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「うーん、どうしようかな・・・」
「名詞を言ってくれないと何がいいたいのかわからぬぞ?」
「あんまり大したことじゃないんだけど。杖を新しく買ったほうがいいかなーと思って。なんだか魔術師のレベルと杖が見合ってないなんて言われちゃったからさ」
すっかりピカピカで快適になった宿で一晩過ごした僕はいまさらミリアさんに言われた一言を思い出していた。
そう、この安物の杖でホイホイと魔術を使うと怪しまれるということである。
(あの時、光って目立つスタンロッドは扱わないように注意してたのになぁ)
もちろんEランクの冒険者如きがホイホイ魔術をつかっても怪しまれるとは思うが、「前からどこかで修行をしてました、ギルドに登録したのは最近です」なんていってしまえば問題ないと考えている。
だが杖は違う。
杖は低品質な場合は高度な魔方陣を組めないらしい。
そんな中、安物の杖でスタンロッドだの氷柱の射出だの殺傷力の高い魔術を使っていたら不自然極まりない。
銀貨3枚も出して買った杖が安物なんていうと、まともな杖は一体いくらするのか戦々恐々としてしまうのだが、武技大会に出てあれこれつつかれないようにするにはソレを買う必要があるだろう。
杖の品質が見た目には判らないならこんなことで悩まずに済んだというのに・・・。
ミリアさんはあっさりと見抜いてしまったからなぁ。
大体スタンロッドだって出来ることなら軍用懐中電灯から出力したいのだ。
夜の森で高出力かつスポットのキツイ懐中電灯を点灯すればわかると思うけど、光の柱が出来るんだよ。これでイメージを補強してスタンロッドを出力していたからやり易かったのに、単なる木の棒とか金属の棒なんかでスタンロッドをイメージするのはなかなか難しいしフラストレーションが溜まる。
金属の杖の場合なんか下手すりゃ自分が感電してしまうんじゃないだろうか。
普通の魔術がどういうステップなのかは知らないけど、僕の魔術は明らかにイメージが重要だ。
そういうことが無いとはとても言い切れない。
と、ここまで考えてからエルの顔を見るとちょっと悩んだ顔をしている。
「妾は人が扱う魔術については詳しくない。だから、どのくらいの杖を買えば主の魔術が普通に見えるのかがわからぬ」
「ブランクの杖なら金貨2枚も出しておけば良いんじゃないかな」
「即答だったが何か根拠はあるのか?」
「全く無い」
「・・・堂々と言うことではないと思うぞ」
絶句している間、次々とエルの額に縦線が入っていく様が見えた気がした。
「ごめんごめん、実際のところ根拠はないんだけどさ、今の僕の所持金を考えた時に払える精一杯の額が金貨2枚なんだよ。これ以上は逆立ちしたって払えない」
「なるほど、そうだったのか」
「納得してもらえて何より。・・・さて、武技大会が開催されるくらいだからそっちのほうに向かって歩いていけば魔術用品店くらいいくらでもあるでしょ。食事のついでに杖も買いに行こうか」
「・・・主よ、杖の話をしていたはずなのにどうしてそれが食事のついでになっているのだ?」
「え? そりゃ重要度の違いって奴でしょ」
◆
武技大会が開催されるのは王都中央付近にあるコロシアムのような建物。(日本語的に“殺しあう”みたいな感じがあるから物騒だよね)
武技大会が開催されるからかまだ午前8時過ぎだというのに道行く人の数は多く、あちこちに露店が開かれていることもあって混雑に拍車が掛かっている。
活気があって大変良いと思うのだけど、身長の低い僕とエルは随分と歩くのに苦労してしまって非常にかったるい。
