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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
備え無ければ野垂れ死ぬ
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8

「主、もうすぐ宿だぞ。同化しなくて良いのか?」

「ん、今回はいいや。リーナさんとタミナさんの様子を見ておこうかと思って。朝なんだかんだすぐ出ちゃって挨拶もしてなかったからさ」

「そうか」

「まあ、リーナさんに顔合わせるのは難しいかもだけどね。普通の女の子からしてみれば死体を量産した人は怖いだろうし。ともかくタミナさんとは会話してみて、今後難しいような結論になったら宿は移動しようかと思ってるんだ」

「妾も散々盗賊を始末したが特に怖がっているような印象は無かったぞ」

「んー、たぶんエルが女の子だからじゃないかな?」

「ちょっと納得ができないのだが」

「リーナさんは男に誘拐されてるから、”暴力を持つ、または実際に暴力を振るう男”に対して恐怖心があるんじゃないかと予想してるんだ。実際に救助後に僕が近くに寄ったときはかなり怯えてたからあんまり予想は外れてないと思う。その点エルは女の子だからね。前述の条件に合致しないから特に怖がられたりはしてないんだと思う」

「・・・・・・」


なんだか様子がおかしい気がして、エルの方を見る。

ついさっきまではニコニコとしていたエルが、今はなんともいえない表情で僕を見ていた。

言いたいことがあるのにうまく出てこない、そんな感じ。


「・・・主は・・・主は、それで、良いのか?」

「うん、それでいいと思うよ。仕方が無いことだし」

「妾は・・・納得できぬ・・・」

「エル、ありがと。そういう風に僕のことを考えてくれるのはうれしい。・・・だから僕は大丈夫」

「・・・・・・そう、か。大丈夫と言う主を、信じておるからな?」


ああ、もう!

なんで僕はこうエルに心配ばっかり掛けちゃうかな。

気にしてないって思ってるし、言っているのに、それがうまく伝わらなくてもどかしい。

心配させてしまって悲しい、なのにこうやって想われていることが嬉しい。

そんなぐちゃぐちゃな感情が体の中を渦巻くと、なぜだか次の言葉が出てこない。


・・・ホント僕ってイケてないな。

なんでうまく出来ないんだろう。





「あ、ユート君、エルシディアさん。こんばんは、お帰りなさい」


宿に戻るとタミナさんは柔らかい笑みを浮かべて僕たちを迎えてくれた。

しかも名乗った記憶が無いのに名前覚えられてるし。

リーナさんに聞いたか、口の軽い衛兵に聞いたか。まあどうでもいいか。


「ほら、そんなところに立ってないで座って頂戴?」

「あ、はい、どうも」

「うむ、ありがとう」


テーブルに着くとタミナさんが大きな声でお茶を頼むと可愛らしい、けれどそれと同じくらい大きな声でリーナさんの返事が聞こえた。

リーナさんは強いな。あんな目にあったのにもう普通に仕事やその手伝いが可能なのか。

僕があんな目にあったら未だに塞込んでいる気がする。


「リーナさんは大丈夫そうですね。なんだかほっとしました」

「貴方たちのおかげで娘は無事よ。本当にありがとう・・・。何をして御礼をすれば良いのか分からないわ」


先ほどとは随分と違う雰囲気が辺りを包む。

正直お礼なんて言われなれてないのでかなりくすぐったい感じがする。


「そんなことはしなくて良い。妾たちは既にギルドから報酬を受け取っておる」

「タミナさんはリーナさんをしっかりと慰めてあげてください。彼女はまだ13歳なのですから。きっと心の奥には恐怖心がまだ残っています」

「うむ、主の言うとおりだぞ。リーナがあんな元気なのに母親であるタミナ殿がそれでは良くない」

「・・・そうね、ありがとう」


タミナさんの顔に柔らかい笑みが戻る。

やっぱり母親っていうのはこうじゃないと。



「お待たせしまし――」

「風よっ!」


リーナさんがポットとカップのセットを持ってやってくるが、僕を見て凍る。

その拍子でポットが転びかけるが、それをエルが風の魔術を使って器用に支える。

ちなみに杖は抜いていた。危ない危ない。


「あ、その、ごめんなさい。エルシディアさん」

「ふふっ、次は気をつけるのだぞ?」


リーナさんがお茶を注いで出してくれる。

僕にお茶を渡すとき少しオドオドとしてたけど、それでもちゃんと渡してくれた。


「凄いのね。そんな風に魔術を扱える人なんて初めて見たわ」

「妾たちからすれば魔術は生活の道具なのだが。最近の魔術師たちは武器としての性能ばかりを追い求めてこういった面に力を注がぬ。こんなにも便利だと言うのにな」

「ん? ”たち”ってことはユート君もこういう風に魔術を使えるの?」

「あー、さっきみたいな魔術はできないですよ。精密操作は苦手なので。僕が使うのは料理を作る時の火の変わりにしたり、飲料水を作ったりとかですね」

「それも十分凄いじゃないの! 魔術って便利なのね、今まで攻撃の道具で武器そのものだと思っていたけどちょっとその考えは改めるわ。貴方たち若いのに凄いのね。私も負けてられないわ」


