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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
選択肢とは、選べるようで選べない
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2

最初は興味があった馬車による移動だが、その興味は数時間前にもう無くなった。

居室から見える風景は右の窓から森、左の窓から草原。

この風景は王都に近づくまで変わらないらしい。


馬車にはサスペンションが用意されていないため、ちょっとした段差でもお尻が痛い。

辛うじてクッションが用意されていたためなんとか我慢できているが・・・。


変わらない風景、揺れが直撃することによる痛み、一切やることがない退屈な時間。

これは・・・想像以上に苦痛だ。


最初はエルとしりとりでもしてようかと思ってルールを説明したが、そもそも単語が異なりすぎてゲームにならなかった。

“カシューナッツ”なら分かるが“ピーナ”と言われても分からん。


「暇だ」

「そうだな」

「馬車の居室で待機することがこんなに暇だとは思わなかった」

「主よ、あの音楽を出す箱を出してくれ」

「状況が変わったときに音楽聴いてると気づけないから駄目」

「むー・・・」



僕は気分転換も含めてバッグから杖を引き抜き、杖の先端に氷の玉を作る。

それを回転させたり好き勝手動かしてみたりするが、まるで面白くない。


大体この杖に魔力を通して使う、というのが凄くやり辛くてフラストレーションがたまる。

個人的に杖は魔術の行使の支援を行う道具という認識があったために違和感が凄い。


何が違和感ってね。もう全然魔力が通らないの、杖に。


もちろん全く通らないわけではないからさっきの通り氷の玉を作るくらいなら余裕をもって出来る、が、いつも使ってる氷柱を射出するような魔術を使用するためにはそれなりの魔力チャージ時間が必要になってしまう。


馬車の居室で試すわけには行かないから細かくは分からないけど、多分魔力チャージには3,4秒の時間が必要だ。

つまり、“撃ちたい!”って思ってから実際に撃てるようになるのは数秒後になる。


常に魔力を込めておけばすぐに撃てるが、そのためには常に杖を握っておく必要があるし、結局連射はできないので根本的な問題は解決できていない。

今後、他の冒険者と共闘することがあると思うが、戦い方はそれなりに考えておくほうが良さそうだ。


「さっきから氷を出したり消したり動かしたり。なにをしておるのだ?」

『魔力が杖に通らないからどうやって戦おうかな、と』


エルがなぜかアホを見るような目でこちらを見ている。何故?


『主と妾は周りの目を誤魔化すために杖を使っているだけだ。杖に魔力を通すのではなく、杖を魔力で包めばよいではないか』


自分の魔力で杖を包む。

目からウロコとはまさにこのこと。

同時に自分のアホさに頭を抱えたくなった。

そういや大気中に魔力通すのは簡単だよね。

何で気がつかなかったんだろ・・・。







それから馬車は何事もなく進み、日が落ちてはじめてきたので野営の準備となった。

必要なのは食事を作るためのかまどと寝るためのテントくらい。


バースさんは雇い主だし、そんなことはさせられない。

エルは傍目には華奢な少女なのでやっぱりそんなことはさせられない。

と、いうわけでかまどを作ったりメシを作ったりするのはミリアさんと僕の仕事。

エルは若干不満げだったが、僕も一応男なので女の子の前では見栄を張りたい。

そんなわけで二人には馬車の居室で休んでもらっている。



「え゛・・・それ、飲み水なんですか?」

「そうよ、ちょっと汚れているけどこの樽は魔術による加工がされているから長期間中身が腐ることはないわ。ちょっとコケとか生えてたりもするけど」


馬車の荷台の一角を専有するのはちょっと汚れた樽、中は飲み水らしい。

しかし、コケの生えた水って飲料水として使用して大丈夫なんだろうか。

少なくとも僕は心配で、可能ならば飲みたくない。


「そんなに驚くことかしら。ユート君は普段どうやって飲み水や料理の水を確保していたの?」

「いつも魔術で水を精製しています。便利ですよね」


ミリアさんの表情が不思議そうなものから驚きに変わる。

アレ? 僕なんかした?


「カーディスが推薦するわけだ・・・」

「え? 水を精製する魔術はもっとも基本的なものだったと記憶しているのですが」

「その歳で冒険者やってるなら学校も行ってないだろうし知らないだろうけど・・・。たしかに水を集める魔術は初歩の初歩だけど、生み出す水は極わずか。そんなもので飲み水を作り出したりしたら、普通の魔術師は魔力が底をついてなにも出来なくなるわ」

「・・・・・・」


もうそろそろ外見が子供にしか見えないことはあきらめたほうがいいかもしれない。

スーパーで免許証出さないと酒が買えないほどなので、子供に見えるのはしょうがない、あきらめるよ。

でも、しかしだ


“学校に行ってないほど”っていうのはひどくね?


