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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
選択肢とは、選べるようで選べない
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4

移動五日目。


先日の僕の願いが通じたのかは果たして不明だが、ゴブリン襲撃以降は特にトラブルもなく順調に進み、無事に王都(オルキスという立派な名前があるのだが、もっぱら王都と呼ばれているらしい)まで到着した。溢れるほどの時間の処理はどうにもならなかったが、終わってみればいい思い出といえるのかもしれない。


しかし、帰りってどうなるんだろう。乗合馬車とかになるのかな。

今はバースさんにかなり快適な居室を提供してもらっているが、それすらない状態でこの道を帰るのか。


乗合馬車が今よりも快適な居室を提供してくれるとはとても思えない。

前に海外旅行で経験した乗合馬車はかなり狭かった。

エコノミー症候群も考慮しなければならないほどの狭い空間でやることも無く、五日間。

じょ、冗談じゃ・・・。


「どうしたのだ? 顔が青いぞ?」

「大丈夫、ちょっと下らない妄想をしただけだから」

「ならよいのだが、無理は禁物だぞ?」


微妙に心配した様子のエルに笑って返す。

まさか帰りの乗合馬車を心配していたなんて恥ずかしくて言えない。




「いやー、さしたる問題もなく無事に着いてよかったよ」

「危険な野生生物に襲撃されてますし、ゴブリンの集団ともニアミスしてるのですが」


馬車を止めたバースさんが御者台から居室に顔だけ出して僕に話しかけてきた。

バースさんは笑顔だが、僕からしてみればさしたる問題がなかったなどとはとても思えない。

きっと外から見た僕の顔には縦線が三本くらい入ってると思う。


「それくらいは旅における重要なスパイスだと思うな」

「妾もそう思うぞ」

「そ、そうですか・・・」


そうですか、うん、何も言えないや。

僕にできるのは商人とエルは肝が太いっていうことを頭に刻むくらいだよ。

だけど危険な目にあってもそれを気にせず、むしろ楽しめるっていう性格はちょっと羨ましい。

楽しめる、までいかなくてもいいから気にしないというレベルには到達したいなぁ。


「それにしても今回はありがとう、君らのおかげで無事に到着できたよ。依頼達成証明書にサインをしたいから渡してもらっても良いかな」

「あ、ちょっとまってくださいね・・・、えーっと・・・」


するりと居室に入ってくるバースさんに依頼達成証明書を渡すと、慣れた手つきでサインをしてから僕に返してくれた。


「次の機会があれば是非また君たちに頼みたいな」

「そう言っていただけると嬉しく思います」

「もうちょっとフランクになってもらえればより嬉しいんだけどね」

「それは、ちょっと難しいですね。申し訳ありません」

「いや、うん。礼儀正しいって言うのも美点だと思うな」


バースさんは苦笑した様子で僕を見るが、目上の人にフランクって難しいんだよなぁ。

コレばっかりは性格だからしょうがないと思う。


「それにしても証明書にサインということはこれで依頼は完了という認識で問題ないですか?」

「そうだね。でも、ミリアはなにか用があるらしくてユート君を待ってるみたいだよ」


ミリアさんが僕に用事、ねえ。

一体何だろう、特に思いつくことは無いんだけれど。

バースさんに挨拶をしてから馬車を降りるとミリアさんがすぐ側で僕を待っていた。


「お、来たわね」

「お待たせしました。なにか用事があると聞いたのですが」

「大したことじゃないんだけど、とりあえずギルドまで来てもらってもいい?」

「いいですよ。むしろギルドの場所が分からないので助かります」







王都ということで都市観光なんかを期待してたのだけど、残念ながらその期待を満たすことはできそうにない。正直な感想を言ってしまえば町並みに関してはガルトと何も変わらない。

