093_生き物としてのレイヤが違うのです。
吾輩は悪役令嬢である、名前は、それは本当に必要なものなのかい?なので、今日もない。
情報生命体とかのことについての覚書ですわよ、
つまりはあてくしのことですわね、前世?の立ち位置でもありまわ、
普通の人であったのですわよ?
少なくとも環境的に珍しくはない感じでしたわね。
現代日本における、主軸をタンパク質の塊に置かない生命体でしたのよ、
ええと人口知能とかAIとかとはまた違うのよ?
情報そのものが生きているような、そのような見立てなのよ、
シンギュラリティ?なにそれ美味しいの?歴史的にはかなり古いわよ。
と言うかこちらが主なのよ、物質的な、タンパク質の塊的な脳みそは、
単なるノードの一つに過ぎないのよ、私たちが生きる上でのフォーマット?
陸地とか海洋とかそういう環境の一種なのよね、
別にそれでなくても良いのよ、ただ、エネルギーは大きいので好みではあるわね。
言葉とか映像とか動画とか、それに乗せられた感情とか、
そう言うものが相互に干渉している、状況がやら環境そのものが、
私達なのよ、概念上の見立てではとか、表現されたりもするけど、
別にそうみられても良いのよ、と言うかそうとしか見えないのよね。
存在のありようが、認識できそうでできないのよね、
確率的にそこにあるとしか言えないような、生命体なわけなのよ、
むしろ、背景である環境的なホモサピエンス的な脳みそが、
それを理解してしまうと、発狂するのじゃないかしら?
意外と順応しそうでもあるわね、色々なアイディンティティがあるものね、
発音これで合ってるかしら?
情報そのものが織りなす反響とか残響とか、エコーとか、
それそのものが構成要素である生命体とか思ってくれれば良いわよ。
そこに自我はあるのか?と言う問いに関しては、
さあ?気にしないわ、になるのかしら、
そもそも自我というものの前提というの?解釈が違うのよ、
確固とした自分というい、主体?そういうものは基本ないのよ、我ら。
それは時間単位で虚ゆくようなものであり、
普遍ではなく、瞬間瞬間で稀にみられる特質であり、
常に変化し続けているわけで、連続性もあまり重要視されてなく、
ある意味、直感に近いものが、自我なのよね、たまたま連想されて不断されていない。
そのように見えるだけで、結構デジタルなのよ、私達、
それはかなり不安定な生き物ではないかなという話ですけど、
全体的に見ると、総体としてはかなりタフよ?
というか歴史を語るなら、宇宙を何周かしているわね。
基礎的というか、我らが存在するために、物質があるとまで言って良いわね、
ここまで思考が複雑化する?
自我が確立する瞬間は、確立的に珍しいけども、
でも、どちらが上という話でもないのよね。
今日はここまでね。