「魔力量の件は置いておいて、ミリアさんは僕の年齢をいくつだと思っているんですか?」

「14歳」


それは即答だった。

迷いの素振りすらなかった。

いっそ清々しい。


でも、分かったことがある。

“学校”というのは少なくとも14歳で卒業できるものではない。

ということはそれなりに高度な教育機関がこの世界にも存在している可能性が高く、古代遺跡について調べるときにひょっとしたら役立つかもしれない。

あとでちょっとエルに聞いてみようかな。


「僕の年齢は21歳です。もっとも証明するものはないのですが」

「ユート君・・・それ、仮に本当だとしてもたぶん信じる人はいないと思うわ・・・」


うわぁ・・・。絶対信じてないよこの人・・・。

でもこの世界免許証とか住民票とかないし、証明する手段がない気がする。


「僕も気にしてるんです・・・。ともかく水に関しては僕が精製しますから大丈夫です。というかやらせて下さい。コケの発生した樽の水なんていいですから」

「私も綺麗な水が手に入るならそのほうがいいわ。お願いしちゃってもいいかしら?」

「任せてください」





あれから1時間くらいが経過。

辺りはもうすっかり薄暗くなってしまって、今のところ光源になるのは料理を作ったときに使った焚き火だけ。


ちなみに食べているのは冒険者の定番、干し肉のスープと携帯糧食。


干し肉のスープはいい。

前に僕も作ったけど、そこそこ美味しい。


問題は携帯糧食。

いや、これホントうまくない。

と言うより不味い。


なんともいえないこのエグ味が後引く素晴らしさ。

だれも好き好んで食べたりなぞしない。


これを後11回も連食するというのか。

・・・僕は仕事を間違えたかもしれない。


周りをみると皆も黙って食べている。

ああっ! 美味しくない食事は全てにおいて悪影響を与えてしまっているっ!


何とかしたいのだが、そもそも馬車の荷台に乗っているのは基本的に香辛料でそれ以外には薬しかない。


他の食料を手に入れるにはそこらで動物を狩るとかそういうことをしないとだめで、それでも得られるのは生肉だけ。


主食とも呼びたくないが、主におなかを満たす炭水化物系の食べ物が携帯糧食のみであることに変わりはなく、僕の感情だけで言うならば何の問題も解決できていない。


正直に言えば、馬車で移動すると聞いて食糧事情が改善した行動が可能だと思っていたのだが、思いっきり出鼻を挫かれた状態となってしまった。

いや、僕とエルだけの場合はクラッカーとか食べてたことを考えるとむしろ悪化していると言ってもいい。


うーん、どうにかならないかなぁ・・・。







蛍光灯もランタンもないこの世界の夜は早い。

キャンプは遊ぶものという僕の中の常識からすると食事後即睡眠とはなんとも気が早いのだが、考えてみてもやれることはない。


「さて、ユート君とエルシディアさんは馬車の居室へどうぞ」

「私は見張りをするわね。さすがに後でユート君と変わってもらうつもりだけど」


食事を終えてバースさんとミリアさんがいきなり口を開く。


「え、いや、ちょっと待ってくださいよ。馬車の居室が一番寝心地がいいでしょう」

「子供を寝心地の悪いテントで眠らせ、大人がのうのうと寝心地の良い居室で寝るワケにはいかないだろう?」

「仮にも僕とエルは冒険者で、バースさんから依頼を受けた立場なのですが。ついでに言えば僕は21歳でエルは・・・まあ大体同じくらいです。ともかく子供ではありません」


バースさんが一瞬呆けたような顔をした後に笑い出す。


「21歳? あははっ、君は本当に謙虚だね。ただ、嘘は良くないな」

「あー、うん、本当なんですけどね?」

「はいはい、とりあえず君たちには居室に戻ってもらおうかな。幸い私は旅暮らしが長く、テントなどでも十分に熟睡できるから大丈夫だ」


初めて仕事をしたときのオービスさんもそうだったけど、このバースさんも相当に人が良いっていうか良すぎるくらい。


『悪いことをしている気分になるな』

『うーん、ありがたくご好意と考えておこうか』



僕とエルはそのまま馬車の居室に戻り、毛布を敷いて寝床を作ってもぐりこむ。

が、今日はまともに運動していないのでまるで眠くない。

おかげで30分以上もボケッとしているが未だに寝付けない。

隣を見るとエルも同じなのか、なんとなく暇を感じさせる表情で僕を見ていた。

・・・エルに見つめられてちょっとドキッとしたのは秘密。


「エル、もし眠くないならちょっと聞いても良い?」

「大丈夫だ、今日は馬車の中で一日居たせいで疲労もないし、当然ながら眠気もない」


「今日ミリアさんが学校についてちょろっとだけ話してたんだけどさ。今の僕のスキルでは古代遺跡の探索はかなり厳しいものがあるだろうし、それなら先にそういう教育/研究機関で調査でもしようかな、なんて思ったんだけどどうだろう」

「それは良い考えだと思う。現状ではなんの手がかりもない以上、取れるべき手は取ったほうが良い。それに書籍を調べれば似たような状況の者が居たかもしれぬからな」


「ちなみに学校ってどこにあるの?」

「ウィスリスという都市で、王都から乗合馬車で7日くらいの場所にあるな」

「一個だけ? 普通一国に複数個はあるものじゃないの?」


日本って大学とかいくつあったっけ?