なにに負けてられないのかは今ひとつ分からないが、元気なのは良いことだと思う。

対照的に僕のせいであまり元気じゃないリーナさんにも話しかけておいたほうがいいかな。

僕に対してなんだか申し訳なく思っているような瞳をしていたし、出来る範囲で心の重石は取っ払ってあげたい。


だから、リーナさんを見て、言う。


「怖い?」

「えっ・・・?」

「その感情はね、仕方が無いことなんだ。だけどいつまでもそうしているわけにもいかないと思う。だから、少しずつ忘れていけば良いと思う」


リーナさんはしばらく固まったあと、うつむきながらもしっかりとした声で話してくれる。


「ごめん、なさい・・・。ユートさんが私のことを助けてくれて、守ってくれて・・・。なのにこんな態度で・・・」


それはどう見たって辛そうで、でもそれは乗り越えなくちゃいけなくて。

だから僕は考えて相手に負担にならないように言葉を選んで返す。


「毎日少しずつ大丈夫になっていくから。辛いと思ったらタミナさんに頼ればいいと思う。独りで頑張るのは厳禁だよ?」

「はい・・・。ありがとうございます。あの、お願いしてもいいですか?」

「僕に出来る範囲ならなんでも」

「これからも一緒に話をさせてください」

「え゛・・・? 僕が?」


野盗を大量虐殺をしちゃったせいでトラウマの原因No2くらいはほぼ間違いない僕がリーナさんと継続して話しなんてしてていいのかな。

どうなんだろ、僕は専門が心理学だったわけじゃないから分からないや。


「嫌・・・ですか? 確かに私は男の人が怖いです。でも、話をするならユートさんがいいです」

「ん、大丈夫だよ。と言っても僕は冒険者だから”ここにいる間は”っていう条件はついちゃうけど」

「ありがとうございます。わたし、頑張ります」





パンッ、と両手を合わせる音がする。

「暗い雰囲気はここまで! ご飯にしましょう!」


そう言ってタミナさんは立ち上がり、厨房へ向かう。

去り際に御代は取らないから楽しみにね、といわれたので非常に楽しみだ。


エルと適当な会話をしつつ30分も待つと中皿の料理が3つもやって来た。

今まで頼んでいたのはもっぱら定食類が基本で、こういう取り分けるタイプの料理を頼んだことは一度も無かったので非常に新鮮な感じがする。


一皿目はから揚げにあんかけのようなソースが全体的に掛かっており、香ばしい香りをあたりに漂わせている。これだけでは彩りが今ひとつに思えたのかから揚げの周りには色とりどりのサラダが並べられており、見栄えも大変によろしい。


二皿目はオムレツらしきもので、卵でとじられているため詳細は分からないが確実に美味しいだろうということは分かる。湯気の出る半熟の卵が実に美味しそうだ。


三皿目は野菜と何かの肉の炒め物で、醤油に近い香りがして一瞬ホームシックになった。にらのような野菜がすばらしい香味を出していて食欲をそそる。これも一皿目のから揚げと同じで彩りを気にしており、カラフルなパプリカのような野菜などがある程度混ざっていて見栄えがいい。

正直言わせてもらえるならばこれはパンじゃなくてご飯がほしい。いや、ほんとに。


そしてかなりの量のパンが乗ったバスケットがテーブルの中心に乗る。


「どうぞ召し上がってください」

「「いただきます」」


まずはから揚げを一口。

じゅわっとした肉汁が口の中にあふれて脳内を幸せで満たす。

次に来る香辛料の聞いたあんかけが後味の濃さを忘れさせ、次の一口を容易にする。

なんというコンビネーション。

これは確実に食べ過ぎて後で動けなくなるフラグがたった。


続いてオムレツをスプーンで一口、中にはひき肉とチーズが入っていてトマトソースで味が調えられている。

ソースやひき肉の味付けは随分と薄味だが、チーズの濃さがそれを補って余りある。

とりあえずパンを取ってからオムレツを乗せて食べる。

・・・至福だ。何もいえない。


最後の炒め物は本当にご飯がほしい。

一口食べるとそれは日本の家庭でおなじみの野菜炒めの味がした。

醤油のようなうまみのあるソースにしゃきしゃきとした野菜たち。

肉と野菜が織り成すハーモニーは基本的に万人が好む味だと思う。

パンで包んで食べるとなんともいえない気分になったが、美味しいことには変わりない。


個人的にヒット一位なのはオムレツ。

そして驚いたのはパン。


なんと、何時も食べていたパンと違い、あの独特の酸味が無いのだ!

おかげで余計にオムレツが引き立って美味しくて堪らない。


僕は無言でバクバク食べる。

エルのほうをたまに見たが、エルもやはりバクバクと無言で食べている。

うん、これは無言になるよね。うまいし。

大学生のころにみんなでカニを食べたら全員カニを食べることに夢中で無言になってたのを思い出してしまった。





「ご馳走様でした。久しぶりにこんな美味しいの食べました」

「すばらしい料理であった」

「喜んで貰えてよかったわ、こんなに美味しそうに食べてもらったのは私も久しぶり」


僕とエルがそれぞれ無言で食べ終わった後にお礼をいう。

ほんとにコレは無料でよかったんでしょうか。

めちゃくちゃ美味しかったです。



ああ、これから先がちょっと楽しみになってきた。

やっぱり人生を最も彩るのは食事だよ、食事。

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