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大罪の娘  作者: 武部恵☆美
第2章 唯一の家族
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第8話

 兄が眠りから覚めると、辺りは既に明るくなっていた。


「お、やっと起きたか」


 兄はしまったと思うより先に、隣に居る男に驚いた。とっさに寝ている鈴の手を取って逃げだそうとした。


「いにゃっ」


 叩き起こされた形になった鈴は、手の痛みを訴えた。しかし、その訴えを聞くわけにはいかない。


「待て待て待て! だから捕まえる気はないって言っただろう」


 隣に居たのはマンホールの蓋を開けた男だった。それに気づいた兄は逃げるのを止め……だからといって警戒を解くことなく、いつでも逃げ出せるように身構えた。


「まったく。こんなところで寝るなんて不用心だぞ。荷物を盗んでくれと言っているようなものだ」


 兄はハッとして昨日リュックサックを置いた場所を見ると、四つともそのまま置かれているので、ホッと一息ついた。


「俺が見張っててやったんだぞ。感謝しろよ」


 別に頼んでいない。そう言ってやろうかと思ったが、とりあえず今回は飲み込むことにした。


「ありがとう、ございます」


 と口では言っても、警戒を緩めては居ない。

 そんな態度が、少し男の気に障った。


「なんだその俺に言わされましたと言わんばかりの言い方は」


 事実だ。そう言ってやろうかと兄は思ったが、面倒くさくなりそうだから止めた。しかし、どうしても顔に不満が出てしまう。態度に不信感が出てしまう。


「あのなー。職質も撃退してやったんだからな。警察の厄介にはなりたくないんだろ」


 男は不満そうに言うが、兄としてみればそれはどうなんだろうかと考えた。

 改めて考えてみれば、警察に保護してもらうのが一番なのは確かだ。


「お前より警察の方が信用できる」

「うわぁ。それも傷つくなぁ」


 男はガックリとうな垂れて見せた。


「お前訳有りなんだろ。警察なんて面倒なだけだぞ。俺にしとけ」


 どう考えてもお前の方が面倒だ。なんとかリュックサックを回収してこの場から逃げなくては。

 そう頭を巡らせていると、男は脇に挟んでいた新聞をおもむろに広げて見せた。


「そういえば知ってるか? 昨日、世界の禁忌となる大罪を犯したヤツが捕まったんだとよ。ほれ」


 男が新聞の一面を兄に向かって突き出した。

 兄は男の言うことなんかに興味は無かったし、そんな新聞記事に興味は無かったが、写真がチラッと視界に入った。そこには父の写真がデカデカと載っていた。男から新聞を奪い取ると両手で握りしめ、食い入るように記事を読んだ。


「悪いヤツだよな。魔法が世界になにをもたらしたかなんて、子供でも知っていることだ」


 男がわざと大げさにし、二人に聞こえるよう言っているが、兄の耳には届いていない。ただひたすらに書かれている記事を一字一句残らず読んだ。


「あれ? お父――」


 鈴が新聞の写真を指さしながら〝お父さん〟と言い終わる前に、兄はその口を手で塞いだ。

 しかし、その言葉を男が聞き逃すはずもない。


「ん? もしかしてこの記事の男、君たちの――」

「違う!」


 男が言い終える前に、それ以上言わせない勢いで兄は強く否定した。


「っはは。それは肯定しているようなものだけど、まぁいいや。興味ないし」


 二人の反応を確かめるように男は上から見下ろす。そしてニヤけ顔をした。


「君たちも興味はないだろうけどぉ、朝のニュースでぇ、その男がさぁ、昨日の夜、獄中でぇ、ひひっ、死んだんだよねぇー、っふふふふふ」


 不敵にいやらしく笑う男。その男がもたらした言葉は、父の死だった。こんな男の言葉は信じたくなかったが、魂の水晶が砕けたこともあり、受け入れるしかなかった。

 だがそれはあくまで兄だけの感情であり、鈴の感情は含まれていない。鈴はキョトンとし、男の言った言葉と新聞の写真を上手く関連付けることが出来なかった。


「お兄ちゃん、どういうこと?」


 鈴は水晶の効果を知っていたが、砕けた事実を知らないし、砕けたときの意味までは聞かされていない。だから間接的に父が死んだなどと言われても、直ぐには理解することができなかった。

 兄はしまったと思ったが、時既に遅かった。


「その写真ってお父さんだよね? 死んだってなに?」


 直ぐに理解できなくとも、兄の態度や言葉の意味を考えれば、それを理解できないほど鈴は幼くない。鈴は兄に詰め寄って問い質した。

 しかし兄は目をそらし、答えることを拒否した。それを鈴は許さなかった。


「お兄ちゃん、答えて!」


 兄は無視することが出来ず、鈴に気圧されて目を合わさせられる。


「お父さんは……」


 震える声で兄を問い詰め、消え入るような声で「死んじゃったの?」と付け加えた。その目には、うっすらと涙を浮かべている。

 兄はその問に正直に答えることが出来ない。何故なら、その事実を兄自身が信じたくないからだ。だからはっきりと否定したい。なのに、鈴の目を見て言葉を続けることができなかった。


「違う」


 兄は目を逸らし、絞り出すように呟いた。


「違うよ。鈴、よく見て。よく似ているけど別人だよ。お父さんじゃない」


 よく見れば父だというのは丸わかりだ。だからまともに見えないよう、一度クシャッと潰してから鈴に見せた。こんな誤魔化しで騙せるとは思っていないが、なにもしないことも出来なかった。

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