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大罪の娘  作者: 武部恵☆美
第9章 交代なんて許さない
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第118話

「っはははは。答えもしなかったヤツを、あたしが逃がすとでも思うの? 甘く見られたもんだねぇー。見せしめに一人殺るか」


 愉快に話していたイーリンは、最後にポツリと、しかし決して小声ではない呟きをした。


「なっ!」

「いやぁ!」

「死、死にたくない! 私には妻も子供も居るんだぁ!」


 阿鼻叫喚の声を上げる医師達。身体が動かない分、顔の必死さが上乗せされている。


「うわっははははは。冗談よ冗談。鈴タンにそんなところ見せらんないわよぉ。それにあたし、自慢じゃないけどまだ人を殺したこと、躊躇(ためら)ったことないのよぉっはははははは」


 〝殺すこと〟ではなく、〝殺したこと〟だという。


「く、狂ってやがる」

「あああああああ、何故このような者に関わってしまったんだ」

「看護婦なんて辞める! 絶対辞めるっ!」

「あら、あなた辞めるの?」


 どうやら辞めると言った看護婦が、イーリンの目に留まったようだ。


「ならあたしが第二の人生、送らせてあげましょうか? 仕事をしなくても済む素敵な生活へご招待(しょうたぁーい)! 働かなくてもぉー、飲み食いしなくてもぉー、遊ぶことも寝ることもなにもかししなくて済むぅー、とぉっても素敵なところよぉー」


 生きていれば誰もが必ずやっていることを、何一つしなくていい世界。つまり、生きていなければいいということ。


「ひぃぃっ。や、辞めません。だから、看護婦を続けさせてくださいっ!」


 看護婦はそれを理解したのだろう。


「えぇー。〝絶対〟辞めるんじゃなかったの?」


 イーリンは酷く驚いたように戯けてみせた。


「ごめんなさいっ。もう辞めるなんて絶対言いませんからっ」

「っはははは! 〝絶対〟だって。随分と安い絶対だなぁっはははは。あんたみたいなの、要らない」


 笑っていたかと思うと、スッと真顔になった。するとその看護婦は、窓際へスーッと移動した。


「な、なになになに?!」


 そして窓が音もなく開いた。その窓から看護婦が外に出ると、クルリと回って頭が下を向いた。


「やだっ、いやっ、た、助けてぇ!」


 看護婦は必死に訴えるが、叶うはずもない。


「安心して。絶対、死ぬなんてことないから」


 イーリンは看護婦を安心させるような言葉を、微笑みながら告げた。


「ぜ、絶対?」

「そ。あなたなら〝絶対〟の意味、知ってるでしょぉー。ふふっ」


 イーリンの口元が、更に緩んだ。


「ひっ、い、いやよ……やめて。お願い」

「あはっ、バイバイ」


 イーリンは半笑いになり、看護婦に手を振って別れを告げた。


「いやぁーっ!」


 看護婦は支えを無くし、頭から下へ自由落下していった。その光景は、子供が玩具の人形を逆さまにして落とすのとよく似ていた。違うのは、玩具の人形は叫ばないし、落としたくらいでは簡単に壊れない、ということくらいだ。


「あーっははは。さて、他に辞めたい人は居るかなぁーあ? ん? ん?」


 今の光景を見て辞めたいと言う者が居るはずもない。


「え、誰も居ないの?」


 イーリンがつまらなそうな顔で不満を漏らした。


「しょうがないなぁ。精神科医を待ってる間暇だしぃ、一人ずつ落としてみよっかぁー。ね?」


 イーリンは楽しい提案をしたとでも思っているのだろう。並べている医師達をグルリと見渡して、ニヤニヤと笑っている。


「ひぃ!」

「うわあ!」

「嫌だぁー」

「私は若いから、後回しにしてぇ」


 思い思いに命乞いをしていく医師達。こんなときに私がと名乗り出る人はまず居ないだろう。


「っはっはっはっは。なに言ってるの。生け贄ってのはうら若き乙女って相場が決まってるでしょーお」

「いやっ、いやぁー」


 イーリンは〝私は若いから〟と言った看護婦に目を付けたようだ。


「わ、私は乙女じゃないから、外れますよね?」

「へぇーそうなんだぁー。じゃあ経験せずに死ぬのは可哀想だからぁ、経験済の人からにしようか。ね」


 だというのに、わざわざ自ら興味を引きそうなことを言って墓穴を掘る看護婦がいた。イーリンの興味から逃れた若い看護婦は、小さくホッと安堵を漏らした。


「いやあー、なんで? なんで? この嘘つきっ!」

「今頃気づいたの? あっはははは! 馬鹿だねぇー。そんなこと言う暇があったら、遺言でも言った方が堅実ってもんよ」

「やだっ、いやっ、やめてっ! まだ死にたくないの! 助けて、パパぁ!」

「はぁ、どうしてこういうときって、みんな同じことばっか言うんだろ。つまんない。バイバァーイ」


 イーリンは心底つまらなさそうな顔をしながら別れを告げると、看護婦は窓の外に向かってゆっくりと移動を開始した。


「いやっ、いやあ!」


 病室に乙女ではない看護婦の声が響き渡った。

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