おまけに先ほどから「(聞き取れない)が一枚」や「リグの(聞き取れない)」など、大声で商人たちが売りに勤しんでいるおかげでまともに会話すらできやしない。
ちょっと売ってる物を見たいのだけど、人が多すぎてそれも困難ときてる。
『すごい活気だよね、驚いた。歩くのにも困難なほどの人っていうのがちょっと鬱陶しいけどさ』
『主の世界と違ってこの世界では娯楽がほとんどないし、皆が楽しみにしておるのだ』
『娯楽っていうには結構暴力的な感じがしてならないんだけど、そういうものなのかな』
『そういうものだぞ』
この通り僕らは念話ができるので会話が難しかったり、迷子になってしまったりという心配は無いのは救いだと思う。
『歩くにくいしちょっと一本裏でも入ろうか、魔術用品店も定食屋も定期的にメインストリートに戻って左右見れば済む話だし』
『うむ、賛成だ。そこから裏道に入れるぞ』
エルの指差す方向に向かって歩き、裏道に入ると一気に雰囲気が変わる。
左右に建物が並ぶせいか圧迫感のある細い道。
道を歩く人は少なく、やや薄暗い。
耳を澄ませばメインストリートの喧騒が聞こえるのだが、別の世界に入り込んでしまったかのような錯覚すら感じる。
全体的に暗くジメジメとした雰囲気は治安も悪そうだし好きにはなれそうに無いが、メインストリートの混雑っぷりを考えると幾分マシか。
「言いだしっぺがいうのもどうかと思うけど、危ない雰囲気だよね」
「妾も居るし、こんな場所で主が危なくなるはずがないぞ」
フンッ、と無い胸を張るエルが頼もしい。
実際に襲われたらさすがに自分も戦うけどさ。
「今、なにか不埒なことを考えなかったか?」
「ソンナコトナイデスヨー」
「そんなことあるぞ、今妾を見て何を考えた?」
心を読めるのか、それとも念話みたいに漏れたのか。はたまた女の感か。
まさか“エルって胸無いよね”なんて正直に言えるはずも無く、どうやって言い訳しようか考えながら歩いていると
「おわっ!」 「キャッ!」
軽い衝撃と共に少女の声。
どうもエルの方を見ながら歩いていたら気づかなくてぶつかっちゃったみたいだ。
「すいません、大丈夫ですか?」
「ちょっと! 何してくれるのよ。荷物がバラバラになっちゃったじゃない!」
辺りを見ると荷物がバラバラと辺りに散乱している。
オレンジ、タマネギ、ピーマン、キャベツ、紙に包まれた何か(たぶん肉類)。
散乱している荷物の種類と量を見る限り定食屋さんか何かの関係者かな。
「ボケッと見てないで手伝いなさいよ」
「あ、はい、すいません・・・」
散乱したタマネギを拾いつつ、自分より小さな少女のほうを見る。
ややツリ目気味だが、純朴そうな顔立ちに肩まで伸ばした淡い青色の髪の毛と白いワンピースの姿はおとなしそうな印象を回りに与えると思うのだが、ハッキリとした話し方や気の強そうな声、僕に対する態度などからそんな印象が消し飛ぶまでに時間は掛からなかった。
「ほら、エルも手伝ってよ。僕だけだと時間が掛かっちゃうから」
「ん、ああ、済まぬ。主がタジタジとしているのが少し可笑しくて・・・」
ふわりと笑うエルとムスっとした知らない少女と僕で荷物を集める。
かなり大きい麻袋(?)に集まった荷物はやはりほとんどが食材で、少女が持つと一抱えにもなる大きさ。
そりゃ前も見えないしぶつかるわけだ。
「ほら、主。荷物を持つのを手伝ってやったらどうだ」
「そうだね。・・・よいしょっと」
「ちょ、大丈夫? それ結構重いのよ?」
あまりにもあっさりと持ち上げる僕を見て驚いたのか、少女は少々間の抜けた顔をしてこちらを見つめている。
「少なくともキミが持っていられるくらいなんだから余裕だよ。冒険者をなめちゃいけません」
「へえ・・・。あなた達冒険者なんだ。やっぱり武技大会でも見に来たの?」
「・・・非常に不本意なんだけど参加者なんだ」
