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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
意外と観光どころじゃなかった
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2

王都までの移動における食生活があまりにも灰色だったからか、フリーズドライにすっかり夢中で今後の生活を行う上で重要な点を二つほど忘れていた。


まず一点目、宿の確保。

今までは馬車の居室で寝ていたから問題ないが、今日からはどこかに泊まる必要がある。

現在は武技大会ということもあり混雑極まりない状況である可能性が高いので、早い段階で宿を見つけないと野宿という悲惨な目にあってしまう。


次に二点目、生活費を稼ぐ。

現在財布には銀貨が22枚と銅貨が数十枚ある。

これは日本円に直すと20万円以上の大金になるが、宿に泊まる生活を続ける以上お金の減るペースは元の世界に居たときよりもずっと早い。

最悪一人部屋を取ってエルには同化してもらうという方法で銀貨一枚でおつりが来る生活も可能だが、ちょっと罪悪感があるので可能なら二人部屋を借りて生活したい。

そのためには十分な生活費を稼ぐ必要がある。


あ、そういえばバースさんの護衛の件の依頼料を貰ってなかった。

確か銀貨14枚だったはずだから、これで全財産は銀貨36枚になるのか。

これなら最悪ちょうど良い仕事が無くともしばらくは大丈夫かな。

もちろんお金はあって困るものじゃないし、ギルドで掲示板の確認はしておく必要があるけどさ。


そんなわけで僕たちはギルドに戻ってきている。

依頼も見ておきたいし、宿の位置は分からないのでオペレーターさん辺りに確認しておきたい。



「それにしてもこれは・・・」

「主よ、お金は大丈夫なのか?」

「と、とりあえず銀貨で36枚あるから当面は大丈夫だと思う」


王都の付近というのは南側に川が一本流れているくらいであとは完全な草原となっている。

そのため工業生産品の材料となる野生生物も居ない。

安全である以上採取の依頼はほとんどなく、またあったとしても単価が非常に安い。

だからまともな賃金の出る依頼のほとんどが遠出のものになってしまっているのだ。

一応街中作業もあるが、単位時間当たりの報酬を考えるとやりたくない。


「最短でもいってこいで二日掛かるね」

「依頼を受けるのは不可能だぞ、主は武技大会に参加せねばならぬのだからな」


ちょっと想定外だったけど、銀貨が36枚もあれば十分生活できるでしょ。

なら宿の位置でも聞いておこうかな。


王都のギルドはガルトのと違い、こういうおやつどきの時間でも冒険者の数は多い。

それでもオペレーターの数が十分に多いため、ほとんど並ばずに対応してもらえるのが凄いと思う。


「すいません、今日王都に着いたばかりなので宿を取りたいのですが、宿屋街の場所を教えていただいてもよろしいでしょうか?」

「今からですか・・・。今は武技大会もあるのでなかなか大変かと思いますが・・・」


哀れむようなオペレーターさんの顔を見て、宿が取れずに野宿というとても悲惨で暗い未来が脳裏に浮かぶ。

思わず隣に居るエルの顔を見ると、エルも僕を見ようとしていたらしく目が合う。

そして同時にオペレーターさんの顔を見る。


・・・こっちみんなのAAって現実だとちょうどこんな感じなんだろうなぁ。


「あっ、その、幸い当ギルドは宿を保有しており、二人部屋も空いておりますが――」

「武技大会の期間だけ借りたいのですが」

「あの、よろしいのでしょうか?」


即答した僕に対してオペレーターさんは怪訝そうな表情を浮かべる。

何故にそんな表情? どんな場所でも屋根があるだけ幾分マシだろうに。


「ひょっとして凄く高いとかですか? その場合すいません、あきらめてほかを探します」

「そうではないのですが、武技大会前なので普段物置だった部屋を戻したんです。だからちょっと汚れていまして・・・」

「大丈夫ですよ、自分で掃除しますので。結局いくらになります?」

「武技大会の期間ですと6日間ですね。銀貨3枚になります」


え? なんかめちゃくちゃ安くない?

