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エルと同化してから宿に戻るとカウンターには誰もいない。
僕はそのまま自分が借りている部屋に戻る。
ここ最近はなんともバイオレンスな日々だった。
明日辺り休日にでもしてしまいたいが、残念ながら今日受けた薬草採取の依頼が完了していない。気合を入れて明日もがんばろう。
『主、ちょっと良いか』
『いいけど、どしたの?』
『ちょっと顕現するぞ』
『おっけ』
一瞬光ったあとにエルが現れて、僕の隣に腰掛ける。
「最近の主は毎日根を詰めて働きすぎだと思う。こういうときには少し遊びにでも行って気を紛らわせるべきだ」
「僕もそんな気分なんだけど、薬草の依頼が終わってないからそれだけはやっておかないと・・・」
にやり、とエルが笑ってポケットから手をだす。
その手には依頼の対象の薬草が数束あり、僕の手持ちを考えると依頼を達成するに当たって十分な量だ。
エルは僕のドロップポーチに薬草を突っ込むと今度はにっこりと笑う。
「そういうと思って集めておいた。これで明日は遊びにいけるな」
「あ、ありがとう。ひょっとして帰り道に取ってきてくれた?」
「うむ、今日はいろいろあって数が足りてなかったからな」
「じゃあ明日はギルド行って依頼を済ませてから・・・。そうだなぁ・・・」
そういえばこっちに来てギルドで依頼を受けるようになってからまともに観光をした記憶がない。
おかげで行きたいのに行ってない場所はいっぱいある。
日本には存在しない武器屋や魔術用品店。それに人々で賑わう市場。
・・・ああ、楽しみだ。
◆
時刻は10時前、相変わらずこの時間帯のギルドは閑散としている。
僕はカーディスさんに依頼されていた薬草を渡して代金を受け取る。
「おい、ユート。ちょっとカード渡せ」
「へ? ああ、どうぞ」
「お前、盗賊に捕まって売られる寸前の少女を助けたんだってな。やるじゃねえか」
Webも無い世界なのにこの人一体どれだけ情報が早いんだ?
まだ朝だよ? 例の件からまだ一日も経ってないんだけど。
「偶然ですよ。薬草採取をしてたら僕も襲われて、後は流されるままって感じでしたので」
「せっかく誇れることしたんだから誇っておけ、たまにしかできねえぞ?」
「うーん・・・」
正直僕の行動には改善点が多い。
アジトを発見するまでは良かったけど。その後の行動が特にイケてない。
見張りを殺すことなく待機して奴隷商が来るのを待つ。
んで、奴隷商の取引後に遠距離から関係各位を一方的に射殺してリーナさんを確保、離脱。
これが冷静になって考えたときの理想的なパターン。
実際には特に考えもせずにアジトに突撃、潜入などと無茶をやらかして気づかれて。
運よく済んだから良いものの、失敗してたらリーナさんの命は相当危なかった。
仮にアジトに突撃するのが必須なら最悪でも見張りを無力化した後、死体をどこかに片付けておくべきだったと思う。
「まあともかく、ホレ、ランクアップだ」
渡されたカードの右上がFからEに変わっていた。
あれ? 僕ってFの仕事3つしか受けてないぞ?
「え? いや、僕Fランクになってからまだこの依頼3個目ですよ?」
「そうだな。冒険者8日目でEランクなんて珍しいぞ」
「理由はやっぱりリーナさんの救助ですか?」
「救助もそうだが、具体的な理由はお前さんの戦闘能力だな。昨日うちに呑みに来た衛兵から話を聞いたんだが、何でも暴れた盗賊を一瞬で片付けたらしいじゃねえか。薬草の採取はできてるし、それでさらに戦えるならランクが上がるのも当然ってことだ」
なるほど。情報源は酒場だったのか。
この世界の娯楽って少なそうだし、たぶん何時も呑んでるんだろうな。
・・・っていうか業務上得た内容って喋っていいのか? 普通だめじゃね?
