第四話 軍事学校の少年達
ヴェルンシュタール中央軍事学校。そこは全国から少年たちが集う、鉄と規律の学び舎だった。
入学初日。校門の前に立ったセレンは、思わず息を飲んだ。
威圧感のある煉瓦造りの校舎に、銃剣兵の像。空は曇りがちで、灰色の雲が重く垂れこめている。アルデリアの陽光とはまるで違った。ここでは、空さえも沈黙していた。
「下を向くな。堂々と歩け」
隣を歩くアーヴィングの言葉に、セレンは背筋を正す。
仮初めの身分。偽りの自分。
だが、今はそれが自身を守る盾だと、彼は理解していた。
校舎に入ると、すぐに編入者としての手続きを取らされた。軍籍番号、簡易な身体検査、そして入隊動機の記録──“この国の未来を担う男子”として、形式上の志を記す。魔法も、アルデリアも、母の名すらも記してはいけない。
すべてを飲み込んで、セレンはペンを走らせた。
配属されたのは、1年B組。
軍事学校の教室に入った瞬間、セレンはその雰囲気に面食らった。
廊下には少年たちの荒々しい声が響き渡り、時折笑い声も混ざる。だが、その笑い声は無邪気さというより、どこか子供っぽく軽薄な響きを帯びていた。
「おい、次の訓練、俺に任せろよ!」
「またお前、口だけだろ!」
教官の鋭い視線がすぐに飛んできて、ふざけている者たちはすぐにぴたりと静かになった。
セレンはそんな少年たちの態度に少し驚いた。
子供のように騒がしくも、規律を重視する。
『これが…男の国の軍人か』
少し戸惑いながらも、セレンは心を引き締めた。
「私……いや僕もここで、強くならなきゃ」
「おい、新入り。アンタ、一物生えてんのか?」
教室に入るや否や、声が飛ぶ。どきりとしながら振り返ると、筋肉質で強面の少年が腕を組んでいた。赤茶色の髪は短く刈られ、眉の形も厳しい。どこか犬のような野性味を持った瞳。
「……え……ああ」
「“ああ”じゃねえ、“はい、そうです”だ。ここは軍隊だぞ、お嬢ちゃん」
周囲が笑い声をあげる。
なんて粗野な生き物なのだろう。初対面の人に生えてるのか、なんて聞くなんて。その上、お嬢ちゃんとわざと言い、まるで女性を馬鹿にしたように笑うなんて。
だが、このままではこの輪の中に入れない。
そう思いセレンは一礼した。
「……セレン・ヴィレル。今日からこのクラスに配属されました。よろしくお願いします」
その丁寧さに一瞬だけ、笑いが止まる。
「……へぇ、変に礼儀正しいな。まあいい。俺はライン。鉱夫の息子で、ここじゃ一番の射撃手だ。ちょっとでもナメた態度取ったら、撃つからな」
「なっ……」
「冗談だよ。まだ銃、持たせてもらえてないしな!」
そう言ってがははと豪快に笑うラインを、セレンは戸惑いながら見つめていた。
彼に悪意は無いのかもしれないが、新人いびりのような事をする彼に真面目なセレンは納得いかなかった。
その日の午後、帝国史の授業が行われた。
昨日は魔法学院の歴史の授業を受けていたというのに、まるでデジャヴだ。
教師は白髪の軍服姿の老人。背筋が伸びていて、声も無駄がない。
「教本の三章。『ヴェルンシュタール戦史──魔女戦争』を開け。質疑はなし。教官が語る」
黒板に、教師が淡々と書き出す。
《第一次魔女戦争 二十年前 “魔女の蜂起”》
セレンの心臓がわずかに跳ねた。
教本に記された歴史は、彼が知るものと違う。
魔法学校で聞かされた、“メアリアの奇跡”は、ここでは“魔女メアリアによる洗脳と反乱”と記されていた。魔女は怪しげな魔法を使い次々と女達を洗脳し、男を殺していったという。
まさに、アルデリアは“狂った女達による独立国家”とされていた。
目を背けたくなるほど、歪められた歴史。
だがその中で、ふと彼の横に座っていた少年が、ぽつりとつぶやいた。
「僕、あの国……アルデリア、ちょっとだけ見たことあるよ」
セレンは反射的に目を向けた。
銀髪の柔らかそうな少年。整った顔立ちで、どこか中性的な雰囲気を持っている。この子、他の男子生徒とは違って上品で親しみやすいかも、セレンはそう思った。
「昔、境界の町にいたんだ。まだ僕が小さかった頃だけど、アルデリアの光が山の向こうに見えた。すごく、綺麗だった」
「……名前は?」
「ん?ああ、ごめん。僕はリアム。リアム・ロイナー。よろしくね、セレンくん」
そう言って笑ったリアムの瞳には、どこか鋭さがあった。
優しさの奥に、何かが隠されているような──
“彼は味方なのか、それとも……”
セレンは、これがこの国での新たな試練の始まりだと、まだ知らなかった。