一人単価で考えると一泊2500円程度ってことになるんだけど。

安い分には構わないのでそのままお金を払って鍵を貰う。


「汚い部屋で申し訳ないのですが・・・」

「いえいえ、大丈夫ですから」


いやー、ラッキーだった。

二人部屋を一人部屋とほぼ同額で取れるなんてなんてツイてるんだろう。




「運が良かったな」

「そうだね」


ギルドを出て正面にある三階建ての建物がどうやら宿らしい。

民宿のような雰囲気だが、王都の雰囲気とマッチしているし、外観の美しさはなかなかのもの。

こんな宿に泊まれるのに一日半銀貨一枚でいいとは、かなり嬉しい。


「あれ?」

「どうしたのだ?」

「んにゃ、なんでもない」


中に入って驚いた。

外観はあんな風だったのに、中は僕の世界の一般的なアパートのような感じ。

両脇には部屋が複数、たぶん左右に10以上。

中央には階段がある、おそらく2,3階も同じような構造だろう。


少なくとも今までの建物のような雰囲気の室内ではない。


「そういえば部屋はどこのを取ったのだ?」

「ちょっとまって、えーと、301号室か」

「階段が面倒だぞ」

「安いからしょうがない。それにしてもなんでこんな上の階を倉庫にしてたんだろう」


やはり3階も1階と同じような構造だった。

この世界の技術レベルを考えると柱とかの並びがやたらに綺麗な気がする。

・・・まあ、どうでもいいか。気にしても意味ないし。


階段上がって右の部屋が312号室、左の部屋が311号室。

301号室は左奥か、余っていた部屋なだけあって交通面では微妙だ、正直ちょっとメンドクサイ。

だけどもこの宿に入る瞬間って結構好きだな、わくわくする。


「なんかこういう初めての部屋ってわくわくするよね」

「楽しみだぞ、早くあけるのだ」

「ちょっとまってね・・・」




楽しげな様子のエルを視界の端に捉えつつ、鍵を外してドアを開ける。




「これは・・・」

「これは、なんとかしたほうがよいのではないか?」


もともと物置だったという301号室は想像を絶するほどに汚れていた。

埃は積み重なって地層となり、汚れていない部分がどこにも無い

物を置く上で邪魔だったのか、廊下と部屋を分けていたはずのドアは無理やり剥ぎ取られて廊下に立てかけられている。

手前には水浴び用の部屋が用意されているが、ひどく汚れていて無残な状態だ。

・・・このままでは入る気にならない。


ちょっとゲンナリしつつも奥に入るとそこには申し訳程度にベッドが2つだけ置かれている。

ベッドは綺麗なので、たぶん物を全部外に出した後に新しく置いたのだろう。


っていうかベッド置く前に掃除くらいしようよ。

あっという間に埃だらけになっちゃうじゃないか・・・。


「とりあえず窓開けて埃を全部捨てようか。エル、風の魔術をお願いしてもいい?」

「任せてくれ、こんな部屋は一秒でも早く綺麗にしたい」


そういうとエルは風を操作してこの部屋の積み重なった埃を根こそぎ取り去って窓の外へ吹き飛ばしていく。

吸引力が変わらない唯一の掃除機よろしく埃を分解しているらしく、ワサっと溜まった埃が他人の頭上に落ちるという惨劇は防げそうだ。


「しばらく換気し続けてもらってもいい? 僕が魔術を使って部屋の汚れを取ると室内が蒸し暑くなっちゃうんだ」

「それは構わぬが、一体どうやって汚れを取るつもりなのだ?」

「まあちょっと見ててくれ、うまくイケると思うんだ」


部屋の隅や壁などには汚れが完全にこびり付いていて、とてもじゃないが風では吸引しきれない。

それらのしつこい汚れ対策のため、右手に魔力を集中。イメージするのは高圧洗浄器。

ちょっとテストしてみると右手の人差し指から高圧縮で高温の水を出力できるようになったので、それを使って次々に汚れを落とす。

