキャッシュでポンッと買える人がいるというのが信じられん。
長い杖ばっかり置いているので随分悩んだけど、ブランクと思しき30cmくらいの杖を選択。
そのまま他人をしばくのにも使えそうな金属製でチタンのように軽い。
ただし強度のほどはわからないのでしばいてみたらポッキリ折れた、なんてこともありえるけど。
値段は金貨2枚。僕の払える限界。ああ、びんぼぅが近づく・・・。
正直な話今僕が使っている杖との差が素材以外わからないのでスペックシートが欲しい。
安物の杖(魔力+30)→アプレンティスの杖(魔力+50)みたいなのがあればわかりやすくていいのだけど。
・・・いや、意味ないか。どうせ魔法陣とか使わないし。高けりゃいいんですよ高けりゃ。
カウンターに杖を持っていくと店長がこちらに振り向いて口を開く。
「見ない顔だな」
「知り合いに教えてもらったんです」
店長は落ち着いた雰囲気のナイスミドルなのだが、長いローブのせいでそれ以上はよく分からない。
僕が持ってきた杖を掴むと威圧感のある赤い瞳で僕を見る。
「お前さんは冒険者みたいだが、これを戦闘で使うつもりか?」
「はい」
「その体格で長杖を持ち歩くのはきついかもしれないが、戦闘で使う以上多数の魔方陣を仕込めるほうがいい。事実、戦闘主体の魔術師で長杖を持ち歩かない奴は居ない。短杖は携帯性こそいいが汎用性が無くて戦闘に不向き、研究者向けだな」
やや僕を馬鹿にしたような口調。
見た目の都合もあるしコレばかりは仕方ないか。
「主を馬鹿にしているのか?」
「馬鹿に? 事実を述べているだけだ。重い杖を持って歩けないならば魔術師として戦うのは難しい」
「エル、落ち着いて。大丈夫だから」
僕が怒らない代わりにエルが怒る。
申し訳ないけどちょっと嬉しく思ってしまう僕がちょっと嫌だ。
「すいません、短いのを選んだのには理由があるんです」
「・・・・・・」
ここで店長を説得すればエルの鬱憤も晴れるだろう。
店長は目を細めて僕の言葉を待っているかのようだし、折角だから説明させてもらおうかな。
「僕たちは冒険者ですが、見ての通りのパワーファイターじゃありません。というより両方とも魔術師です。当然どちらか・・・もしくは二人ともが近接戦闘を強いられます。こんなときに長くて取り回しの利かないような杖では魔力障壁を展開しつつ近接戦闘を行うことが困難でしょう? 僕たちが短い杖を使うのは携帯性ではなく戦闘時における取り回しの良さがどれだけアドバンテージになるかを理解しているからなのです」
ちょっと息継ぎするタイミングがわからなかったので、一気に言い切る。
杖を抜いてから小さくつぶやき、杖でスタンロッドと魔力障壁を展開。
店内で魔術を使うのもどうかと思ったが、今のところ店には僕ら以外誰も居ないしまあいいでしょ。
「この通り、近接戦闘を行う上で短い杖は非常に有用です。長杖の場合魔力障壁と干渉してしまって上手に戦えないことがわかってもらえます?」
店長の顔を見ると目を見開いていて、随分と驚いているようだ。
説得に成功したっぽいのはいいけどそんな驚かれるようなことしたかな。
「ちょっと待ってろ。お前向けの杖がある」
そういうと店長はそのまま店の奥のほうへ。
いや、そういうの微妙なんですが。
店の奥にわざわざしまうような杖ってたぶん高価ですよね?
僕買えないですからね?
「さすが主だ、ちょっとスカッとしたぞ」
「あんまりこういうのって良くないけどね。脅してるみたいでさ」
◆
「あけてみろ」
どう見ても高級そうな化粧箱を持ってきた店長はそういうが、こんなの多分買えないぞ。
「ちょっと予算オーバーな気もしま――」
「どうした?」
「い、いえ。何でもありません。あまりに美しい杖なので驚きました」
化粧箱に包まれた杖は長さ30cmほどで、青みがかった金属製。
エルゴノミクスデザインなグリップが異彩を放っているがそれ以外は極めてシンプルな棒状の杖で、先端に近づくに連れて徐々に細くなっている。
何より僕が驚いたのは杖に刻まれた「COLT DEFENDER」の刻印。
もちろん刻印の両側にはコルト社のマークである馬が刻まれている。
そして杖の底面に刻まれた「S/N 100003478」というシリアルナンバー。
シリアルナンバーが記載されている以上それは明らかに工業生産品。
つまり、コルト社が冗談で作ったワンオフではないということ。
なんで異世界にコルト社製の武器があるんだ?
しかもピストルやライフルじゃなくて杖だぞ?
僕が呆然と杖を眺めていると店長は満足げな表情を浮かべている。
「綺麗な杖だろう。同時に複数の魔術を扱えるような高度な魔術師には良く似合う。お前が持ってきた杖はウェルダーの製品でそれほど性能が低いわけではないが、お前には合わん」
ん? 同時に複数の魔術を使うのって難しいのか?
エルが普通にやっているからなんてことない簡単な技術だと思ってた。
それよりあれだ、この杖の出所と値段が気になる。
まあ半分くらい予想はついてるんだけどさ。
「この杖は一体どこのものなんですか?」
「古代遺跡だ」
やっぱり・・・。
この分だと古代遺跡には僕の世界との接点がかなりありそう。
早いところ探索できるだけの技量等を身につけたいなぁ。
「それってじゃあ、この杖ってむちゃくちゃお値段が張るんじゃないですか?」
「金貨60枚。意外と安いだろう?」
「「ブッ!」」
噴出す僕とエル。誰が買うんだ誰が。
そして金貨60枚のどこが安いっていうんだ。
この人完全に金銭感覚がかっとんでるぞ。
武技大会の優勝賞金をいくらだと思ってるんだ、金貨100枚だぞ!
その優勝賞金の6割もの値段をつけておいて安いとはコレ如何に。
「残念ですが完全に予算オーバーですね。とても買えません」
「ウェルダーのミッドクラスを持って来るくらいだから金が無いのはわかっている。お前、予算いくらだ?」
「金貨2枚で限界ですね、これ以上は少しも出せません」
今度は店長が固まった。
たっぷり5秒は固まった後に呆然とした表情のままぼそっとつぶやく。
「・・・複数の魔術を同時に使用できるような魔術師なのに、なんでそんななんだ」
というか僕はEランク程度の微妙極まりない冒険者なんだけどそれを言ったら完全にフリーズしそうだなぁ。
当たり前だがポケットを叩いても増えるのはビスケットだけでお金は増えない。
店長はいくらか負けるつもりで例の杖を持ってきたっぽいのだが、さすがに金貨2枚で売れる品じゃないのは僕にだってわかる。
そんなわけで結局僕は自分で選んだ杖(ウェルダーだっけ?)を購入。
店長は最後まで納得してない表情だったがそんな表情をされても困る。
しかしコルト社製の杖が古代遺跡から発見、か・・・。
予定通りといえば予定通りだけど、今後の指針はほぼ決定だな。