3
移動二日目、もう外を見ても何の感情もわかない。飽きた。
見渡す限りの大草原を見ているのは暇でほかにやることが何も無いからに他ならない。
前にオーストラリアを旅行したときも似たような道が続いていたのを覚えている。
あの時はレンタカーを使い、時速160km/h近い速度で地平線の彼方までかっ飛んでいくという日本じゃあまり出来ないことを体験できたために飽きたりはしなかったのが今と違うところ。
やはり速度というかなんというか、自分で操作している感が重要なのだと意味も無く思った。
「暇だ」
「昨日もこのくらいの時間に同じような会話をした気がするぞ」
「・・・そうかもしんない」
そろそろ脳みそが腐ってきそうだ。
何とかして暇を潰したい。
昨日はしりとりをやろうとして敗北してしまった。
山手線ゲームは・・・同じ理由でだめか、単語が違いすぎる。
あっ、そうだ、テーブルゲームだ。
特に材料、ルールを考えるとオセロが良いんじゃないか?
早速いつも日記を書いているノートを一ページ切り取る。
それを正方形に切り取った後に64分割する。
ボールペンを使って分割済みの紙の片面だけにバッテンを書き込む。
ここまで10分も掛かってない
台に関しては無くてもなんとかなりそうだし、必要ならノートにマスを書いたページを作れば良い。
・・・これはいけるぞ!
「なにをニヤニヤしておるのだ?」
「暇を潰せるかもしれない」
「楽しみにしてよいのか?」
「期待してくれ」
あとはエルにルールを教えれば準備は完了。これで相当遊べるはず。
ここのところ娯楽の欠片も無い生活をしていたから楽しみでしょうがない。
「うーむ・・・」
熟考するエルの顔には汗が浮かんでいるのがありありとわかる。
今、ボードの上のかなりの量の石(紙だけど)がエルのものとなっている。
ただ、端や角に関しては僕の石が置いてある状態。
オセロで怖いのはこの状態だ。
エルからすると石を置ける場所がほとんど無い。
しかし、僕はほとんどどこにでも置くことが出来る。
エルはかなり頭がいいようで、途中の段階で既に状況が如何にまずいかを理解していたようだ。
どこにおいても若干の石を反転させることが出来るが、その次のターンで僕がそれを取り返す。
「参った」
「さすがに初めてのエルに負けたら僕が泣く」
というわけで初戦は勝利したものの、エルは角と端の重要性に気づいており今後勝利し続けるためには相当に考えながら戦う必要があると考えられる。
というか一回しかやってないのに途中から僕の行動を邪魔するような設置をしたり応用力ありすぎでしょ。
「面白いゲームだ。主が考えたのか?」
「さすがにそれは無いって。これは僕のとこで非常にメジャーなテーブルゲームだよ」
『主の世界には一度行ってみたいものだ、きっと楽しいのだろうな』
『是非案内するよ。こっちもいい所が一杯あるけど、あっちは娯楽が多くて楽しいよ』
『楽しみだぞ、絶対だからな?』
内容が内容だけに途中からは念話。
はたから見ると無言なのでとても奇妙な光景に見えるんだろうなぁ。
「そろそろお昼よ、準備手伝ってくれないかしら」
ミリアさんの声と共に馬車のドア代わりになっている分厚い布が捲られる。
「「あっ!」」
「え?」
常識として、窓が一箇所だけ開いている場合は風があまり入ってこない。
だが、それが二箇所になると空いている場所の間を風が抜けるようになる。
日本家屋などはそれを良く考えて作っていて、アホみたいに湿度の高い日本の夏をなんとか快適に過ごそうとする努力があちこちにあって感心したのを覚えている。
馬車の居室から荷台の部分は閉めるものがないので常に解放状態。
なので、御者台と居室を仕切る分厚い布がなくなると非常に風が通りやすくなる。
その結果。オセロの石たちは紙ふぶきとなって外へと飛び立っていった。
「ああ、紙で作ったのは失敗だったか・・・」
「まさか風で流されるとは・・・」
「私なにかしちゃったかしら・・・?」
落ち込む僕とエル、意味が分からず首を傾げるミリアさん。
「いや、大したことじゃないです。大丈夫です」
「あ、あまり大丈夫そうにみえないんだけど・・・」
「お昼の準備ですよね? 水の準備は任せてください」
「え、ああ、うん」
こういうときは、勢いが重要だと思う。たぶん。
料理を作るために魔術で水を精製してなべに注ぐ。
エルには魔術で焚き火(というよりはガスコンロのほうが近い)を出力してお湯を作ってもらうつもり。
無意味に目立つ必要は無いが、枯れ木を集めるような無駄な行動は勘弁。
「それにしてもあなたたち二人は一体どれだけの魔力を持っているのかしら・・・」
「私も同感だ、こんな風に魔術を使う冒険者は商人を10年もやっているが初めて見た」
杖なしによる魔術は暗殺やテロなどで物騒な方面で非常に有用なため何とか隠し通す必要があると思うけど、ほかのことに関してばれることはほとんど問題ない。
むしろちょうどいい目くらましになるんじゃないかと思う。
