早めの夕食
コンコンコン。
「はい。」
自分の家なんだから、ノックなんかしなくても。
「戻りました。」
「…いなくなってるかと思いました。」
倉田さんは部屋の隅の私に目をやって、すぐに目をそらす。
「えっ」
「買い物してる間、やっぱり無理なお願いをしてしまったと思いまして。」
「それに、おもしろいことも思いつきませんでした。」
それから黙ってうつむき、買ってきたものを整理している。あんなに積極的だったのに、今は話しかけづらい暗いオーラが出ている。
彼女はそのまま料理を始めたようだ。匂いで推定するに生姜焼きだろう。ちょっと醤油が強すぎる気がするけど。味噌汁も作っているっぽい。
ご飯、生姜焼き、味噌汁が低くて丸い机の上に並べられる。彼女はその前に座って手を合わせる。
「いただきます。」
うーん、どういう気持ちで見ていればいいのか。あっちもこっちをちらちら見ているし。と思っていると…生姜焼きを口にした瞬間、眉間にしわが寄る倉田さん。
「やっぱりしょっぱかった?」
「なんでわかるんですか?」
驚いた彼女とようやく目が合う。
「まあ匂いでわかるかな。」
「…そっちに座っていいかな。」
「…はい。」
彼女はまた固くなっているけれど、なんとか私の顔を見ようとしている。
「私も大学生のころは自炊してたし、ある程度できるよ。就職してからはあんまりしてなかったけど。」
「だからまあ、アドバイスくらいはできるかな、なんて思ったり。」
「いいんですか?」
「もちろん。」
「…あと、急にいなくなったりしないから大丈夫だよ。」
「え…?」
「最初は驚いたけど。なんか心配っていったら失礼だけど、ほっとけないというか。どうせやることないし、3日限定じゃなくても付き合うよ。」
「いいんですか?」
嬉しさと疑いが入り混じったような顔で問う。これで本当に共同生活が始まる。いいのか。しかしこんなに不安そうな目をした子に対して、前言撤回するような人(人?)ではありたくない。
「うん。」
「ありがとうございます。」
「ちなみに味噌汁は?」
「ちょっと薄いです。ご飯は大丈夫なんですけど。」
窓から入る西日がこの部屋を温かく染めている。
「明日はカレーを作ろうと思ってて、ご指導よろしくお願いします。」
彼女の目も、心なしか輝いて見える。
「了解。」
久しぶりに、明日が少し楽しみかもしれない。