「ついでにこれが盗賊退治の報酬だ。良かったな、臨時収入だぞ」
「ありがとうございます・・・・ってこんなもらえるんですか?」
僕の手元には銀貨7枚。
難易度が違うだろうとはいえ、薬草系の依頼の倍以上とは。
おかげで当面の目標だった貯金(金貨1枚分)をあっさりと達成してしまった。
「あ? 知らないで盗賊と戦ってたのか、やっぱユートお前変わってる奴だな」
「いや、さっきの通り成り行きでしたので」
「そういえばそうだったな」
「ともかくありがとうございました」
「ああ、またな」
カーディスさんにお礼をしてからギルドを出る。
さあ、今日は休日だ。まずは朝ごはん代わりに市場にいって何か食べようか。
「聞いていたけど凄いなこれは。見ると聞くじゃ大違いだ」
「ガルト唯一の市場だからな」
ギルドを出て南へ歩くこと5分ほど。
そこには庶民の台所、巨大な市場が広がっている。
ちょうどヨーロッパの市場のような雰囲気で、あちこちで物を売るために声を張り上げる商人たちが場を盛り上げる。
一人の商人が扱う範囲は3×5mくらいの露店で、衛生的な問題か青果と精肉の両方を扱う店舗は無く、さらにそれらの店舗間は少し離れている。
前に来たことがあるエルの話だとガルトの市場は青果、精肉が基本で魚介類は土地柄ほとんど置いてないらしい。その”前”が一体いつなのか微妙に気になるところだが、少し見た限り市場が取り扱う商品カテゴリについてはあまり変化が無いようだ。
(特に果物は)見た目と味が一致しないことを異世界生活初日で知っているので個人的にはかなり楽しみにしている。
「すいません、コレ二つください」
「あいよっ!」
銅貨3枚を渡してリンゴを受け取る。
異世界生活初日に食べたこの果物は僕のお気に入り。
見た目と食感はリンゴそのものだが、味はイチゴ。
どちらも好きな果物だったので、個人的にかなりポイントが高い。
ちなみに好きなものを混ぜたからといって必ずおいしくなるわけではない。
僕はカレーとサイダーは好きだが、それらを混ぜ合わせたカレーサイダーは嫌いだ。
人が少ないところに移動してから指先に魔力を集中。
水を精製してリンゴを洗ってからエルに渡す。
杖なしで魔術を使っているが、集中して僕らを見ない限りそんなことに気がつくことは無いだろう。
「主、ありがとう」
「どういたしまして」
「それにしても今後こうやって人前で魔術を使う場合、一つ杖でも持っておいたほうが目立たなくて済むかも知れぬな」
「あー、うん、そうかもしれないね」
別に杖なしで魔術が使えることが露呈すること自体はどうでもいいのだが、下手をすればミリタリーバランスが壊れてしまうような能力を持つ場合、いろいろと不都合が発生する。
首輪のつかない危険物と大手組織に認識された場合、非常に面倒なことになりそうだ。
たとえば暗殺とか。
僕とエルがもっぱら使う防御用の魔力障壁は非常に高速に展開できるが、常時展開しているわけではないので見えないところから撃たれる場合役に立たない。
・・・やっぱ一本くらい買っておくか。無駄に目立ってもしょうがないし。
何より僕は経験が足りていないので身体能力の割りに戦闘能力は高くない。
こんな状態で変に強い、という扱いを受けるのは危険だ。
幸い臨時収入もあるのでブランクの杖の一本くらい買えるだろ。
あ、でも魔法陣が入った杖とか興味あるな。使ったことないし。
予算的に余裕があればそっちにしようかな。
魔術用品店には後で向かうとして、とりあえずは適当に歩いて回る。
いつの間にか露店は青果コーナーから精肉コーナーに移っていた。
もういくつか果物とか買うつもりだったんだけど、まあいいか。
さすがに生肉を買ったところでなんの役にも立たないため、僕が見るのは主にソーセージやハムなどの燻製したもの。
前にギルドで食べたあれはソーセージ状だっただけで燻製していなかったので、出来れば久しぶりにきっちり桜のチップ辺りでスモークした燻製をいただきたい。
さらにわがままを言うなら今すぐ食べたいのでブルスケッタみたいな感じか、またはホットドッグのようになっているとなおよろしい。
意外とそういうニーズがあるのか、数分歩いているとハムを乗せたパンが銅貨2枚という激安価格で販売している店があったのですぐに購入。
パンは相変わらず若干独特の味があるが、香りの強いハムによってそれは殺されて気にならない。思えばパンを使った軽食の類はどれもパン独特の風味を殺して食べやすくするものが多い。
この世界のパンはこういうもので、みんなはそれを食べ慣れているけど僕は食べ慣れない。というわけではなく、どうも仕方なくそういうパンで挟んでいるということか。仮にこの独特の味の無い淡白なパンとか販売されたらかなり売れるんだろうな。
