冬枯れの追憶 【短編ハードボイルド】
オンナたちよ!
オトコの胸のうちを聞きたくないかい?
徐々に初冬の陽が落ちてきた。
葉の抜けた木々が、痩せた老人のように立ち尽くしている。
日本海側のこの街で、太陽を見ることは滅多にない。
薄紫に染まった情景。
わたしの生き様みたいなものだ。
そこには空虚が広がっている。
今日も日付が変わり、一日が終わるだろう。
ここ数日、客先でのプログラム変更作業が早朝まで続いていた。
久しぶりにマンションに帰る日だった。
水銀灯の眩しいガソリンスタンドに入った。
夏場は「虫」が寄り付いて閉口する。
特に白いクルマはそうだ。
「いらっしゃい」
見慣れた店員が駆け寄ってくる。
高速を飛ばして移動するこのクルマも、一緒に戦う同志であった。
年間6万キロ。
積算計は20万キロに迫ろうとしている。
タイミングベルトの交換は7万キロごとだ。
3回目は再来月に予定している。
それだけ酷使しているからだ。
時速170キロに達する時もあれば、車内で睡眠を貪ることもある。
わたしと違い、よく働くタフな相棒だ。
「軽油満タン、洗車は換算しといてくれ」
3日に一度はここに立ち寄る。
言われなくても、1.800円のワックス洗車である。
すべて会社のカードである。
構わずエンジンオイルも、ガソリン換算で交換する。
壊すよりマシだ。
多分、上得意の部類なんだろう。
給油中、世間話をしてくる間柄だった。
20分後、ハンバーガーショップにカローラバンを滑り込ませた。
スピーカー越しに、注文を聞いてくる。
間欠ワイパーが一定のリズムで細雪を拭っている。
助手席にバーガーとポテト、エアコンの噴出しにLサイズのコーラ。
週に4日は同じものを、とりあえず胃に押込む。
食ったあと、いつも後悔していた。
身体が悲鳴を上げている。
いつまでこんなもの食わせるんだ。。。
少しネクタイを緩めた。
高速の入り口に鼻先を向ける。
交通情報と7時の時報。
いつものオンナの声。
過ぎ去っていく街路灯。
低く単調なエンジン音。
暑めのヒーターブロア。
染み付いた煙草の香り。
無残にも変わらない日常の情景。
胸に冷たい風が吹いていた。
いつの間にか薄紫から闇に変わっていた。
自分の存在を確認するため、夜毎街で飲んでいた。
深夜に仕事が終わっても、必ず一軒立ち寄った。
夜の蝶が仕事終わりに集まる「メシ屋」にも顔を出していた。
いつもの本屋で落ち合った。
わたしを確認すると、小走りにドアを開けた。
「雪ね」
メグミは呟いた。
「ふふ、またマックのセット?」
「ああ」
「このクルマの匂いだわ」
「一度帰ったのか?」
「んんん、お腹すいたわ」
大きくもない胸を反らしながらわたしを見た。
市街地へハンドルを切った。
「また店員さん見てるわよ」
「ん?」
「わたしと貴方じゃ援交に見えるみたい」
ビールグラスを片手に微笑んだ。
爪の綺麗なオンナだ。
「この前もそうだったよな」
そう思われても可笑しくない間柄だった。
14才の年齢差である。
「あたし同い年苦手だもんね」
「おっさん好きだよな」
「そう、あなたみたいなね」
少量の酒で赤くなるオンナだった。
法的には1年、飲酒できるまでには早かった。
取引先の娘である。
通っている短大のバス停で見かけたのが始まりだった。
「また横の大学生たちが合コンしようって、ったくいやらしいんだから」
「興味ねぇのか?」
「今はね、このままがいい」
スーツ姿の会社員に、タイトスカートの短大生。
恋人関係には微妙であるし、親子にはまだ早い。
愛人関係。
そのように見えるのが自然だろう。
「この前もそうよね」
「鰻屋だったよな」
「可笑しい」
「何が」
「わたしたち普通なのにね、不倫でもないし」
父親は5つの携帯電話に、家族には内緒で3つのマンションを持っている。
地場の不動産会社の専務である。
「ファザコンかもな」
「父親か」
「家庭サービスしてるか」
「先週は阿蘇にドライブ連れてってくれたよ」
「楽しかったか」
「全然。。。」
一瞬、メグミの目が彷徨った。
初めて感じたオンナの仕草だった。
緩んだネクタイを解く。
冷たい布団に潜り込む。
ささやかな温もりが次第に窓の結露となっていく。
酒が抜けた頃、明日のプログラムの変更をはじめる。
フロッピーが出来上がるのは、いつも午前1時過ぎである。
気がつくと、微かにオンナの匂いが残っていた。
3年後、わたしは地元に戻った。
新聞を広げると、メグミの父親の会社が倒れていた。
ふと、あの頃の刹那さが蘇った。
元気でいてくれよな。
晴れた窓の景色が霞んで見えた。
モノクロでソリッドな30代前半。。。
雪が降るたび、熊本のささくれた日々が甦る。
黄色の街路灯に照らされた白い小経。。。白い横顔。。。
わたしは40代半ばになっていた。
ブログで書いてきた、短編ハードボイルドです。
尊敬する北方謙三先生ほど遊んでませんが(笑)、オトコとオンナの
すれ違いを描いていきます。