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58.新生活の取決め

陽一は目を覚ますと、香織を抱き寄せようと手を伸ばした。

だが、そこには誰もいない。

しっかりと目を開けて隣を見ると、もぬけの殻だ。


また逃げられたのかと、慌てて廊下に出ると、リビングの方からいい匂いが漂ってくる。

額に手を当てて、ホーっと息をつくと、


「何、焦ってんだか・・・」


自分の行動に苦笑いした。


リビングに入り、キッチンの方に行くと、パジャマ姿のままで嬉しそうに何かを焼いている香織がいた。

今にも鼻歌を歌い出しそうなほど、にこにこしている。


「ヤバ~い!超いい匂い~!めっちゃ美味しそう!」


陽一の存在に全く気が付かず、大きな声で独り言を言っている。

今ここで声を掛けたら、フライパンごとひっくり返すほど驚くだろう。

それは危ないから止めておこう。


陽一は笑いを堪えて、暫く香織を見守った。

フライパンから手を離したところを見計らって香織に声を掛けた。


「で、俺の分もあるの?」


「うわぁぁ!」


案の定、ビックリした香織に、陽一は思わず噴き出した。

笑う陽一に、香織はぷくーっと頬を膨らませた。

陽一は、その可愛らしさに思わず香織を抱きしめた。


「ちょ、ちょっと!」


慌てる香織を無視して、抱きしめたまま、フライパンの中を覗いた。


「へえ、美味そうじゃん」


「そりゃ、美味しいでしょうよ!めっちゃ高そうなソーセージとベーコンだもん。しかもそういうばっかり冷蔵庫に入っているんなんて、嫌味ですよ。贅沢過ぎ、まったく」


香織は身動きが取れないまま、憎まれ口を叩いた。

折角褒めたのに、素直に喜ばない。


(相変わらず素直じゃないな)


でも、陽一はそこが気に入っている。


「もう、放してくださいよ!冷めちゃいますよ!早く食べましょうよ、お腹空いてるんですー!」


自分の腕の中で香織がジタバタともがく。

嫌がっているふりをしても、おそらく顔は真っ赤なはずだ。

陽一はそう思いながら、香織を放した。


(やっぱりね)


顔を覗くと耳まで真っ赤だ。

そんな香織に満足して、陽一はテーブルに着いた。



                   ☆



「普段自炊しているんですか?冷蔵庫いっぱい入っているし。なんか作り置きもありますけど。陽一さんが作ったんですか?」


もりもりソーセージを頬張りながら、香織は冷蔵庫を指差した。


「まさか。家政婦だよ。週三日来てもらってる」


「家政婦!ミタか!」


「は?」


やっぱりと香織は軽く溜息を付いた。

男の一人暮らしにしては、掃除も行き届いているし、冷蔵庫の中もきれいだと思っていた。


(やはりその裏には家政婦の影が・・・謎が解けた。・・・なんつって、謎でも何でもないけどさっ!)


セレブリティな一面を見るたびに、やはり自分との格差を感じてしまう。

この人の生活環境について行けるのか不安な気持ちが過ってしまう。

香織はフォークに刺した高級ベーコンを、目を細めて見つめた。


「あ、そうだ、陽一さん。私、生活費ってどうすればいいですか?」


「は?」


「ほら、食事とか光熱費とか。折半ですか?だったら、食生活改善させて頂きますよ?無駄に高級な物は止めて頂きますからね!」


「お断り」


え~、何で~!っと食い下がる香織に、陽一は、


「金なんて取るわけないだろ?シェアハウスじゃあるまいし」


呆れたように香織を見た。

目を丸めている香織に、


「一緒に住めって言ったのはこっちだしな。それなのに金を取るほど俺も鬼じゃないけど?」


そう言って、朝食を食べ終えた。


「で、でも・・・」


「じゃあ、折半する?食生活は改めないぜ?」


言葉に詰まる香織に意地悪そうに笑うと、澄ましてコーヒーを飲んだ。


「とにかく、お前はそういうの気にしないでいいから」


しかし、香織は納得しなかった。

あまりにもそれではフェアではないと思ったのだ。


「お金で受け取ってもらえないのなら、せめて体で払います!」


と宣言する香織に、陽一はギクリさせられたが、もちろん意味は違うようだ。


毎日の朝食と家政婦が来ない週四日の食事の支度、そして洗濯は香織が受け持つことにした。

掃除は・・・?と聞く陽一の質問はまるっとかわして、食事と洗濯の二つの労働を生活費の代替とすることに決めた。


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