41.お持ち帰り
重い足を引きずって、やっと自分のアパートに帰ってくると、香織は目を擦った。
(デ、デジャブ・・・?)
香織の家の玄関の前には陽一が立っていた。
以前と同じように腕を組んで、腹立たしそうに玄関にもたれかかっている。
陽一は香織に気が付くと、玄関から背中を離した。
香織は思わず、後ずさりした。
陽一は無言で香織に近づき、手首を掴むと、足早に歩き始めた。
「ちょ、ちょっと!どこに行くんですか!」
香織が慌てて質問するも、陽一は答えない。
手を振りほどこうにも、力強く掴まれてビクともしない。
陽一に引きずられて行った先には、一台のタクシーが止まっていた。
香織はそのタクシーに押し込められると、陽一も一緒に乗り込んだ。
(これも、デジャブ!)
「ちょっと、陽一さん!また拉致ですか!」
あまりのことに香織は陽一に抗議したが、陽一は腕を組んだまま黙っている。
こちらを見ようともしない。
(う・・・。む、無視?)
陽一から溢れ出ている怒りのオーラに、今更ながら気が付いて、言葉が引っ込んだ。
(ど、どうしよう・・・)
香織はちょこんと座り直し、チラッと陽一を盗み見た。
陽一は腕を組んだまま、目を閉じている。
「え?寝てる・・・?」
香織は陽一を覗き込んだ。
すると、陽一は目を開けてギロッと香織を睨みつけた。
「ひっ!ご、ごめんなさい!」
香織は思わず謝った。
「何に対しての謝罪だ?」
陽一の低い声に、香織は青くなった。
何に対しての謝罪・・・?
「そ、それは・・・、その・・・」
「話は後だ。今は黙ってろ」
陽一の剣幕に圧倒されて、香織は言う通りに口を閉じた。
(でも、どこに向かってるの・・・?)
行先だけでも聞きたいと陽一を見るも、腕を組んで窓の外を睨んでいる姿に、とても尋ねる勇気は出てこない。
沈黙の中、車内の空気はどんどん重くなる。
香織はこの沈黙の重圧に耐え続けた。
だが、もう限界!と思った時、丁度タクシーは停車した。
☆
連れて来られたのは陽一のマンションだった。
タワーマンションの高層階。
窓の外には都内の夜景が広がる。
何畳あるんですか!と叫びたいくらい広い居間のソファに、香織はちんまりと座っていた。
(これは一体どういう状況?)
香織がビクビクしながら俯いて座っていると、目の前のテーブルに、ドンっと乱暴にコーヒーの入ったマグカップが置かれた。
「ひっ!」
香織は驚いて飛び上がった。
顔を上げると、向かいのソファにドカッと腰を下ろして足を組んでいる陽一の姿があった。
陽一は一口コーヒーを飲むと、
「で?」
と言い、カップをテーブルに置いた。
「俺に何か言うことがあるんじゃないのか?さっきの謝罪の意味も含めて」
そう言うと、腕を組んで香織を睨みつけた。
「う・・・」
香織は言葉に詰まった。
と言うか、怖くて言葉が出てこない。
蛇に睨まれた蛙とはまさにこの事?
「わざわざ言い訳する機会を与えてるんだ。有効に使えよ」
何?この、この上ないほどの上から目線は!
香織もカチンとくるが、自分の後ろめたさの方が大きくて強く出られない。
「えっと・・・。さっきの謝罪は、突然顔を覗き込んでしまって、その、失礼だったなと思って・・・」
「・・・」
「それ以外は・・・特に・・・」
香織は俯いたまま、モゴモゴ口にした。
「まさか、話すことは無いとか言うつもりじゃないだろうな?」
「う・・・」
図星を突かれ、またまた言葉に詰まる。
もう、どうすればいい?
陽一は盛大に溜息を付くと、立ち上がった。
「俺が腹を立てている理由ぐらい分かってんだろ?」
そう言うと香織の傍までやってきて、上から見下ろした。
「映画もあり得ないが、今日も今日だ。人前でイチャつきやがって」
「はあ?」
香織は思わず顔を上げた。
何のこと?と反論しようとしたが、思い当たる節があり、慌てて顔を背けた。
そうだ、咳き込んだ時のことを言っているんだ。
やっぱり見られてたんだ・・・・
「へえ、自覚あるの?」
陽一は意地悪く笑うと、香織の隣に座った。
「ちょ、ちょっと!」
香織は慌てて離れようとしたが、陽一に押さえつけられた。
「イチャついてなんていませんよ!咳き込んだから背中を摩ってくれただけです!」
「それがイチャついてるって言ってるんだよ」
陽一はそのまま香織をソファに押し倒した。
「それだけじゃない。二人で席を外してただろ?どこで何をしてたんだよ?」
それこそ何にもない!
廊下で少し話しただけだ!
「あれは、私がトイレに長くいたから、心配して迎えにきてくれただけですよ!」
「へえ、お優しいことで」
「だから、優しいんですよ、加藤君は!誰にでも優しいんです!」
香織は必死に陽一から逃れようとするが、しっかり肩を押さえられ身動きが取れない。
陽一を睨みつけるも、陽一も香織を睨み返してくる。
「お前さ、本気であいつが誰にでも平等に優しいと思ってるのか?他の奴がトイレに籠ってても迎えに行ったと思うのかよ」
「・・・」
香織は否定できなかった。
多分、自分だから迎えに来てくれたんだ。
そう思うと、途端に罪悪感に駆られて、陽一から目を逸らした。
次の瞬間、陽一の唇が降ってきた。