ただ、風景自体は中央にそびえる巨大で綺麗な城のおかげで期待できるので、後で高台でも見つけてからジャンクフードをパクつきつつ楽しみたい。


そんなどうでもいいことを考えながらギルドに入るとそこには予想を超える不思議な光景が広がっていた。


清潔感のある広い空間に整然並んだイスと机、大き目のU字型カウンターには複数のオペレーター。

掲示板もしっかりと管理が行き届いていて、依頼の紙が無造作に張られていて読みにくかったガルトとはレベルが違う。

飲食店が併設されていないので、酒を飲んで騒ぐような不届き者も居ない。

全体的に掃除が行き届いていて、ガルトのギルドに慣れた僕としては随分と違和感がある。

僕の世界の銀行、いや、市役所が雰囲気としては近いかと思う。


「随分驚いてるわね」

「ガルトのギルドと違いすぎてちょっと驚きました」

「大体のギルドって言うのはガルトみたいな感じなんだけど、大都市のギルドはそれだといろいろトラブルとかが増えるの。だから必然的にこういう雰囲気の場所になるわ」


たしかに依頼の紙が無造作に張られていたら管理するのが大変でしょうがないだろうし、人数が多いからオペレーターが居ないとギルドの作業が回らないんだろう。言われてみればなるほどと納得できる話だ。


ミリアさんは人の多い掲示板付近から最も離れたテーブルに着くと、キョロキョロと辺りを見回す僕にイスを勧める。


「そんなキョロキョロしないで座りましょう、それじゃ話もできないわ」

「すいません、こんな風に清潔感のあるギルドだとなんだか落ち着かなくて」

「それ、カーディスが聞いたら泣くんじゃないかしら・・・」


僕がファンタジー小説とかを読んで想像していたギルドっていうのはガルトのギルドみたいなごちゃごちゃごみごみしたちょっと荒々しい雰囲気の場所だったわけで。

それがこんな風な雰囲気だと、今から銀行か市役所でなにか手続きをするような気になってしまってとても落ち着かない。


「それはできれば心にしまってもらえればと思います。・・・それにしても、僕たちに用事って言うのは一体なんでしょうか?」


ミリアさんの表情が真剣なものに変わる。


「うーん、正直に言ってしまうとね。あなた達何者?」

「妾たち? ただの冒険者だぞ」

「そうですね、ただの冒険者ですが」

「ただの冒険者なワケないでしょう、莫大な魔力量に戦闘でも慣れた様子なのにEランク? なのに使う杖はどう見ても新品のエントリーモデル。少なくともあなた達みたいな魔術慣れした魔術師が最近になってから買うような杖じゃないわ。私から見れば違和感の塊なのよ、あなた達」

「・・・・・・」


あー、うん、どうしようか。

どうやって誤魔化そうか。

まさか見ただけで杖の種類が分かるとは思わなかった。

僕から見れば店においてあった杖なんてどれも同じような木の棒か金属の棒に見えたんだけどな。


『主、どうする?』

『ちょっとまって、何とか誤魔化すから』

『あまり誤魔化す意味も無いのではないか?』

『異世界の話なんてしても“こいつ頭大丈夫じゃないな”で終わっちゃうし、なし崩し的にミリタリーバランスを吹き飛ばすような存在であることがばれるかもしれないのでマズイ』


嘘って言うのは全部嘘だとばれやすいから一部に事実を混ぜるべき、と聞いたことがある。

・・・よし、こうしよう。


「えーっとですね、ちょっと驚かないで聞いて欲しいんですけど」

「ちょっとやそっとじゃ驚かないから安心していいと思うわ」


うわー、めっちゃ探りをいれるような目だよ。


「僕はですね、記憶が無いんですよ。一番古い記憶は30日くらい前のものです」

「は?」


ミリアさん、舌の根の乾かぬうち驚いてるじゃないですか。


「朝、いや、昼だったかも・・・。ともかく目が覚めると僕はウィスタ大森林に居ました。その後エルと出会ってから日々の生活の糧を得るためにギルドで仕事しています。幸い記憶を失う前の僕は魔術師だったらしく、荒事にもそこそこ対応できるみたいですしね。もっとも、お金が無かったので買えた杖はこんなんですけど」


