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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
意外と観光どころじゃなかった
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あの後、ミリアさんはがっくりと項垂れる僕の肩を叩いてから去っていった。

多分、しばらく休んだ後に再び何か依頼を受けるのだろう。

“応援してる”なんて言われたので大会の日にはまた会えるかもしれない。


とりあえず僕も再起動。


当面知らなくちゃいけないことは武技大会のこと。

ルールも知らない、日時も知らない、場所も知らないじゃ話にならない。

さすがにもう始まってるって事は無いと思うけど、早いところ聞いておかないと。


「エルは武技大会についてなにか知ってる?」

「んー、毎年国がやる大会というくらいだな。詳しくはギルドの受付嬢に聞くと良いのではないか?」


エルの話になるほどとうなずいてからオペレーターの人に話を聞きに行く。

そもそもまず、本当に僕が武技大会の本戦に参加することになっているのかも確認しないといけないだろ。ひょっとしたら大会参加者じゃないかもしれないし。


「こんにちは、すいません。ちょっと伺いたいことがあるのですが」

「こんにちは、かわいい冒険者さん」


ギルドのオペレーターさんがにっこり笑って対応してくれるが、完全に子供扱い。

先ほどの件でがっくりと落ちた肩が元に戻らなくなるんじゃないかと思うくらいズーンと沈む。

が、ここで落ち込んでいてもしょうがない!


「武技大会についてなのですが、本戦出場者にユート・カンザキという人が居ないことを確認したいのですが」


この後ろ向き発言から僕がどれだけ出場したくないかが分かってもらえると思う。


「本戦出場者のリストを見たのかしら? ユート選手のランクは他に比べて一際低いし、ほかの冒険者さん達からすれば信じられないでしょうけど本戦出場は本当のことよ。びっくりするかもしれないけどガルトのギルドマスターからの推薦状があるの」