「主はいい加減覚悟を決めたほうが良いと思うぞ、だから今日も杖を買いに来たのだろう」
「え゛・・・本戦参加者、ですって?」
やっぱそうだよね。
身長は四捨五入で160cmしかないし、年齢だって低く見える。
体つきも傍目にはかなり華奢。
どーみても僕は強そうに見えない・・・っていうかむしろ弱そうだ。
パートナーのエルだって似たようなもんだ。
少なくとも強そうには見えない。強いけど。
「名前聞いてもいい? 私はアーミルよ」
“聞いてもいい?”の次に名乗られたら拒否とか結構難しいでしょ。
出来ればかっこ悪いところ見られたくないし、教えたくないんだけどなぁ。
大会で負けて結果が出た後(多分出るよね、こういうのの結果って)
“あ、やっぱり初戦敗退だったんだー”なんていわれたら僕の脆いハートが砕け散ってしまう。
でもまあ、名乗られて名乗らないのは失礼だししょうがないか。
「僕はユートです。さっきの通り冒険者やってます」
「妾はエルシディアという。主の従者をしているぞ」
「エルシディアさんは冒険者じゃなくてユートの従者なの? 逆じゃなくて?」
「うむ、そうだぞ」
何故に僕は呼び捨てなんだろう。
いや、うん、別にいいんだけどさ。気にすることじゃないし。
そんなわけで裏道を10分も歩くとアーミルさんの目的地に到着、予想通り定食屋だ。
肉が焼ける香りなど、お腹の減る香りがあたりに充満しているので、朝から食事を取っていない僕たちにはある意味毒ガスのような効果を発揮している。
表口から普通に荷物を抱えたまま入ると左手側にちょっとしたテーブルがあったので荷物を置かせてもらう。重くは無いんだけど前が見えないので結構辛かった。
荷物を置いて店の中を見回すと予想以上に清潔な店内で、細かいところまで掃除が行き届いていて埃などがほとんど無い。
雰囲気や清潔感などを考えると良い店だと思う。
「ただいま」という可愛らしい声と共にアーミルさんが店の奥に入っていったあと、しばらく待つとがっしりとした体つきの男性がやってくる。
「うちの娘の買い物の手伝いをしてくれたって言うのはアンタか」
「え、ええ。まあそんな感じです」
「主、妾は空腹だぞ。早く食事を取りたい」
「エル、遠まわしに食べ物を要求しない・・・」
この食い意地のはった精霊は全くもう。
でも、アーミルの父は満面の笑みを浮かべていて、なんだかとても楽しそうだ。
「何だ、腹が減ってるのか。ウチで食っていくか?」
「いただきます。そこいらの座席に座っていても良いですか?」
「おう、そうしていてくれ」
適当に選んだ二人用のテーブルに腰掛けてしばらく待つとアーミルさんがメニューを持ってやってきてくれたのだが、僕もエルもあまりメニューを読まずに毎回お任せにしてしまっているので悪いことをした気分になってしまう。
そろそろ各食材の名前くらい覚えたいなぁ。
単語が違いすぎて料理の内容が揚げるか焼くか炒めるかくらいしかわからないんだよね。
“ウダエの炒め物”→正体不明の肉。豚肉っぽいのだが、微妙に臭い。
“ミーマのから揚げ”→前に食べたホロワ鳥のから揚げと同じ味。何が違うのかわからない。
こんな例は挙げていけばキリがない、文字が読めても意味が全く無いのだ。
今後の食生活の改善のためには是非覚えるべきであることくらいわかるのだが、いかんせん面倒なのでついつい“おまかせで”なんていってしまう。
「メニューを持ってきてくれてありがとう。でも、あまりこの辺の料理に詳しくないからお任せしちゃってもいい?」
「んー、何か嫌いなものとかある? メニューが多いから嫌いな食べ物とか混ざるかもしれないわよ?」
「僕もエルも好き嫌いとかは無いから大丈夫。アーミルさんに任せる」
「妾も楽しみだぞ」