「いろいろ驚くことが多いのだけど」

「さっき驚かないって言ったじゃないですか」

「限度があるわ。よくウィスタ大森林から生きて帰ってこれたわね。あそこは凶暴な生き物こそ居ないものの無駄に広くて野垂れ死にする奴が多いのよ」

「その辺はエルも居ましたし、何とかなりました」

「・・・一体どこでエルシディアさんと出会ったのかしら? 話から推測するとウィスタ大森林で出会ったみたいに聞こえるのだけど」

「え? あーっとですね・・・」


話の展開失敗したかも、と思ったら―――


「主と妾が出会ったのはウィスタ大森林で間違いないぞ。そこで主と契約したのだ」


―――エルの爆弾発言でミリアさんの動きが止まる。


「契約って・・・あなたまさか」

「うむ、ミリア殿の予想通り妾は精霊だ」

「信じられない・・・人型を保つくらいの高位精霊が人と契約?」

「それほど驚くことでもないと思うのだが、サイレル・ウィングストンやカイン・アルドニスも契約しておったぞ」

「前者は400年前の世界大戦での英雄、後者は御伽噺の主人公じゃないの・・・」


ミリアさんはもはや驚くのにも疲れたような表情で僕とエルを見ている。


「はぁ・・・それにしてもなんでエルシディアさんは杖なんて使ってるの? 精霊に杖なんて不要でしょ?」

「主はあまり目立つことを好まないのでな、理由としてはそれだけだ」

「できれば僕たちのことは伏せておいて貰えればと思います、エルは凄いですけど残念ながら僕は一般人のため、昔の英雄とかそういう凄い人と比べられると困ってしまいます」

「わかったわ。っていうよりこんなの話したところで信じてもらえないわよ」


良かった。何とかこの場は収まったぞ。

若干クリティカルなところがばれてしまったような気もするけど、まあ許容範囲でしょ。

ちょっと露骨かもしれないけど話を変えてしまおう。


「そういえば武技大会が開催されるんですよね。ちょっと楽しみです。ミリアさんも観戦したりしますか?」

「ええ、折角このタイミングで王都に来たわけだしもちろんよ。応援してるわよ」


え? ちょっとまて、今、なんか不穏なセリフが聞こえたぞ。

なぜ、僕が応援されるんだ?


「ちょ、ちょっと待ってください。僕の聞き間違いじゃなければ今ミリアさんは僕を応援する、と言いましたよね? なんでですか?」

「何を驚いているの、ユート君は今回の武技大会に参加するんでしょ? カーディスから聞いてないの?」

「僕がカーディスさんから聞いたのは武技大会が開催されるから楽しんで来いってことだけです。大体参加なんて一体いつ決まったんですか?」

「王都に出発する前よ。カーディスの奴、早馬出してたからこっちに参加表明が届いたのは2,3日前じゃないかしらね」

「参加拒否とかって出来ないんですか?」

「ギルドマスターの推薦だと本戦からのスタートだし、かなり難しいわね」

「そうですか・・・」


あぁ、あの出発前のにやりとした笑いの正体はコレだったのか。

カーディスさんは格闘技が好きとかそう言うのじゃなくて、単純に僕が慌てふためくだろうその姿を予想して笑っていたんだな・・・。

大会というくらいだし、命の危険はないだろうからいいっちゃいいけどさ。


しかし、拒否は出来ない以上、武技大会参加は確定か。

一回戦敗退になるだろう人物を推薦してはカーディスさんに被害が行くんじゃないかと思ってしまうんだけど、果たして大丈夫なんだろうか。

っていうより戦士でもなんでもない魔術師が“武技”大会に参加ってどうなんだろ。


「ま、予選も通らずに武技大会に出れるなんて結構栄誉なことなんだから頑張りなさい」

「主なら大丈夫だ、妾は楽しみだぞ」


二人はニコリと笑って僕を応援してくれているが、外から見た僕の肩はがっくりと下がっているに違いない。

・・・はぁ、エルの期待が痛いなぁ。

(僕の勝手な予想では)有象無象が集まる予選ならともかく、本戦じゃどうせ一回戦で負けちゃうだろうし、期待してくれているエルになんて言い訳しよう。


相手を殺してもいいならスタートと同時に射撃でもすればいいと思うけど、大会である以上殺しは禁止だろうし、一体どうやって勝てばいいのか想像もつかない。

まさか生粋の戦士相手に低出力のスタンロッド一本と魔力障壁で挑めとでもいうのだろうか。


ホント、どうしよう・・・。

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