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「どうしてこうなった?」
時刻はたぶん昼、周りは深い森。
僕の目の前にあるのはボロボロの祭壇。
長らく放置されていたらしく、あちこちが大樹とコケに侵食されている。
非常に幻想的で美しい。
こういう景色を元の世界で見るのは不可能だと思う。
来て良かったってちょっとだけ思った。
『主よ、どうかしたのか?』
『・・・なんでもない』
頭の中から響く鈴の鳴るような少女の声に僕は思わず天を仰いで、その後にそっとため息をつく。
最寄の集落まで後7日くらい、遠くに来たもんだ。
◆
なんてことはない、昨日は普通に自室のベッドで寝ていたのを覚えている。
なのに朝起きるとベッドではなく、土の上。
おかげで腰が痛い。
しかもパジャマだったはずの服装が普段着になっていた。あと靴もか。
誰に着替えさせられたんだよ・・・。
しかしここはどこなんだろう?
周りを見回す。
目の前にあるのは半分森に埋もれた祭壇、その周りは広大な森。
祭壇は墓石のような感じで、中央付近の一部が薄っすら光っていてひじょ〜に不気味だ。
森は深く、木は一本一本が異常に太い。屋久杉かと。
ただし葉の形は初めて見るタイプだ。
どうやら僕はその祭壇に捧げられる生贄のような状態で寝ていたらしい。
次に足元、どうやら着の身着のままってわけではなくてバッグも転がっていた。
中身はペンチとかiPodとか結構いろいろ入ってる、あとでちゃんとチェックしないと。
とりあえず気になるのは目の前の光物。
こんな意味不明な場所に拉致された理由がなんとなくわかるかもしれない。
祭壇に近いづいてみると光物はどうも文字っぽい物みたいだ。
文字っぽいものは光っている部分と光っていない部分とコケとか土が詰まってどっちだか分からない部分がある。
僕がコケを払おうと文字に触るとパキッと何かが割れるような音がして文字は光らなくなった。
ひょっとして壊した?
なんだか非常にまずいことをした気がする。
前に日本人が重要文化財を破壊して大騒ぎになったことがあったような。
「・・・っ!」
ぞわり、と体内から何かが流れ出る感じがした。
んんっ?
いや、まった、ぞわりっていう表現は多分正しくない。
不快ではないどころか結構気持ちがいい。
…………………
………………
…………
……
…
「いつまでもこんなところで何をしておるのだ?」
この不思議な感覚に身を任せてぼけっとしてただけに心臓が口から飛び出すかと思った。
いきなり女の子の声だよ?
なんでこんなところに?
それともこの辺ってわりとメジャーな地域なのかな?
「・・・」
「無視をされると悲しいのだが」
いや、無視してたわけじゃなくて驚いてただけなんだけど。
とりあえずいつまでも背中を向けてるのは失礼なので後ろを向く
今までに見たこともないくらいの可愛らしい女の子が居た。
身長は160cmくらいでほっそりとした体、整った顔立ちに綺麗な緑の瞳。
僅かばかりのシミすらない美しい白い肌、腰まである綺麗な銀髪は下のほうでまとめられている。
緑から白のグラデーションがかったワンピースはその少女に良く似合っていた。
何より特徴的なのはその姿が半透明なところだ。
「・・・・・・・・・」
「聞いておるのか?」
「僕は夢を見ているんだ、これが現実なはずが無い」
いきなり森の中とか、半透明の女の子とかとにかく現実味が無さ過ぎる。
思わず僕は頬を抓ってみる。痛い。
「イタイ・・・」
「頬を抓れば痛いだろうに、主はどうみても起きておるぞ?」
「いやいや、現代日本に幽霊とかいないからっ!」
「ゆっ・・・幽霊だとっ? あんな下級の生き物と同一視しおって、妾は精霊だっ!」
「へ?」
イマ、ナンテイッタ?
精霊?なにそれ?
いやいや、ちょっとまって、
その前の台詞にもっとおかしなところがあったよね?
