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テル・ミー・ホワイ

作者: タラ市もんめ

これは夢を持たない男の物語である。

最近のSDGsとやらの影響を一切無視したようなゴミが散乱する住宅街を抜けると、晴れやかな日差しをいっぱいに受けられる、大きめなトラックが2台分通れる程の路地に着いた。上総はこの路地が好きだった。

 いつになったら“自分が世界に受け入れられる感覚”が得られるんだろう。そんな爺臭い思考をいま想像しているとは夢にも思わない顔をした主婦たちが俺の横を通り過ぎていった。


 大学の期末試験があと1週間後に迫っていた。

「現代社会学と英論紙が明日?。」

 ふと見上げると、いかにもランニングしてきたであろう額に浮かぶ大粒の汗をぬぐう、親友の芳賀が目の前にいた。

 「ああ。芳賀はどうなんだよ。」

 「現文と理化学とドイツ語しかないわ。」

芳賀とは幼稚園の頃から近所で仲が良かった。真面目一辺倒で通ってきた自分とは違い、ゴルフに精を出し、学業はおろそかにするタイプであった。しかし、一緒にいるとなんだか心地よい雰囲気を醸し出す奴であった。

「ちょうどいいから、京道の喫茶に行くか?」

と尋ねると、二つ返事で快諾した。

 京道という長い坂に立ち並ぶ喫茶店のうち、一番入口近くの店に入るや否や、聞いてきた。

 「まだ理沙ちゃんと進展してないのかよ。」

 「ふっ(笑)。うるせえよ。」

芳賀は昔から分かりやすくモテるようなタイプではないが、1回生のときに彼女を作った。21歳を過ぎて未だ彼女ができたことがない自分に対する一言に、カッとする感情と、動揺に対しての自分の一言に面白さを感じていた。

 「今度、ゴルフ会に行くんだ。」

 「へえ。また女友達たちと公開デートかよ。」

何となく相槌を打っていたが、実は今週末のバドミントン大会のことで頭がいっぱいであった。大学入学時よりライバル(一方的)関係の宇佐美君とマッチアップすることが、先週の木曜日にわかっている。

 「じゃあまた」

 早々に芳賀との再開を切り上げ、いつもの練習場である体育館に向かう。

 理沙さんはいつもの位置にいた。

 声をかけずに2時間ほど一人で練習をした。昨年、なんとか都大会に出場できたものの結果は2回戦で宇佐美君に惨敗。その大会で宇佐美君は3位決定戦で勝利を収め、新人賞を獲得していた。

 あらゆるコースに来ても打ち返せるようにしよう。そうイメージトレーニングしている所だった。

 「今日何時まで練習?」

あろうことか向こうから声をかけて来てくれた。

 「あと2時間かな。なんで?」

 「今日臨時コーチが来て、そっちのコートも使うかもしれなくて。」

 業務連絡的な質問であったことに一時落胆した。続けて理沙ちゃんは、

 「汗すごい掻いているね。 試合、頑張ってね。」

 「おお。」

またいつもの癖で変な回答になってしまった。しかし去っていく表情に、少し勝機を感じていた。

 

5日後。


 試合当日を迎え、順調に勝ち進んでいた。上総は準々決勝の相手が決まるトーナメント表ボード前にいた。宇佐美君とは、決勝か準決勝で当たると思っていたので、割と落ち着いて掲示板を眺めていた。

 「え。」

 真っ白なそのボードにあった自分の名前は、「宇佐美 真」という文字とつながれていた。この結果を知った数秒後、5・6歩離れた先に宇佐美君を見つけた。1回戦の相手を知ったときと全く同じであろう表情をしたまま、どこかへ行ってしまった。全く意に介さないというわけか。

 試合開始のベルが鳴った。必死で食らいつこう、と決めていたため、相手のショートサービスをすべて拾うことができ、追いついているという実感があった。

 試合に集中しているので、応援席はおろか審判さえも、もはや眼中にはなかった。しかし、第1ゲームのインターバルのとき、応援席から、緊張しつつも柔和な表情を浮かべこちらを見つめる理沙ちゃんの姿が見えた。

 実は理沙ちゃんは今春から自宅の近所に引っ越し、休日も顔を合わせるという、自分にとては願ったり叶ったりの状況であった。ともに大学に行くこともあった。しかし最近、挨拶をしてもそそくさと返されるようになったことが疑問であり気がかりであった。

 食らいついた会あって、なんと21丨19でこのゲームを制した。嬉しさより疲労感が勝っていた。

 続く第2ゲームに入ったあたりから、徐々に右足を中心に下半身に強い疲労を感じるようになった。腕も疲れてきた。またオーバーネットだ。俺はいつもこうだ。自分のしたいことや壁にぶつかると、すぐに疲れ果て、負けてしまう。宇佐美君は全く体幹がぶれていない。やはり宇佐美君はすごいや。意識も半ば薄れかけていた第2ゲームの最後、ボディーアタックを打たれ、このゲームを落とした。

 第3ゲームに突入した。ゲームは中盤まで9丨15と、相手ペースだった。脳内では今まで理沙ちゃんにお世話になったことを思い返していた。授業ノート、部活前のドリンク買い出し、等々。理沙ちゃんは今までいろいろ自分にやってくれたのに、またこうやってボールを落とす情けない自分を見せてしまうのか。汗だくの格好のまま、インターバルを取った。その瞬間

「大丈夫!」

理沙ちゃんの声だった。

休憩が終わる直前、メンタルは完全に変わっていた。この試合が終わったら告白しよう、と。スマッシュを連続で打ち、19丨18と逆転。完全にギアが変わったことを悟った宇佐美も負けじと素早いラリーの応酬。それからのことはあまり記憶に残っていない。


結果は19丨21で負けた。

「ありがとうございました!」

もちろん悔しい。だがそれ以上にやり切ったという念の方が格段に大きかった。試合が終わった自分は真っ先に観客席へ行き、ペンギンが描かれた白いTシャツを羽織る女性の元に駆け寄り、こう言った。

「よかったら付き合ってくれませんか?」

若干の間が恐ろしいほど長く思えた。


「はい。よろしくお願いします。」

 俺の人生はそこから始まった。

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