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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夢見るおがくず人形

お越しいただきありがとうございます。

お楽しみいただければ幸いです。

 私はロウ人形 おがくず人形

 私の心は 歌に刻まれてる

 ロウ人形 おがくず人形


 

 走る走る。

 薄暗い街中をただひたすらに走る。

 雑踏を構成する名もなき人々がいるにもかかわらず、誰も自分に注意を払わない。

 自分の後ろを用心深く、それでも自然に、雑踏に溶け込んで追いかけてくる存在すらも気づかれない。


 まるで自分が透明人間にでもなったかのようだ。

 誰も自分を助けない。

 見て見ぬふり。


 苦しい。

 助けて。

 誰か。


 そんな願い虚しく、後ろから近づいてきた影に、より一層闇深い裏路地に引き摺り込まれた。

 ジタバタと両手両足を動かしてみても、圧倒的な相手の力に敵わない。

 あっという間に組み伏せられる絶望。薄汚れた街灯で鈍い銀色が僅かに煌めいた。

 振り下ろされた包丁が()()()の胸を深々と貫く。

 喉奥から込み上げてくる熱い液体。それがわたしの気道を塞いで悲鳴の一つも上げられない。

 銀の光がわたしから離れて、再び振り下ろされる。

 痛くて痛くて。

 なんで? どうして? どうしてわたしがこんな目に?

 それだけがグルグルと頭の中にこだまする。


 車のヘッドライトが薄暗い路地を舐めた瞬間。黒い影が人の形を成した。


 網膜に写ったソレを自分で思い出す日は、二度と来なかった。


◇ ◇ ◇


 沈む沈む。

 ポコポコと口の中から逃げ出していく空気の泡を、歪んだ視界越しに眺める。

 もがいてもがいて。

 水面の向こうの夜空に向かって手を伸ばすけど届かない。

 両手が虚しく水を切る。

 首を、肩を抑えつけられて、足掻くことすらままならない。

 

 どうして()がこんな目に?

 脳内で繰り返す言葉すら、泡沫のように消えていく。

 

 冷たい。

 助けて。

 誰か。


 その願いはたぶん叶わない。

 お母さんが言っていたのに。

 塾の帰りは遅いから、あの道を通るのは止めなさいって。

 川沿いの薄暗い道。

 危ないからって言われていたのに。


 草むらから飛び出してきた黒い影は、僕を容赦なく水中に沈めた。

 水面をほのかに照らす街灯だけでは、相手の顔は伺えない。


 だけど。

 ざばりと引き上げられ、酸素を求めて大きく喘ぐ。

 一瞬だけ網膜に写った相手の顔。


 再び水中に沈められた僕が、男の顔を認識する日は二度と来なかった。


◇ ◇ ◇

 

 苦しい苦しい。

 太い指を持った手が首を締め上げる。

 塞がれた気道で必死に息を吸おうとするけど、生きるのに必要なレベルには及ばない。

 逃れようと必死に足掻くけど、敵わない。逃げられない。

 

 どうして()がこんな目に?

 脳内で繰り返される言葉は詰まった喉から出てこない。


 苦しい。

 死にたくない。

 お父さん。

 ……助けて。


 ゴキリと耳の奥で鈍い音が木霊した。

 私の首の骨を折った、真正面にいる男の顔は……。



 ()だった。



◇ ◇ ◇


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 悪夢から目覚めた男の絶叫が、狭いカプセルの中に響き渡った。

 悪夢の残滓から逃れようとでもしているのか、男の身体が激しく蠢く。

 だが、頑丈な拘束具に阻まれ、それが叶うことはない。


 そんな男の様子を、カプセルの中に設置されたいくつもの監視カメラとセンサーを通していくつもの目が観察していることを、男が知る由もなかった。


「……よく毎回毎回叫べますねぇ」


 男の苦しみなどまるで意に介していない冷静な声が観測室に響いた。

 声の持ち主である白衣の男は、持っていたタブレットに何事か打ち込んでおり、モニタに映る絶叫する男の姿などすでに意識していないように見える。


「……そうだね。……()()()()()()()()なのにね」


 夢の残滓に苛まれ、ジタバタと蠢いている男をモニタ越しに冷めた目で見つめているもう一人のスーツ姿の男が皮肉気に呟いた。

 

「本当にねぇ……。自分がやられて嫌なことは他の人にしちゃいけませんって習わなかったんですかねぇ。ていうか、習ってなくても普通やりませんよねぇ。縁もゆかりもない人間を無差別に殺すなんて……ねぇ」

 

 未だ暴れ続けている男の姿に、呆れたようなため息を吐きながら首を振る白衣の男は、スーツの男に会釈すると部屋を出ていった。


 スーツの男だけが残された部屋には、パソコンのファンが発する小さな音だけが響く。


「……なんどもなんども味わうがいい。殺されたあの子の苦しみを。痛みを。絶望を。嘆きを。今は頭に流し込まれる(仮想)でしかないが、それがお前の現実になる日まで、何度だって繰り返し……見せてやる。見せ続けてやる……」


 皮肉気に嗤う男の目は酷く暗い。

 気絶したのか再び夢へと潜っていったカプセルの中の男に凍えるような一瞥を投げ、スーツの男はその部屋を後にした。


 部屋を後にした男が無機質な白い廊下を歩いていると、後ろから女性の声が響いた。


「あ、博士! こちらにいらしたんですね! またマスコミからの取材依頼が……」


「……またですか? 死刑制度が非人道的だと廃されて、最高刑が終身刑になって、さらに終身刑囚への刑罰が法律で決定されてからもう一年は経つのに……。マスコミの方々も懲りないですねぇ」


 スーツの男がやれやれと肩を竦めると、男に声をかけた女性もまた辟易したようにため息を吐いた。

 

「本当に……VR(仮想現実)を利用して、己の罪と向かい合うことのどこが非人道的なんでしょうねぇ? 立派な刑罰じゃないですか。

 だってそもそも……その人が犯した罪じゃないですか……。自分が犯した罪を、被害者になって体験する。それのどこが非人道的だと思うのか……。理解に苦しみますね」


 女性の言葉に、スーツの男は苦く笑った。


「きっとその人たちは……理不尽に奪われたことがないんですよ……。大事な、大事な()を……ね」

 


 私はロウ人形 おがくず人形

 私の()は ()に刻まれてる

 ロウ人形 おがくず人形

最後までご覧いただきありがとうございました。

ご評価、お星様、ご感想、いいね等々お待ちしております。


このお話は近未来、フルダイブ型VRが身近になった頃をイメージしております。

ここは、人権主義の高まりで死刑が廃され、最高刑が終身刑になった世界です。

終身刑(無期懲役と違って死ぬまで出られない)囚を持て余した結果、己の罪と向き合わせるという大義名分と重なって、VR内で罪を見せ続けカプセル内で寝ながら生き続けるようになった世界でもあります。

それを推し進めたのが、本文内の博士であり、3番目に出てきた殺された女性の父親でもある人物です。

彼は無差別殺人者である男への復讐のためにここまでこぎつけた人です。

そして博士を引き留めた女性もまた……。


改めて、最後までお読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
文章が巧みで引き込まれました! 罪を償う方法って、何が一番いいんでしょうねえ。 その答えが出る事は永遠にない……。
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