第一話 違和感
午後の授業が終わり、セレンはいつもどおりリーナたちと他愛のない会話をしながら教室を出た。
「ねぇ、明日って自由研究の提出日だったよね?すっかり忘れてた〜!」
ステラの嘆きに、アンが肩をすくめる。
「ステラ、前も同じこと言ってなかった?成長しなさすぎ〜」
そんな会話に微笑みながら、セレンは気づいていた。声が、少し掠れている。喉の奥が妙に熱を帯びていて、言葉が引っかかる。朝の支度中、確かに少しだけ違和感があった。
(……風邪、じゃないよね?)
喉も腫れてなさそうだし、熱もない。でも、何かが変だ。言葉にできないもやもやが、胸の奥をふわふわと浮かんでいる。
そんなときだった。
「ねえ、セレン」
肩を並べて歩いていたリーナが、急に真顔になった。
「……なんか、今日、声おかしくない?」
ぴたり、とセレンの足が止まる。
「え?」
「朝は気づかなかったけど、今ちょっと低いっていうか……かすれてるっていうか。大丈夫?」
そう言われて、セレンは笑ってごまかそうとした。
「えへへ、たぶん喉がちょっと乾燥してるだけ。平気だよ」
いつもの調子で返したつもりだった。でも、自分でもわかる。声の響きが、ほんの少しだけ違っている。
「ほんとに? 無理してない? 保健室寄ってく?」
リーナは心から心配している様子だった。ステラもアンも不安そうにこちらを見つめる。だが、それ以上に——セレン自身が、どこか不安になっていた。
(こんなの、初めて……)
魔法の詠唱の訓練中に喉を痛めたことはある。でも、これは違う。もっと根っこの部分、声という“存在そのもの”が揺らいでいるような感覚。
「ううん、大丈夫。本当に、ちょっと乾燥してるだけだと思うから」
そう言って笑ったけれど、リーナはじっとセレンを見つめていた。
「……うん、ならいいけど」
歩き出す足音だけが、石畳に軽く響いた。
学園の門を出るころには夕日が差し込み、影が長く伸びていた。桜の花びらが風に舞い、セレンのローブのすそをさらりと撫でる。いつもなら、それだけで幸せになれた。
でも今日は——胸の奥のざわめきが、どうしても消えなかった。
帰宅し、家の扉を開けると、ふわりと焼き菓子の香りが鼻をくすぐった。
「ただいま」
そう言った瞬間——
「……セレン?」
奥の台所から現れた母の顔が、みるみる青ざめていくのがわかった。彼女の顔は自分と同じ金髪碧眼も相まって人形のようだった。手にしていた木ベラを床に落とす音が、やけに大きく響いた。
「おかえり。その声……どうしたの?」
「え? やっぱり、ちょっと変かな? 喉が少し痛いだけだと思うんだけど……」
セレンが笑おうとすると、母の表情がさらに硬くなった。
「違う。これは……まさか……」
母は一瞬だけ目を伏せ、何かを迷うような顔をした。だが次の瞬間、顔を上げた彼女の瞳は強い決意に満ちていた。
「セレン、今すぐ荷物をまとめて。この国を出るわよ」