表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異世界ヤキトリ

作者: 泰山

 唐突だがどうやら俺は異世界転移してしまったらしい。

 渋谷の交差点でトラックに跳ねられる直前に意識を失って。

 鬱蒼とした森の中で目を覚ましたのがおそらく半日前のこと。


 それからずっと木々をかき分け、時に拾った剣で魔獣と戦いつつ――。

 ただ、ひたすらに森の出口にたどり着くことを祈りながら歩き続けていたのだ。


 もちろん食べられる野草や木の実の知識なんてない。

 モンスターを解体して肉を捌くような技能も無い。

 そんなわけで森の外に。

 そして近くの街にたどり着くころにはもうすっかり衰弱しきっていた。


(早く、早くハラに何か入れないと……!)


 そう思いながらメシ屋を求めて石造りの建物が左右に並ぶ大通りを歩く。

 幸い金なら問題ない。

 モンスターを倒した時に何枚かコインを拾っている。

 ただ、決して潤沢というわけじゃない。

 これからもこの危険な世界で生きていくのだ。

 きちんとした装備も整えておきたい。


(あんまりムダ遣いするわけにはいかないんだよな)


 現地の食文化を楽しんでみたいという気もないわけではないが……。

 異世界最初の食事はなるべく安く、そして口に合うものを選びたいところ。

 まずかったからといって選び直すわけにもいかない、慎重に行こう。

 そう考えながら街の中をうろうろと徘徊すること数十分――。


(ん、何だ。このおいしそうな香り)


 この香り……日本に居る頃、嗅いだことがある。

 鳥肉を炭火で焼く香ばしい匂いだ!

 匂いの源のほうにフラフラと吸い寄せられるように歩いていく。

 そこにあったのは小さなお店。

 焼き網の前で汗を流している店主にビキニアーマー姿の若い女が声をかけている。


「おっちゃん、串焼き三本ちょうだいっ!」

「あいよっ」


 ああ、間違いない。

 この店はさしずめ異世界の焼き鳥屋といったところだろうか?

 塩を振った鳥肉らしきものが串刺しになって焼かれている。

 タレ味がないのは残念だが、少なくともこれなら大ハズレということはあるまい。

 そして客層を見ても……貴族のような身なりをした者は居ない。

 よし、それほど高い店じゃないな、安心だ。


(ここで人生初の異世界メシを頂くことにしよう!)


 店内に入り席に着く。


「とりあえず三本ください!」

「はいよー」


 店主のおっちゃんから差し出された串を受け取る。

 まずは一口。

「うん、うまいっ!!」


 肉自体は少々硬いが、噛めば噛むほど口の中に溢れ出る肉汁……たまらない!

 異世界感ゼロだが今はいい、これでいい。

 日本の御馴染みの味がこっちでも楽しめると分かっただけで大儲けだ。

 周りに目もくれず、ただひたすら食事に専念!

 串焼きたちを腹の中に収めてゆく。


 手持ちのコインで十分支払えることがわかったので追加でもう何本か頼んでみる。

 といっても鳥肉だけじゃいいかげん飽きてしまう。

 豚肉、それにちょっと冒険してイヌ肉の串焼きも頼んでみる。


(まあ、地球でも食べてる国があるぐらいだしな)


 結果――。

「うますぎる!」


 豚肉の慣れ親しんだ味わいにほっと安堵の息をつく。

 そして特筆すべきは……恐る恐る口に運んだイヌ肉の思ったより柔らかい食感!

 あっさりと甘い脂が炭火の風味と絡んで舌の上でとろけてゆく。

 ちょっとクセの強い風味が気になるけど十分耐えられる範囲。

 ああ、これなら何本でもいけそうだ!


(異世界に来て初めて食べる料理がコレとは……なんとも幸先がいいじゃないか!)


 それにしても不思議な店だ。

 この店では肉ごとに違った木の串を使っているらしい。

 確かに微妙に風味とか違って新鮮だったけど、そんなところにまでこだわるんだな。

 異世界焼き鳥……うむ、侮れない。


 ともあれ――。

 地球で言う黒ビールに似た風味のエールを飲み干す頃にはもうすっかり上機嫌になっていた。

 さあ、明日から異世界ライフ頑張るぞ!

 だが、この時俺は気づいていなかったのだ。

 たとえ住民や食べ物の見た目がよく似ていても異世界は異世界。

 地球とは全然違う場所だということに。

 それに気づいたのは支払いのためにもう一度店主に話しかけた時だった。


「ごちそうさま! おいしかったです!」

「お。おう!? それなら良かったんだが……」


 俺の言葉を聞いて何故か戸惑う店主。

 その様子に疑問を感じつつも懐からコインを取り出す。


「なあ、坊主、おいしかったんだったら残さないでほしかったんだけどな……」

「え?」

「てっきりイヤミを言われてると思っちまったよ、ハハハ……」


 思わず首を傾げる。

 何を言っているのだろう。

 ちゃんと全部食べたはずなのに。

 そう思いながら、店主の言葉に合わせて冷たい視線を向けてきた他の客たち。

 そちらのほうに目を向けてみる。


(――っ!!?)


 次の瞬間、俺は驚愕した。驚愕せずにはいられなかった。

 何故なら――。


 彼らが皆、フォークを使って串焼きから肉を取り外し、残った木の串を旨そうにボリボリとかじっていたからだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] そっち食うのかよ、と思わずツッコんでしまいましたね [気になる点] このあとどうなったんでしょうね、主人公。 この世界に適応できたのかな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