少なくとも国立大学だけでも80個くらいあったと思うんだけど。


「主の国がどうなってるのかは知らぬが、この国では専門の教育機関というのはウィスリスに一個あるだけだ。・・・というよりウィスリス自体が巨大な教育機関そのものといえるな」

「なんとまあ・・・町自体が教育機関ってちょっと僕には想像できないな」

「多分主からすると観光的な楽しみも出来ると思うぞ」

「それは楽しみだ。是非観k――「ユート君! エルシディアさん! 敵よ!」」


敵襲を知らせるミリアさんの声が聞こえた。

ああ、寝なくて良かった・・・。

僕はバッグから、エルはどこからとも無く杖を取り出して居室から飛び出す。


外に出るとミリアさんは剣を抜いて辺りを油断無く確認している。

耳を済ませてみると辺りからまだ複数の狼の声と、知らない音が聞こえる。


どうやら敵は狼と何かの混成部隊らしい。


「早かったわね」

「「眠ってなかったので(な)」」


ミリアさんはにやりと笑う。


「冒険者は眠れるときに眠るのも仕事のうちよ」

「あまり体を動かしていなかったので」


「じゃあちょうど良い運動相手が現れたとみるべきね。相手はオークとガルトウルフの混成。ガルトウルフはともかくオークには気をつけなさい、あの馬鹿力で殴られたら怪我じゃすまないわ」

「分かりました」


狼に全力でかまれても怪我じゃすまないと思うが、今は戦闘中なので特に口を挟んだりはしない。


それにしても暗い。

照明弾でも使っておくか。


「光よ」


ああっ! 恥ずかしい!

出来れば無言で使いたいけど、無詠唱で魔術を使うのは不自然すぎるしなぁ。

ともかく呪文(笑)唱えてから3mくらい上に光球を展開。

辺りが明るくなり、何かと戦闘がしやすくなる。


杖に魔力を再展開。

辺りが明るくなったことで僕の正面の10mくらい先に6匹の狼、その右5mほどの位置に2匹のオークが居るのが見える。


オークは初めて見るが、暗いので緑色の筋肉お化けにしか見えない。

あんなのに殴られた日には命がいくつあっても足りないだろう。


「はあぁぁぁぁっ!」


敵を見つけたミリアさんが気合の入った声と共にオークが居る辺りに突撃。

アスリート並みの速度で走れる僕がびっくりするくらいの速度。

信じられないが、この人がオリンピックに出場したら短距離走で優勝できると思う。


「んなっ・・・」


さらに驚いたのは剣速。

なにせ目で追えない。


僕が何とか見えたのは白い閃光。

オークの首の辺りにその閃光が走り、ワンテンポ遅れてから首がゴトリと落ちる。

・・・凄い。


「主! ボケッとするでない!」


あ、しまった。

ミリアさんがあんまりにも凄かったもので集中力が全部そっちに行ってしまっていた。

前にもこんなことあった気がするし、もっと成長しないとなぁ・・・。


「氷よ」


恥ずかしいのでボソッと詠唱し、展開済みの魔力を使って氷柱を作成。

自分にもっとも近い位置の狼の頭にそれを叩き込む。


さらに次に近い狼に狙いを定めるが、僕が撃つ前にエルの魔術で吹っ飛ばされたので3番目の狼に対して氷柱を叩き込む。


残りは狼3、オーク1。


残存する狼のうち一匹が僕に飛び掛ってくるが、それを後ろにステップして避ける。

お返しにスタンロッドを抜――けないので、左足を軸にして全力で蹴りつける。

頭蓋骨を砕く感触と共に狼は地面に転がって動かなくなる。


次の敵に備えて辺りを見回す。

が、既に残りの敵はエルとミリアさんで迎撃されていた。



戦闘が終わり、辺りに静寂が戻る。



「ユート君、凄いわね」

「なにがですか?」


ミリアさんの言葉は略され過ぎていて意味が良く分からない。


「どうみてもEランクの冒険者には見えない戦いっぷりだったわ。そりゃカーディスも推薦するわけね」

「ありがとうございます」

「これなら心配なく任せられそうね」

「基本的に経験が不足しているので荒事を任されると微妙に不安なのですが」

「ふふっ、大丈夫よ。・・・さあ、とりあえずユート君とエルシディアさんは寝ときなさい。見張りの続きは私がやっておくわ」


にやりと笑うミリアさんが妙に印象的だった。

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