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大罪の娘  作者: 武部恵☆美
第13章 結界の元へ
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第175話

 イーリンは毎日足繁くマンホールに通っている。本来ならあの程度、三十分も掛からず簡単に壊せる。しかしそれはコンクリートを(はつ)るための重機なり電動工具なりがあればの話。仮にあったとしても、そんな大きな音を立てるものなんか使えない。静かに、誰にも見つからないように、守人に見つからないように慎重に(はつ)る。


 鈴は日記解読のために魔力操作を日々鍛錬している……のは変わらずだ。その甲斐あってか、数日分を一気に読むことができた。



『11月30日

 やっと下水道の地図ができたぞ。後は隙を見て安全確認と、地図の微調整だ。マンホールの近くを誰かが歩いた音は聞こえなかった。実際に蓋を開けて確認しないと。一番危険なタイミングだ。でもやらないと。』


「その地図は日記に書いてないみたいだね」

「そうですね。日記の隅にでも描いて頂けていれば楽だったんですが……」


『12月6日

 地図の微調整は終わった。地上の安全確認も終わった。いよいよだ。明日は準備をして明後日決行だ。』


「明日……」

「あたし達も明後日入りますよ」

「開いたの?!」

「はい。一度下に降りて確認しましたが、通れそうです」

「確認したの?!」

「鈴様のために安全確認するのは当然です」

「う、ありがとう」

「滅相もない。明日潜るための支度をしておきますね。鈴様は普段通りで構いません」

「えっ、私も手伝うよ」

「いえいえ、鈴様は明後日に供えて英気を養ってください」

「英気を?」

「はい」

「そ、そう……」


『12月7日

 準備といってもなにを持って行けば良いのか分からない。子供じゃ計測機械なんて高い物買えないからな。動画と手触りだけが頼りだ。』


「そうだよね。お父さん、まだ中学生なんだから」


 鈴の父親の経済力は親に掛かっている。そしてそんな物が買えるほどの小遣いを貰えるほど裕福ではない。


「鈴様はその美貌でいっぱい稼いでますけどね」


 に対して、鈴は経済的に親から独立しているといっても過言ではない。


「美貌?!」

「そ。底辺連中の生涯収入くらいならもう越えてますよ」

「そ、そうなんだ。凄いね」


 鈴は実感が湧かなく、完全に他人事だ。


「はい。鈴様は凄いんです」


 イーリンは鼻高々と言いたげに誇らしい顔をしている。


「私じゃなくてイーリンがね」


 鈴は謙遜ではなく、本気でそう思っている。


「あたしが?!」


 そんな鈴の返しに、イーリンは心底驚いたような顔をした。


「私じゃそんなに稼げないもの」

「なに言ってんですか。紛れもなく、鈴様が稼いだんだよ」

「違うよ。私はただの被写体。写真にして売ったのはイーリン。私じゃ自撮りも売ることもできないもの」

「そ、それは……そうだけど」

「だから凄いのはイーリン。稼いだのもイーリン」

「稼いだのは鈴様ですっ」


 イーリンにとって、それはどうしても譲れないことらしい。


「私は稼いだとしても、精々モデル料程度だよ。それが妥当でしょ」

「妥当じゃない! それに鈴様の古着は値が付けられないくらい価値があるんだよ。それ一着で――」

「値が付けられないってことは、お金にならないってことでしょ。それは今の私には無価値と同じじゃない?」

「同じじゃないっ」

「そもそも、私が大金を持ってたって使えないなら無一文と同じだよ。イーリンが使ってくれるから価値があるの。私じゃ価値にできない」


 鈴はイーリンの熱い思いに負けることなく、圧倒されずに自分の思いを淡々と述べた。

 そんな鈴の冷静な物言いに、イーリンは落ち着きを取り戻したようだ。


「鈴様……なんか、妙に大人になりましたね」

「えっ?」

「あまり子供っぽくありません」

「そうかな?」

「子供なら天狗になって踏ん反り返るものです」

「そうなの?」

「違いますか?」

「どうなのかな。そうなのかな」

「あぁ、いつまでも子供だと思っていたのに、母は嬉しいよ。およよよよよ」


 イーリンは背中を丸め、何処から取り出したのかハンカチで目頭を押さえている。


「誰が母ですかっ。変な泣き方しないでっ」

「ではやはりここはお姉様ということで」


 今度はハンカチをサッとしまい、背筋を伸ばして凜とした。


「お、お姉様?!」

「なぁに、鈴様?」

「う……」


 鈴はたじろいだが、一度大きく深呼吸をした。


「お姉様、わたくしが妹だと仰るなら、様付けはおかしいのではありませんこと?」


 鈴はイーリンと同様に凛として振るまい、お姉様に相応しい妹であろうとする。


「はうっ!」


 そんな振る舞いが、イーリンの心臓に突き刺さったようだ。


「イーリンお姉様?!」


 鈴は凛として振るまい、イーリンを姉として心配した。


「ぐはぁ! も、申し訳ございません。あたくしが悪うございました。がくっ」


 それが止めとなり、イーリンは瀕死の重傷を負って息も絶え絶えだ。


「お姉様! どうされたのでありますか!」


 鈴は凛として振るまい、重傷の姉の傷口に砂糖を塗り込んだ。


「いやぁ! お許しください。あたくしの生命力はもうゼロなのでございます。ばたり」


 辛うじて残っていたイーリンの生命力は、砂糖の摂り過ぎで目の前が暗転し、昏倒してしまった。


「ちょっと! 先に始めたのはイーリンでしょ!」


 鈴は凛が行方不明になったので、容赦なくイーリンの頬をビシバシと何度も叩いた。


「うう」


 すると、イーリンは奇跡的に息を吹き返した。


「もう二度と……やりません……これは」


 しかしイーリンは虫の息だ。


「〝これは〟ってなんですかっ。全部止めてくださいっ」

「それは……無理ぃ……」

「無理ってなんですかっ! 私の方が無理ですよっ」

「た……」

「〝た〟?」

「耐えて……ください」

「なんでよぉ」

「あたし達の……飯の……種……だから……です……ガクッ」

「そんなご飯の素、嫌ぁ!」


 鈴の絶叫を残して、イーリンは一足先に天に召された。

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