「ひっさしぶりにハムとか食べたかも、やっぱパンにはハムだよね。燻製は旨いよ」
「うむ、燻製はうまみが凝縮されているからな。さらに日持ちもするのでぜひ旅では持ってゆきたいところだ」
「うーん、重量の許す限り、って感じかな。干し肉に比べるとかなり重いし」
「さすがに妾たちだけで馬車を使う気にはなれぬし・・・そもそもそんな金もないか」
「そうだね。っていうか馬車は無理でしょ。お金以前に馬なんて扱えないよ」
「・・・そうであった」
確かに馬車などで移動できたら移動中の食事がかなり華やかになるなぁ。
もっとも前述の通りそんなことは不可能だろうけど。
十分に市場は見て回ったので魔術用品店に向かう。
場所は前に看板を見ているのでなんとなく分かっている。
市場から大通りに出て、町の中心に向けて歩くと右手側に細かい意匠を施した魔方陣の看板があるのでそれが目印だ。
初めて入った魔術用品店の中はなんだか独特の雰囲気だった。
なんというか、こう、意味も無く暗いような高級なような感じで。よく言えばシック。
なんでわざわざそんな雰囲気を醸し出してるんですかって店員さんに聞きたくなるくらい。
店の左手側には大小様々な杖が用意されている。
見たところそれぞれにスペックシートなどは用意されていないので、買う前にはいちいち店員さんに内容を聞くのだろう。
右手側および中央には宝石やよく分からないアンティーク調の飾り物。何に使うのかは全く分からない。
「それにしてもこれは・・・」
「どうした?」
「値段がちょっと高すぎやしませんかね」
「魔術用の道具というのは大体こんなものだぞ」
あまりの値段に口調が変わる。
一番安い杖が一本で銀貨2枚。
細くて折れそうでしょっぱい。しかも信じられないことにそれはブランク。
同じ杖で魔法陣を込めたモデルはなんと金貨1枚!
余裕があれば魔法陣を込めたモデルを、なんて考えは一瞬で終わってしまった。
なんでただの木の棒がこんな値段になってしまうわけ?
商品の値段に飲まれて気づかなかったけどそういえば周りもなんだか結構お金を持っている感じがする。
「周りもお金持ちっぽい雰囲気だよね。服とかもなんだかそんな感じだし」
「雰囲気はともかく、主の服は十分に高級品に見えるぞ」
「そう?」
「うむ、特にそのジャケットは縫い目は細かく丈夫そうに出来ているし、裏地もしっかりとしている。こちらで購入する場合金貨数枚を考えたほうが良い出来だ」
「そ、そんなに・・・」
日本で3万円も出せば買えるアウトドアメーカー製のフィールドジャケットがこっちじゃ金貨数枚か。なんかうまいことあっちとこっちを行き来することが出来れば僕は一瞬でお金持ちになれるかもわからんね。
しかしマジでどうしようかな。
所持金は銀貨16枚。
「目的を考えるとエルの分も必要だよね」
「うむ」
携行することを考えるとバッグのパルスウェビングに差し込んでおきたいので、若干太い杖を選択するしかない。一番安い奴だと細くてすっぽ抜けてしまう。
その杖のお値段銀貨3枚。ちくしょう、高いよ。
随分と軽くなった財布と共に店を出る。
時刻はもう夕方。そろそろ帰らないと。
それにしても臨時収入がほぼ吹っ飛んでしまったよ・・・。
だけど気分は悪くなくてなんだか気持ちがすっきりした気がする。
これが遊びに行く効果か。
今後は適当なタイミングで遊びに行く日を作ったほうがいいな。
「エル、ありがと」
「と、突然どうしたのだ。妾は何もしておらぬぞ?」
「なんだか気分がすっきりしてさ、エルのおかげで潰れずに済んでるよ」
「妾が大事な主のために頑張るのは当然だ」
片手を腰にやって笑うエル。
綺麗な銀髪が夕日で照らされて紅く輝く。
「・・・・・・」
「ん、どうしたのだ?」
「な、なんでもないっ!」
エルがあまりにも可愛くて思わず見惚れてしまった。
なんてとても言えないって。恥ずかしくて。
「そういえば大きい杖のほうが高かったけど、コンパクトなほうが取り回しが良くて便利じゃない?」
「大きい杖のほう強力な魔法陣を込めることができるし、込められる魔方陣の数も多い。複数本持つと微妙に魔力の込め方が違ったりして使いにくいので基本的に魔術師が携行する杖は一本だけだ」
「なるほど、となると人前で魔術を使う場合はあまりたくさんの種類の魔術を使わないほうが良さそうだね」
「おそらくその方が良さそうだ。具体的には2,3種類に抑えておくほうが良いな」
「魔力障壁と氷柱発射と・・・あとは水の精製か」
「うむ、水の魔術師っぽくて目立たなくてなお良い感じだぞ」