「「・・・・・・・・・」」
だめだっ!このまま沈黙していても何も解決しない。
ここはひとつ、僕から彼女に質問をするべきだ。
「えーっと・・・、いくつか聞きたい事があるんだけれどいいかな?」
「主になら何でも答えよう、いくらでもよいぞ」
幽霊扱いで怒っているかと思ったけれど、案外そうでもないみたいだ。
フンッ、と胸を張って精霊?は答えてくれた。
「それじゃあまずは基本的なところから」
「うむ」
「僕の名前は神崎 悠人。君の名前は?」
「妾はエルシディア、親しいものからはエルと呼ばれておる。主にもそう呼んでもらいたい」
この自称精霊の名前はエル、と。
次の質問は短いけど一番重要かな。
「エル、ここの地名を教えてくれないか?」
相手は日本語を喋っているけれど、植生などが明らかに日本と異なる。
AVSなどで作られた非常に高度なVR環境って可能性も考えたけど、
あんなので女の子や綺麗な風景を作れるとはとても思えない。
だから、僕は納得するために聞いておきたい。
”ここは異世界なんだ”って。
「ファルド王国のウィスタ大森林だな。・・・ってなんでそんなことを聞くのだ?」
「朝起きたらいきなりここに居たんだよ。着の身着のままじゃないあたり誰かに拉致されたみたいなんだけどね。それが誰なのかもわからないし、そもそもその理由も分からないんだ」
はあ〜・・・。
こういう召還モノって国とかに召還されて
しっかりとしたアフターケアを受けられるものじゃなかったっけ?
まあいっか、どうしようもないし。
エルはどう反応していいのか分からないような顔してるし、次の質問だな。
「次の質問なんだけど、何で僕が主? エルに対して僕は何もしたことが無いし、会うのも初めてなんだけど」
「主に魔力を供給してもらったからだ。おかげでこのように不完全ながら実体化できる」
「魔力?」
「妾の魔力供給用魔方陣に触ったときに供給していたではないか」
変な文字に触ったときのあれのことか。
ちょっと意識すると体内でぐるぐる回る魔力?をはっきりと知覚できる。
多分ちょっと練習すれば放出したりするのも簡単なんじゃなかろーか。
・・・ん?
「いや、ちょっと待ってよ。魔力の供給と主従関係ってなんら関係なくない?」
「そんなことないぞ、主の魔力の波長は妾ととても相性が良いのだ。こんなことは900年も生きてきて初めてなのだ。だから妾は主にとても興味がある、嫌でなければ契約を結んでもらいたい。妾はこの大陸をある程度まわったことがあるからきっと役に立つぞ!」
900年・・・さすがファンタジー。
契約って言うのが具体的にどういうものかはさっぱり分からないけど(まさか所有権じゃないだろう)
こんなわけの分からない現状で現場に詳しそうな同行者が出来るのは素直に歓迎。
「喜んで。いろいろ途方にくれていたところだから本当に助かる」
「そうか、妾も安心した。さあ、主よ。右手を出して手のひらをこちらに向けてくれ」
にっこり笑ったエルが僕に近づき、お互いの手のひらを合わせる。
手のひらを重ねると先ほどよりかなり多量の魔力がエルに流れ、少量のエルの魔力が僕に流れた。
多分こうやって魔力を重ねることを契約と言っているのだろう。
「これで契約は完了だ」
「意外とあっさりだね」
僕のほうにエルの魔力が入ってきたが、体などに特に変化はない。
変化があったのはエルのほうだ。
一瞬姿が光ったかと思うと、
さっきまでの半透明状態では無くなりちゃんと実体を持つようになった。
エルは自分の体を見てポカンとした表情をしている。なんで?
「主は今すごく疲れていたりしないか?」
「いや、全く」
魔力がガッツリ流れたので運動後の爽快感みたいな感覚はあるけど
特に疲労感ってないなぁ。
「失礼な質問だが主は人間か?」
「失敬な、僕は間違いなく人間だ」
「妾をはっきりと実体化させた上でまるで負荷を感じないなんておよそ人間が持つ魔力量を逸脱しておるのだが」
なんというテンプレ展開。
「負荷はよく分からないけど、魔力が多い分には困らないしいいんじゃない?」
『そうだの』
・・・うわっ!
「ちょ、今の何?」
『ん?ああ、これか。これは契約者同士が離れていても会話できる機能だ。ちょっと集中すれば主も出来るぞ。頭の中で相手に話しかければよい』
ファーストインプレッションだけあって驚くことが多いな。
簡単らしいのでちょっとやってみよう。
頭の中で話しかけるのと集中するのを同時に行うって・・・こうか?
『アーアー、テステス。聞こえる?』
『うむ、しっかり聞こえておるぞ』
にっこり笑ったエルが答える。
どうやらオーケーみたいだ。
充電不要の携帯電話、非常に便利だな。
対象が一人限定だけど現状僕には必要十分だ。
「さてと、このままここにいても仕方ないし、最寄の集落に向かいたいんだけどどっちにいけばいいかな」
「ガルトが一番近いな、徒歩で7日というところか」
「・・・・・・遠いな」
朝起きたらいきなり森の中に放置で次の集落までは7日間。
これでゲンナリしない人がいるなら見てみたい。
はあ・・・。