青いリボンは解けないまま
世界は、ひどくノイズまみれ。
教室のざわめきも、黒板を叩くチョークの音も、古いラジオのような音。
でも、青いリボンはすべてを知っている。
◇
私は今日も、自分の席で透明な壁を作っていた。誰からも話しかけられないし、誰の視界にも入らない。
―――ただ一人を除いては。
「そのリボンかわいいね」
その声だけが、砂嵐を切り裂いて鮮やかに響いた。
顔を上げると、そこには親友のミドリが立っていた。彼女の制服の着こなしはだらしない。でもその瞳だけは、私という存在をまっすぐ、逃さずに捉えていた。
「……そう?」
「だって、こんなに綺麗な青、見たことないもん」
ミドリは笑って、私の細い左手首を指さした。そこには、私が自分の存在を忘れないように固く結んだ、安物の青いリボンがあった。
◇
放課後の旧校舎。埃が光の粒を踊らせる音楽室が、私たちの聖域だった。
ミドリはいつもピアノの蓋に腰掛けている。
「ねえ、どうしてミドリは、いつもそのカーディガンなの? 暑くない?」
私は、彼女が夏でも脱がない分厚いカーディガンを指して聞いた。
「これ? これは、私の『蓋』みたいなもの。脱いだら、中身が全部こぼれちゃうから」
彼女は冗談めかして笑い、私の弁当箱を覗き込んだ。
「あ、今日のお箸、二膳ある。誰か来るの?」
「……え? ああ、これ。予備、かな。無意識に入れちゃうんだよね」
自分でも不思議だった。なぜか私は、いつも箸を二膳用意してしまう。まるでもう一人、誰か大切な人がそこに座るはずだったみたいに。
◇
ミドリがいなくなった。
一週間、彼女の席は空席のままだ。……いや、そもそも「彼女の席」なんて、この教室のどこにあった?
私は狂ったように図書室の新聞アーカイブを漁った。一年前にこの学校で起きた、屋上からの転落事故。
『二年生の女子生徒、飛び降り自殺。原因はいじめか』
そこにあった写真は、間違いなくミドリだった。
息が止まる。じゃあ、今まで私の隣で笑っていたのは誰?
その時、不意に視界が歪んだ。
鏡に映った自分の姿。左手首に巻かれた青いリボン。……違う。これは、ただのリボンじゃない。
私は思い出した。一年前、ミドリがいじめられていたこと。私がそれを、怖くて見て見ぬふりをしたこと。
ミドリが死んだ日、私は彼女を追いかけて屋上へ行った。でも間に合わなかった。
じゃあ、先生が私を呼ぶとき、あんな顔をしていた理由は―――
「……違う、私は『私』じゃない」
私は、左手首の「リボン」を解いた。そこにあるのは、一年前から消えない醜い自傷の痕だった。
ミドリを失った罪悪感に耐えきれず、自分の中に「ミドリ」という別人格を作り出し、自分自身を「ミドリを救えなかった無力な自分」という端役へと追いやって、脳内で彼女との対話を繰り返していたのだ。
「……ねえ、もういいよ」
背後から、ミドリの声がした。
振り返ると、そこにはあの日と同じ、カーディガンを着た彼女が立っている。
「あなたは翠じゃない。―――あなたは、翠として生きて」
ミドリが私の左手首の傷跡に、そっと指を触れる。その瞬間、世界から砂嵐が消えた。
初めて投稿させていただきました!
これからよろしくお願いします(♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾




