第202話
その後の日記には、持ち帰った物の話が多くなった。石が腐ると書いてあったが、鈴にはどういうことか分からなかった。父親も自分で書いていながら、分からないと書いている。石が腐るなんて有り得るのだろうか。
「そういうこともあるんじゃないですか」
イーリンは相変わらずだ。
日記は更に続き、持ち帰った物を保存しているケースも傷み始めたという。たった半年ほどなのに、交換しなければならないほど痛みが酷いらしい。
それから更に一年後。
『12月14日
結界を再現できるようになったぞ!』
「わ! お父さん、再現できるようになったんだ。凄い」
鈴は満面の笑みを浮かべて、イーリンをチラチラ見ながら言った。
「そうですね」
「私はまだそんなことできないのに」
「そうですね」
しかしイーリンは全然食いつかない。仕方なく、鈴はションボリしながら続きを読み始める。
『といっても、全く安定していないし、長持ちしない。そしてめちゃくちゃ疲れる。たった数秒で頭が痛い。疲労感も凄い。なにより発汗が多すぎる。これじゃ脱水で死んでしまう。少し焦りすぎたか? もう少しよく研鑽をしなくては。』
「ふーん、こんなに疲れるんだ。これじゃあ体力の無い私には無理かな」
「そうですね」
〝魔力が関係してるから体力は関係ないでしょ〟
イーリンならそう言ってくれると思って鈴は聞いてみたのだが、否定してくれなかった。それとも本当に体力が関係しているのかも知れない。或いは体力ではなく魔力だったとしても、鈴には無理だ……そう言っているのかも知れない。
鈴はいつもイーリンが褒めてくれていたから魔力だけは自信があったのだが、その自信が揺らいでしまった。
『炎はかなり効率がよくなったし、勢いも強くなった。これなら生木も1分掛からず火がつけられそうだ。この調子で鍛練を積めば結界だって。』
「炎か。この前はコップ一杯の水って書いてたし。もっと化学を学ばないとダメだね」
「そうですね」
イーリンは完全に肯定BOTになってしまったようだ。日常会話は割と普通にしてくれる。それでもわざと間違ったことを言ってみても、イーリンは否定してくれない。だから鈴自ら訂正することになる。そのくらいには話ができる。
しかし、こと日記に限っては完全に肯定BOT。そんなの絶対ダメだ、と鈴は決意した。決意はしたが、どうすればいいのかが思い浮かばない。
違う。本当は思い浮かんでいる。父親が結界に穴を開けて壊そうとした。世界を崩壊させようとした。それを認めればいいだけのこと。
父親がそんなことをするとは鈴には信じられない。しかし突き詰めていけば、最終的にはイーリンの言ったとおりになるのかも知れない。それを否定するには、結局父親と同じことをする以外、父親の無実を晴らす方法が無い。
鈴は腹を括った。話はもう終わり、とばかりにイーリンが席を立った。
「イーリン、話があります」
「あたしにはありません」
「いいから座って」
「明日の朝食の下ごしらえをしたいのですが」
「後にして」
暫く無言で見つめ合った後、イーリンはため息をつくと椅子に座った。
「手短にお願いします」
「私は、お父さんはなにも悪いことをしてないと信じてます」
「またその話ですか。もう結論は出てます」
そう言い捨てると、イーリンは席を立とうと腰を浮かせた。鈴はサッとイーリンの手を掴んだ。
「だからお父さんと同じことをして、世界は滅びないことを証明してみせます」
「それでもし、世界が滅びに向かったらどうするつもりですか」
「そのときは……私が、世界を、終わらせます」
鈴は腹を括ってはいたが、いざ口に出すと声が震えた。
当然イーリンには鈴の動揺なんてお見通しだ。
「鈴様にできるとは思えません」
イーリンは立ち去ろうとしたが、鈴は掴んだ手を強く離さなかった。
「でき……るよ」
「はっ。声が震えてるじゃないか。その程度の決意でやれるとは思えないね」
「できるよっ」
鈴は精一杯の虚勢を張って、イーリンに訴えかけた。イーリンはジッと鈴を睨み付けている。鈴も負けじと見詰め返す。
二人とも動かない。時計の秒針が動く音だけが響く。