もちろんこのままだと辺りが水浸しになってしまうので左手ではドライヤーを出力してすぐさま乾かしていく。

実物の高圧洗浄器に比べて水の出力量自体が非常に少ないから出来る荒業だと思う。

ついでに言えば汚れが浮くだけなのでエルが魔術を使っていない場合、部屋がサウナになるだけで意味がない。


「一体何をどう考えたらそういう風に魔術を扱えるのだ?」

「僕の世界ではわりと一般的な掃除用具をイメージしてみた」

「・・・本当に主の世界は便利なもので満ち溢れているのだな」


エルは呆れたような感心したような表情を浮かべつつも、魔術の制御は正確で今もちゃんと風が流れているのが凄いと思う。


汚れを浮かせた瞬間にエルの魔術で汚れが外に吹き飛んでいく光景はまさに圧巻!

僕の世界じゃまずお目にかかれないぞ、こんなの。


ともかく魔術を前面に押し出して掃除を行うと非常に高速に部屋を綺麗に出来ることがわかった。

調子に乗って301号室全体を掃除すると劇的ビフォーアフターのような状態に。

・・・なんということでしょう、汚かった部屋があっという間にピカピカになっています!


今、ギルドのオペレーターさんを連れてきたら絶対にびっくりすると思う。

これ、商売になるんじゃないかなぁ。


――あなたの御家を綺麗に掃除いたします。

――お時間は取らせません、2時間だけで綺麗さっぱり埃の一つも逃さない!

――さらには風呂場などにこびり付いてどうしようもなかった汚れまで!

――さあ、悩んでる暇はありません。今すぐ当社までお電話を。

――TEL: 0120-ABC-DEF


「主、なんか変な顔をしておるぞ?」

「なんでもない。ちょっと疲れてるのかな」

「あの携帯食料を作ったり部屋を掃除したりとかなり無理をしたし、少し休んだほうがよいぞ」

「うん、そうするよ」


ベッドに腰を下ろし、バッグからカップを二つ取り出して市場で買っておいたジュースを注ぐ。・・・テーブルが無いから置き場に困るなぁ。


「ありがとう」

「どういたしまして」


自分の隣に座るエルにカップを渡してからジュースを一口。

ショッキングイエローで激しく毒々しい色だがちゃんとストレートジュース。

味は甘みよりも酸味が強調されているが意外と美味しい。

本当はコーヒーか紅茶が欲しいのだが、コーヒーは見たことがないし、紅茶は50gくらいの量で銀貨3枚とかとられるのでちょっと買えそうに無い。


「すっぱいけど結構美味しいね、疲れた体にはやっぱりクエン酸だよ」

「“くえんさん”とはなんだ? たまに主の言う単語の意味がわからぬ」

「クエン酸っていうのは体に溜まった疲れを取る効果があるんだ。もっとも、科学的に実証された話ではないから気のせいかもしれないけどさ」

「一つ説明されると知らぬ言葉が増えるのだが・・・」


ジト目で見られるが、なんと説明して良いのかわからない。

どうしたもんか。


結局のところ、僕は疲労と筋肉痛について一時間以上語ることになってしまった。

理系とはいえ所詮学生なので細かいところは“ワカラナイ、シラナイ”で通したけど、エルは結構満足していたみたいなのでよかったと思う。


「そういえばさ、エルみたいに人型を取れる精霊って高位なんだよね」

「うむ、妾たちは人からそのように呼ばれているぞ。上下関係があるわけではないので高位とか低位とかっていうのは少し間違っているのだがな」


「あれ、そうなんだ。ちなみにほかの精霊たちってどんな姿をしてるの?」

「妾たちのような精霊はみな人型だが、そうでないものたちは光の玉のような感じだな」


「見てみたいなぁ」

「彼らはちょっと恥ずかしがりやなのでなかなか姿を現さないと思うが、主ならそのうち見れると思うぞ。なんせ主の魔力は妾たちとそっくりなのだからな」

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