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37.嘘が下手な女

金曜日の昼。

香織は仕事の切りが悪く、お昼休み中に昼食が取れなかった。

今日は残業ができないというプレッシャーが香織を襲っていた。


13時を過ぎた頃、ノロノロと一人で昼食を取りに外に出かけた。


「お腹空いた・・・」


会社のビルを出たところで、空を見上げて、独り言を言った時、


「お前、今から昼か?」


ぬっと、真上から陽一が顔を覗き込んできた。


「うわぁぁ!」


「・・・だから、いつも何なんだよ、その悲鳴は」


「そ、そっちが驚かしているんでしょうが!」


香織はその場から飛び退いて、バクバクする心臓を押さえた。

驚いただけではない。

端正な陽一の顔が近くに来るだけで心臓が早くなる。

それに加えて、今日の夜の件でも、後ろめたさから心臓がドキドキする。


色々な意味で胸が痛くて、香織は顔を背けた。

陽一は呆れるようにフッと笑うと、香織の手を取った。


「ちょ、ちょっと!」


「なんだよ?昼飯に行くんだろ?俺も丁度これから」


「うそ!」


「まあね」


陽一はいつもの余裕の笑みを浮かべると、スタスタと歩き出した。


〔会社の近くで手を繋ぐの止めてください!〕


香織は小声で訴えるも、陽一はいつもの意地悪な笑みを返してくるだけだ。


(う~~~)


香織は真っ赤になって俯いた。

本当にこの笑みに弱い・・・。情けなくなるほど・・・。

結局逆らえなくなる・・・。


気付いたら、自分も陽一の手をしっかり握りしめて歩いていた。



                 ☆



陽一は、何だかんだ文句言いながらも、自分の手をしっかり握っている香織に満足しながら歩いていた。

言葉とは裏腹に、香織の態度は明らかに自分に好意を持っていることを示している。

なのに、なかなか落ちたことを認めない。


その要因は綾子だろう。


自分たち二人の間を引き裂こうとしているのは、まぎれもなく綾子だ。

それなのに香織は、その綾子に絶対的な信頼を寄せているようだ。


(まったく、どんな相関図だよ・・・)


まあ、それだけ自分と付き合うことに不安を感じているのだろう。

どうすれは香織からその不安を払拭できるのか?


陽一はチラッと香織を見た。

香織は俯きながら付いてくる。

繋いでいる右手には自分が贈ったブレスレットが揺れている。


陽一は普通に繋いていた手をそっと動かし、指を絡めた。

急に恋人繋ぎに変わり、香織は驚いて顔を上げた。

その顔は真っ赤だ。


可愛らしいその顔は、自分に見つめられていることに気付いて、慌ててプイっと逸らす。


(あーあ、無理しちゃって)


陽一はクスっと笑うと、握っている手に力を込めた。



                  ☆



香織の空腹がおさまった頃合いを見計らったように、陽一が口を開いた。


「まだ残業するほど忙しいのか?」


「ええ、お陰様で。どなたのせいか知りませんが」


香織の嫌味をまるっと聞き流すと、


「でも今日は週末だろ。久々に夜は飯に付き合えよ。仕事終わるまで待ってるから」


お茶を飲みながら、サラッと夕食に誘った。


「え゛・・・」


「・・・なんだよ?」


「えっと・・・。その、今日はその先約が・・・」


香織は背中に嫌な汗が流れた。

後ろめたさから、口ごもるし、目も泳ぐ。


「先約?」


香織の動揺に、陽一は眉を動かした。


「その・・・。えっと、友達!友達と映画行く約束したんです!」


「映画?友達と?」


「そう、そう!久々に。映画!」


ハハハと渇いた笑いをする香織に、陽一はますます顔をしかめた。


「へえ、友達?」


「な、なんですか。私だって友達くらいいますよ!」


「まあ、いるだろうな・・・」


陽一は湯呑をテーブルに置くと、意味深な笑いを向けた。


「そういえば、今どんな映画やってるんだっけ?何見に行くんだ?」


「う・・・、それは・・・。何だろう・・・?」


「なんだよ、決めてないのか?」


「それは・・・。一緒に行く人が決めてるから・・・」


「へえ、お前、何でもいいの?」


陽一は意地悪く口角を上げて、どんどん質問してくる。

これと言って変な質問でもなく、普通の事を聞いてくるだけなのに、香織はどんどん焦ってしまう。


「私、結構どんなジャンルでもいけるんで!邦画でも洋画でも、コメディーからホラーまで。幅広いんです。だから何でも大丈夫!」


香織は焦りを悟られないように、強気に答えた。

そうだ、別に見るものを先に決めていなくても、何ら変なことではないじゃないか。

焦るな!落ち着け!


「ふーん」


陽一は可笑しそうに、テーブルに肘をつくと、頬杖を突きながら香織を見た。


「オカルトでもスプラッターでも?」


「う゛・・・」


流石にスプラッター系、グロ系は・・・。

って言うか、実はホラー・オカルトも見ない・・・。


「オカルト系を舐めちゃだめですよ!意外とちゃんとストーリーになっているんですから」


言ってしまった手前、後に引けず、知ったかぶりをして、プイっと顔を逸らした。


「ふーん、良い事聞いた」


(え?まずい事言った?)


ニヤリと笑った陽一の笑顔に、タラリと汗が流れる。

それを誤魔化すように、香織は食後のお茶を一気に飲み干した。



                  ☆



飲食店から出ると、陽一は香織に向かって、


「じゃな。俺は他に寄るところがあるから」


そう言うと、会社とは反対方向に歩いて行った。


「ご馳走様でした・・・」


香織はその背中に向かってお礼を言った。

どこか胸の奥がモヤモヤする。

自分が付いた嘘に対しての後ろめたさと、陽一がさっさと自分に背中を向けたことの寂しさとが入り混じって、胸の中でモヤモヤが渦を巻く。


香織は溜息を付き、頭を軽く振ると、急いで会社に戻って行った。


陽一は、暫く歩いてから香織の方に振り向いた。


「つくづく嘘が付けない女だな・・・」


会社に向かって小走りしている香織を目で追いながら、そう呟いた。


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