35.祖父の思惑
重厚感漂うクラシックな居間のソファに、綾子は座ってある人物を待っていた。
(相変わらず息苦しい居間だこと・・・)
綾子は無駄に装飾品が多いこの部屋を一瞥した。
中国風の大きな壺や大皿が、品も無く所狭しと並んでいる。
そして、壁にはその東洋の陶磁器や、アンティーク家具には似つかわしくない近代的な絵画が幾つも飾られ、どうにも不釣り合いだ。
そして何より綾子が気に入らないのは、絵画が並ぶ壁の一角に、鹿の首のはく製が飾られていることだ。
しかも出来の悪いはく製で、口元や目元が引きつっている。
(ホントに悪趣味・・・)
綾子が眉間に手を当ててため息を付いたとき、部屋のドアが開いて、一人の老人が入って来た。
綾子はスッと立ち上がって、お辞儀をした。
「お邪魔しております。お義父様。お体の具合は如何ですか?」
入って来た老人は舅の正則だった。
「ああ、具合は良い」
そう言いながら正則は、手で綾子に座るように合図した。
老人と綾子がソファに腰掛けたのを見計らって、家政婦がテーブルにコーヒーを置いた。
この家政婦はこの家に長く勤める女で、綾子の好みをよく知っている。
ミルクしか入れない綾子の手を煩わせる前に、綾子の前でブラックコーヒーに適量のミルクを注いだ。
「ありがとう」
礼を言う綾子に、にっこり微笑むと、家政婦は老人に頭を下げて部屋を出て行った。
正則はコーヒーを一口飲むと、おもむろに口を開いた。
「綾子は、陽一に交際中の女性がいたことを知っていたのか?」
何の前置きもなく、いきなり直球を投げ込んできた老人に対し、綾子はしれっと、
「いいえ、存じませんでしたわ」
と答えると、コーヒーを口にした。
「まったく、会場では佐々木さんの前でとんだ恥を掻いたもんだ」
「まあ、佐々木さんの前で?」
「ああ、お嬢さんを紹介するところだったのに、目の前でイチャつきおって」
「・・・」
正則はもう一口コーヒーを飲むと、軽く綾子を睨んだ。
「まったく、どういう教育を受けたんだか・・・」
「私の不徳の致すところでございますわ」
綾子は何の躊躇いもなく、正則に頭を下げた。
今回に至っては、綾子自身もかなり陽一に腹が立っている。
綾子は老人の怒りを素直に受け止めた。
「・・・あいつがずっと見合い相手を断り続けているのは、交際相手がいたからなのか?付き合いが長いのか?」
「・・・さあ?何せ、私も存じませんでしたから」
「ああ、そうだったな・・・」
正則は忌々しそうに呟いた。
「言っておくが、隼人の方は無事にまとまりそうだぞ」
「!」
綾子の眉がピクッと動いた。
隼人とは陽一の従弟、綾子の亡き夫の弟—――佐田商事の現社長の正和—――の息子だ。
「隼人もなかなか良くやっている。仕事ぶりを見ていても陽一とは何ら引けを取らん」
正則は腕を組んで綾子を見据えた。
「前社長の息子、現社長の息子、どちらも次期社長の候補だが、どちらも同じ程度の能力だとしたら、なかなか決め難い」
「・・・」
「後ろ盾が強いに越したことがないと、陽一によく言っておけ。まあ、そのことは、お前が一番分かっているだろうが?」
「・・・」
「まったく、正幸も苦労したもんだ。なんの力も持たない家の娘を貰って・・・。寿命が縮んだのも、そのせいで苦労し過ぎたからだろう・・・」
「・・・」
綾子は目を閉じて、やり過ごした。
いつもの事だ。いつも最後には必ずこの話に辿り着く。
―――お前のせいで息子は苦労した―――
必ずこの老人は、話の最後にそう締めくくる。
こうやって最後に綾子を責めることが口癖になっているかのようだ。
(否定はしない。本当にそうだったから)
「陽一にはきつく言って聞かせます」
綾子が頭を下げると、正則は立ち上がった。
「話はそれだけだ。じゃ、ゆっくりしていってくれ。わしは相手にできんが」
正則はそう言うと、居間から出て行った。
綾子は出ていく正則を、立って見送った。
そして、軽くため息を付くと、ソファに座って、
「そうね、コーヒーくらいはゆっくり頂くわ」
そう独り言を言うと、足を組んでのんびりとコーヒーを味わった。