「僕たちとしては二人で旅をする上での必須技能なのですが」
「むしろ二人で旅をするからこそ戦闘のために魔力を温存するものだと思うんだがね」
僕の発言に納得しかねるような表情のバースさんはそういうが、魔力がほぼ無限にあるといっても過言ではない僕やエルからするとその感覚はよく分からない。
仮に魔力による水の精製がなくなった場合、川があれば携帯用浄水器で対応できるが、それすらない場合は戦闘以前にどうしようもなくなってしまうではないか。
「そうは言っても重い荷物をもって歩き回りたくはないですし、幸い僕もエルも魔力だけは十分にあるので大丈夫ですよ。敵が来たのに魔力切れで何にも出来ません、なんてことはないです」
「ユート君がそういうなら大丈夫なんだろうが、無理だけはしないようにしてくれよ」
“戦闘面で役に立たなくなったら〆るぞ”的な感じは全く無く、単純に心配されているのでなんともくすぐったい。
見た目の都合もあって心配されやすいっていうのはあるんだろうけど、それでもこの人の心配性は結構なレベルだと思う。
「主よ、お湯が沸いたぞ」
「ん、ありがと」
なべに干し肉とスープのもとを適当に投入して完成。
元の世界で良く作ったトマト缶とコンビーフのコンソメスープは凄く美味しいのに、今日作ったそれモドキはなんともうまみが不足していて満足感に欠ける。
魔術でフリーズドライとか作れないかな・・・。
手順としては僕が全力で凍らせる。次にエルが真空を作って乾燥させる。
うーん、厳しそうな気がするが一度試してみても良いかもしれない。
◆
夜の見張りをしていると少し離れた森の中から爆発音が聞こえた。
僕の世界ではほとんど映画の中でしか聞く事の無かった音だが、こちらの世界では結構頻繁に聞く。
ため息と共に時計を見ると時刻は20時。
この世界はなんて治安が悪いんだろう。これで二夜連続だぞ・・・。
本日の見張り担当は僕とエル。
最初、エルが見張りを担当することについてバースさんは渋った。
華奢な見た目の女の子に見張りをさせるというのはなかなか男として来るものがあるんだと思う。
最終的にエルが押し切るが、僕と一緒という付帯条件がつくことに。
そんなわけで普通一人で行う見張りを二人でやることになったのだが、それが大正解になるとは思っていもいなかった。
音がしたのは巨大な森の中のため、音が聞こえたからといって具体的な位置は分からない。
「ミリアさん、危険があるか分からないのでちょっと確認してきます」
「昨日の戦いを見る限り大丈夫だと思うけど気をつけてね」
「一応馬車の準備だけはお願いします」
「わかったわ」
戦わずに逃げられるならそれに越したことは無い。
特に今回は敵か味方に魔術師が混じっている可能性が極めて高い。
荷台にキズをつけたいとは欠片も思わないので安全に逃げることが出来るならそうするつもり。
なんとなく音の方向に向かって走るとチラチラと明かりが見える。
おそらく戦闘用魔術によるもの。
「それにしても僕らが馬車で使ってる街道があるのになんで森の中を移動してるんだろう」
「それはわからぬが、油断だけはしないほうが良さそうだぞ」
ぶっちゃけ疑問でならない。
直線距離で300mも進めば比較的安全な街道だというのに、わざわざ森の中を歩いて襲われるなど僕からすれば理解不能。
なにかロクでもない目的があるとしか思えない。
ステルスで明かりのほうに近づくと二人組みが背中合わせになって多数のなにかと戦っている。
暗いために状況はよく分からないが、若干押されているようだ。
『ゴブリンだな。一匹ずつの戦闘力は低いものの、低ランクの冒険者などから奪った剣などで武装して数で押してくるのが特徴だ』
『とりあえず助けようか』
『うむ』
久しぶりに杖を使わずに魔術を使う。
右手に魔力を集めるとなんともいえない高揚感。
『エル、僕の護衛をお願い』
『主には指一本触れさせぬから安心して撃つとよいぞ』
なんとも頼もしいエルの言葉を聞きながらいつぞやと同じように狙撃を行う準備を整える。
体育座りになってからひざでひじを固定。準備完了。
数が多いので速射を行う。
気の抜けたような特徴的な発射音が連続して鳴るたびにゴブリンの頭が吹き飛んでいく。
『さすが主だ、ゴブリン共はどこから撃たれているのかも分かっていないぞ』
『ありがと』
命を奪って褒められることに何も感じないわけではないけど、僕個人としては人の命とゴブリンの命では前者に天秤が傾く。
結局十数匹のゴブリンの頭を吹き飛ばして戦闘は終了した。
二人組みは正体不明の援護に随分と驚いているようだが、これ以上この場に居てもしょうがない。
“危険な場所に入っちゃいけません”なんて説教できる立場でもないし、別に感謝がほしかったわけじゃない。僕らの安全が確保できたのならそれで満足。
むしろ変に顔が売れるほうが面倒なことになりそうだ。
僕たちはそのままコソコソと馬車に戻る。
出来れば明日こそは安全な日であってくれ、と思いながら。