そうですよね、現実はそこまで甘くないよね。


「実はですね、僕がそのユートなんです。お手数ですが本戦の詳細について伺っても良いですか?」

「えっ、その・・・え?」

「あ、これギルドカードです」


名前が刻まれたギルドカードを渡すとオペレーターさんはたっぷり10秒以上は見つめた後、何故か真っ青になって僕を見る。


「もっ・・・申し訳ありませんっ!」

「いえ、いいです。分不相応なのは自分でも重々承知ですし・・・」


結局この人から十分な回答を得るまでにはかなりの時間が掛かってしまったことを報告しておきたい。







「しかしさぁ、このルールむちゃくちゃじゃない?」

「そうなのか? 別に普通だと思うのだが」

「殺さなければなんでも有りってなんなのさ、けが人続出じゃない?」

「治療術師が側に居れば問題なかろう」

「そ・・・そうなのかな・・・」


結局のところ、オペレーターさんのしどろもどろな回答をつき合せると大会について以下のようなことが判明した。


1.本戦は明日開催、ギルドから歩いて20分くらいのところに闘技場があるとのこと。

2.組み合わせの都合、僕の初試合は明後日の午前中。

3.参加者は32名で優勝者には金貨100枚という莫大な賞金が渡される。

4.相手を死に至らしめるような魔術は禁止、武器に関しては刃を潰す。

5.殺さなければ何をしても良い。敗北条件はリングアウトまたは戦闘不能。

6.本戦出場者および関係者はほかの試合を無料で観戦できる。


「優勝賞金が金貨100枚とかもそうだけどさ、この武技大会ってめちゃくちゃ大規模だよね」

「国家規模の大会だからそれくらいにもなる。参加者だって予選を含めれば相当な数のはずだぞ」


うわ、予選とかは聞いてなかったけどそんな規模が大きいものだったのか。


「僕はそんな大会に参加することになってしまったことがおっかなくてしょうがないんだけど」

「参加することになってしまった以上仕方あるまい。それに、主なら勝てるのではないか?」

「うーん・・・前にミリアさんが戦ってるとこ見たけどさ、剣が目で追えなかったんだ。もし本戦であんなのと打ち合った日にゃ一方的にボッコボコだよ」

「魔力障壁で満遍なく防御してしまえば良いではないか」

「それ、どうやって相手に攻撃するのさ」


ぐぬぬ・・・って感じのエルの表情はちょっとかわいいと思う。


「まあ、そんなどうでもいいことは置いておいて」

「戦いに勝つ方法を考えるのがどうでも良いことなのか?」

「うん、考えても意味ないし。それよりちょっと試したいことがあるからお買い物に行こうか」

「何を試すのだ?」

「食糧事情の改善を計画中。コレがうまくいけば移動中の食事がかなり華やかになる」

「そっ・・・それは素晴らしいぞ! 今すぐ向かおう! さあ、何をすればいいのだっ?」


おーおー、食い付きがいいなぁ。

さて、それではフリーズドライ計画のスタートと行きますか。



王都の町並みの雰囲気がガルトに良く似ていることから予想はしていたが、市場の雰囲気もガルトと変わらない。

きっと王都の市場→ガルトの市場と瞬間移動しても気づく奴はほとんど居ないだろう。


そんな王都の市場で各種青果および肉類を購入してから意気揚々と北門へと向かう。

エルは食糧事情の改善が楽しみでしょうがないのかさっきからずっと笑顔になっている。


「何時も外で作るのは干し肉のスープばかりだったが、料理もできるのだな」

「一人暮らしの大学生ならほとんどが料理くらいできるよ」

「そういうものなのか?」

「そういうものだよ」


北門を警備する衛兵に「お疲れ様です」と挨拶をしてから外へ出る。

ガルトでもそうだったけど、この世界の門番(検問?)はザル過ぎるでしょう。

こんなんでテロとかちゃんと防げるのかな。


そんな下らないことを考えながら少し歩いてから料理の準備を始める。

グリル台を組み立てて携帯用フライパンを用意してその隣に魔術で分厚い氷の板(まな板)を作っておく。

これで準備は完了。後は作るだけ。


まずは豚肉を携帯用のクッカーに突っ込んでから指先に魔力を集中。

コンパクトな氷の刃を5枚作成し、それを高速回転させる。

クッカーに穴を開けないように注意しながら豚肉をかき混ぜるとあっという間にひき肉になる。


次に、緑色のナスのような野菜を乱切りにしてからやたらに真っ赤なニンジンのような野菜を短冊切りにしておく。


材料はまさしく麻婆茄子なのだが、香辛料や調味料は胡椒と塩しかないので似たものにしかならないのが残念でしょうがない。


フライパンでひき肉を炒めるとあたりにお腹の減る香りが広がる。

エルが早く食べさせろという目で僕を見ているが、つまみ食いは拒否しておく。


ひき肉に火が通ったあと、野菜も同じように炒めてから味付けして完成。

魔術によるコンロは家庭用コンロよりもはるかに高出力なため、野菜を入れても温度が落ちないので非常に便利だと思う。


最後にデザート用の果物を切る。

桃っぽいなにかと紫のオレンジ(今、言ってて激しく違和感があった)を食べやすいように切ってからまな板の上に並べておく。


後で野菜をフリーズドライするつもりだけど、まずは食事を取りたい。

なんせ今日はまだ何も食べてないしね。


エルにスプーンを渡すと、とてもニコニコとした表情でそれを受け取る。


「じゃあ食べよっか」

「うむ、楽しみだぞ」


といっても一品しかないのでちょっと悲しい。

こう、料理って言うのは複数あってそれぞれがお互いを引き立てるようなものだと思うんだ。


自作の麻婆茄子モドキを一口。

・・・うーん、決して不味くは無いんだけど、やっぱり麻婆茄子からはかけ離れた味だなぁ。


「とても美味しいぞ。主は料理もできるのだな」

「そう言ってくれると作った甲斐があるよ」


まあ、エルが喜んでくれてるからいいか。

そのうちソースになるものとかも見つけてもっとレパートリーを増やしておきたいな。



「さて、お腹も膨れたところで実験といこうか」


氷のまな板の上に置かれた果物をつまみつつ、野菜を薄めにスライスしていく。


「妾にできることなら何でも言ってくれ」

「野菜をスライスしてからはお願いすることがあるからちょっと待ってね」


まな板をもう一枚精製し、スライスした野菜を綺麗に並べる。

意識を集中。魔力を上手いこと制御してまな板の野菜を包むように氷の箱を作成。

次に箱の中を全力で冷却。

一瞬で凍りついた野菜を見るに相当低温の環境を作ることができたはずだ。


「エル、ちょっとこの箱の中の空気を完全に抜いてもらっていい?」

「わかった、ちょっと箱に穴を開けるぞ」


どうやったのか今ひとつ分からないが、エルが腕を振ると箱に1cm程度の穴が開いてそこから急速に空気が漏れる。


真空になるにつれて氷が直接気体へと昇華していってしまうので、氷の箱を魔力で強化しておく。

野菜を見るとフリーズドライに変化し・・・ない。


あれ? おかしいな。

真空の環境下ではすぐに水は沸騰するし、あっという間に氷が昇華するんじゃないかと思ってたんだけど、どうやらそうでもないらしい。


よく見ると凍った野菜が非常にゆっくりと変化していくのがわかるが、これ、一体どれだけの時間が必要なんだろう。




「これを毎回やるのは大変だぞ・・・」

「僕もそう思う・・・」


結局フリーズドライにするまでには2時間近い時間が掛かってしまった。

普通の魔術師ならとっくに魔力切れでダウンしているに違いない。

いくら莫大な魔力を持つ僕たちだとはいえ、これはさすがに疲れる。


「でも、完成してよかった」

「これは結局なんなのだ? 妾には萎れた野菜にしか見えぬが」

「フリーズドライっていうんだけど、お湯を注ぐと元に戻るんだよ。水を含まないから腐らずに長期保存ができるし、何より軽いからいくらでも持ち運べる」

「本当に戻るのか?」

「ちょっともったいないけど少し戻してみようか」


クッカーに水を注いでコンロでお湯にする。

その中にフリーズドライのニンジンをぱらぱらと入れてから待つこと数分。

カラカラのニンジンが瑞々しいニンジンに戻る。

かじってみると若干食感に変化があるものの、しっかりと食感は残っている。

うん、ニンジンだ。


「ほら、凄いでしょ?」

「信じられん。カラカラになっていた野菜が完全に元に戻っているではないかっ!」


エルの驚く表情を見るとイタズラに成功したような気分になってちょっと嬉しい。


でも、スライスした野菜でこれほどの時間が掛かるとすると出来上がった料理をフリーズドライするには一体どれだけの時間が必要なのだろうか。

少なくとも現実的ではない時間が掛かるのはほぼ間違いない。

できれば店で売ってるスープとかまとめ買いしてフリーズドライしておきたかったんだけどね。


それでもこうやって野菜がフリーズドライできる以上、前みたいな灰色の食生活は終わったと考えても良いだろう。

・・・もちろん作るのには相当の気合が必要になるが。

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