「そうなんだ。ちょっと待っててね」
そういってアーミルさんが厨房に戻っていく。
と、思ったら2,3何かを話したあとに戻って来る。
顔には満面の笑みを浮かべているのだが、全くどうしてそうなっているのかがわからない。
「どうしたのだ?」
「今あんまり忙しくないから好きにしていいって言われたの」
「何で僕たちのところへ?」
「武技大会の出場者に会えるなんてめったに無いから話を聞いてみたかったの」
・・・話すようなことが思いつかない。
「ちなみに、どんな話題を期待してるの?」
「武技大会の本戦に出れるくらいならいろいろ語れることがあるでしょ」
「・・・隠してもしょうがないから白状しちゃうけど、僕って冒険者ランクがEなの。だから、そういう武勇伝とか話題とかってほとんど無いから」
唖然とした様子のアーミルさん。
確かにその気持ちはわかる。
僕も武技大会に参加することが確定したときは口からエクトプラズムが出てたくらいだし。
「え? は? Eランク? なのに本戦出場者?」
「うん、驚いた?」
僕の問いに対して回答はない。こりゃガッツリ混乱してるよ。常識的に考えてありえないもんね。
そんなわけであーでもない、こーでもないとくだらない話をすること大体五分くらい。
「おーいっ! アーミル、出来たからもって行ってくれー」
ようやくアーミルさんを呼ぶ声が厨房から聞こえる。
ああ、良かった。
これ以上突っつかれるとなんと回答して良いのか大分悩んでしまうところだった。
「なんだか疲れておるな」
「うん、無理やり話題を引き出したから疲れた。でもご飯だから大丈夫」
「ふふっ、全くもって主は食い意地が張っておるな」
「外から見た場合、エルも十分に食い意地がはってるタイプだと思うよ」
「おまたせっ」
「待ってました」「楽しみだぞ」
アーミルさんがテーブルの上に料理二皿とバスケットを並べていく。
一皿目は肉野菜炒め。
二皿目は分厚い玉子焼き。
バスケットにはバケットがたくさん入っている。
エルが早速バケットに手を伸ばして一口。
「うまいぞ、主も食べたほうがよい」
「頂くよ」
僕もバケットを一つ取る。
バケットは食べやすいように2cmくらいで斜めにスライスされており、さらに表面を焼いてあるので大変香ばしくて良い。一口齧るとリーナさんのとこのパンと違って若干例のエグ味があったものの、十分に美味しいといえる。
もきゅもきゅとバケットを齧りつつ肉野菜炒めも食べる。
こちらは肉のうまみをうまく利用していて、野菜炒めにありがちなうまみ成分の欠ける味にはなっていない。美味し。
さらに野菜がしゃきしゃきとしていて、炒めてあるはずなのに瑞々しくて美味しい。
こういう風にするには高出力のコンロで一気に炒めてやらなくちゃだめ。
比べるのも失礼な話かもしれないけど、僕が作った家庭料理とはレベルが違うな。
相変わらず食い意地のはった僕らの食事は静かだ。
最初にエルにバケットを勧められた以外、僕らの間に特に会話は無い。
次にスプーンで玉子焼きを掬って食べる。
・・・そのとき僕に電流走るっ!
これはアレだ、なんていうんだっけ。
玉子焼きの中に刻んだタマネギとひき肉を炒めてBBQソースで味付けしたフィリングを詰めた料理。
どうでもいいや、感想を言うのもメンドクサイ。美味い、食べたい。
オムレツを掬った部分にちょっとソース溜まりが出来るので、バケットをディップして一口。
ソースとバケットの相性がいいのは昔から定番として決まってる。当然美味い。
いやいやいやいや、これは美味すぎるでしょう。
こんな生活を続けていたら太ってしまうね。
この後バケットを二つほどおかわりしてアーミルさんを十分に驚かせた後、ようやく僕たちは満腹になって満足したのだった。