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大罪の娘  作者: 武部恵☆美
第1章 日常の崩壊
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第6話

 兄は最後の力を振り絞って蓋を開けようと試みた。ところが、そもそもマンホールの蓋は内側から開けられる構造にはなっていない。幾ら頑張っても無駄だったのだ。


「クソッ」


 開かないマンホールに苛立ち、思わず叩いてしまう。すると、ビクともしなかった蓋がゆっくりと開いた。

 すると兄の目の前に見知らぬ男の顔が現れた。


「ん? お前新入りか」


 しまった、追っ手に見つかった! そう直感して兄はハシゴを降りて逃げ出した。


「待て待て。捕まえやしねぇよ。さっさと上がれ。他に出られる場所なんてねぇぞ」


 そう言われて、兄は途中で止まった。確かに今まで蓋は一つも開かなかった。しかし全てがそうとは限らないと思い、やはり逃げるべきだと判断し、再び逃げ始めた。


「マンホールの蓋は内側からは開かない。大雨対策で蓋が吹き飛ぶのを防ぐためにな。だから外から開けるしかない」


 そう言われて、兄は再び止まった。


「本当だって。さっさと上がってこい」


 それでもこの男の言うことを直ぐに信じることが出来ない。警戒して男を見つめながらゆっくりとハシゴを降りる。


「分かった。ここから離れるから、上がってこい。な」


 男はそう言うと、ゆっくりとマンホールから離れた。

 兄は男の顔が見えなくなると、いったん下まで降りた。そして母の分のリュックサックから手鏡を取り出すと、手鏡を片手にハシゴを登った。登り切ると頭を出す前に用心深く手鏡だけ上に出し、男を捜した。


「そんなに警戒されると傷つくなぁ。ちゃんと離れているよ」


 鏡越しに見える男は、約束通りきちんと壁際に離れていた。他にも人が居ないかグルリと様子を探る。

 どうやら外ではなく、部屋になっているようだ。外に出ても、部屋に閉じ込められるのでは大差がない。ここは避けるべきだろうか。

 部屋には扉が二つあった。男の側とその反対側だ。もしかしたらどちらかが外に通じているかも知れない。

 男の言うことが本当ならば、他に地上へ出る手段は無さそうだ。


「お兄ちゃん?」


 下から鈴の呼ぶ声が聞こえてきた。鼻を摘まんでいるせいか、少しくぐもっている。

 兄は唇に人差し指を当てて、静かにするように見せた。すると鈴は鼻を摘まんだまま掌で口を塞いで見せた。

 兄は鏡で周囲を警戒しながら頭を出した。

 部屋には男以外誰も居ない。男を警戒しながらゆっくりとマンホールから這い上がる。


「おーお。随分と大荷物だな。夜逃げの予定なんかあったか?」


 そんな戯れ言を口にする男を凝視したまま、鈴においでおいでと手招きをした。


「他にも居るのかい?」


 男が尋ねてきたが、兄は警戒したまま答えることはなかった。

 男が敵か、味方か、その判断を付けられずにいる。少なくとも今は敵ではないかも知れない。その程度の認識だから警戒を解くことが出来ない。

 男の背格好は兄と同じくらいで、歳は少し上くらいだろうか。少し華奢だが、ヒョロッとした感じはしない。客観的に見てイイ男に見える。しかし、見た目に騙されるなと強く思った。

 男はため息をつき、ただ見守るだけで動かずにいる。

 そんな中、鈴がゆっくりとマンホールから這い上がってきた。

 男からは兄が死角になって鈴の姿がよく見えない。覗き込もうと少し動くと、兄がサッと身構えた。


「分かった、済まない。動かないよ」


 男は両手を挙げながら宣言すると、覗き込むのを諦めた。


「鈴、後ろの扉までゆっくり行くんだ」


 男に聞こえないよう、兄は小声で鈴に囁く。

 鈴は頷くとゆっくりと歩いた。

 兄はそれに合わせ、男から鈴を庇うように後ろへ歩いた。


「そっちからは外に出られないぞ」


 男の忠告を無視し、扉まで辿り着く。扉の外からは大勢の人の声が聞こえてくる。人混みに紛れればそのまま逃げられるかも知れない。そう思い、扉を少し開けて外の様子を覗いてみた。

 そこは大勢の人が働いている厨房のようだ。そんなところ、逆に目立ってしまう。兄はそっと扉を閉じた。


「だから言っただろ。外に通じる扉はこっちだ」


 厨房を突っ切るよりは、男を倒して扉から出る方が現実的だ。

 俺に出来るのか? いや、やらなきゃいけない。

 そんな思いにいたり、兄は覚悟を決めた。


「そこをどけ」


 覚悟は決めたものの、怖いものは怖い。声が震えている。

 兄は格闘技なんて習っていない。喧嘩も好んでしたことはない。体格的にも男の方が有利だ。


「まぁ待て新入り。ここのルールを話そうじゃないか」

「新入りじゃない。そこをどけ」


 兄は片腕を横に払い、男にどくよう命令した。

 そんな兄の態度に男は呆れた。


「あのな。誰が開かずの蓋を開けてやったと思ってるんだ?」

「……頼んでない」


 男は少しムッとした。


「ああそうかい。ったく。なら、次は開けてやらないからな」


 男はそう言い捨てると、二人に近づいてきた。

 兄は更に警戒を強めた。


「くっ、来るな!」


 しかし、男は歩みを緩めない。


「そろそろ休憩が終わる時間なんだ。戻って交代しないといけないの。分かる? 俺、仕事中なの」


 そう淡々と言いながら更に近づいてきた。

 そして部屋の真ん中にあるマンホールの蓋を閉じた。


「ほら、そこをどけ」


 再びこちらに近づきながら、イラついたようにシッシッと手で払った。

 兄はゆっくりと壁沿いに鈴を庇いながら移動をした。

 男が扉に手を掛ける。


「よかったな。たまたま居たのが俺で。交代で休憩に来るヤツが来る前に出て行けよ」


 そう忠告すると、扉を開けて出て行った。

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