悪人を倒した後の日常
「くそがあぁぁぁぁぁあっ!」
目の前の男はそう叫ぶと、俺の突き刺した龍宝剣の放つ光に呑まれていった。
まったく、最後の最後までみっともないやつだった。
念の為に構えていた紅月の杖を下ろす。
「マナト様!」
男の死を確認した少女、リズが俺の方へと駆け寄ってくる。
「マナト様……マナト様!さすがです!」
「こんなやつに俺が負けるとでも?冗談きついぜ。」
「はわぁ……!」
キラキラと目を輝かせるリズ。俺はついホッコリして頭をなでてやる。リズは心地よさそうに目を閉じ、「くふふ」と声を漏らした。
「腹減ったし、帰るか。」
「はい!」
男に呼び出された龍の巣を後に、俺たちは俺たちの家へと帰った。
やれやれ、暇つぶしにもならなかった。
田代 真斗。26歳無職童貞。それが俺の前世の姿だった。
あの頃は日々ラノベを読み漁っては家族に叱られ、怒鳴り返す日々。しかし俺はそんな地獄から唐突に抜け出せた。
──自宅の階段からの転落死。これが俺の前世の死因だ。
だかそんな俺は、女神に魂を救われてこの世界へと誘われる。なんでもこの世界には勇者が必要なんだとか。
そんでまぁそこからはあっという間だ。
戦うとか嫌だから森の小屋に住んで、いつの間にか貰ってた転生チート【経験値取得率上昇(極)】【言語理解(極)】【無詠唱魔術(極)】とかを使って森の魔物を倒し、居住域を安全にしていく。そして街への買い出しに行ったときに奴隷市にて売られていた、亜人奴隷のリズを購入し助けてやった。
そこからやけに絡んでくる色んな連中に振り回されて、気づいたら魔王に手を貸した人類の裏切り者、ナイトウ サトキを倒すまでに至る。
今や俺を知る人は俺の事を『烈杖の勇者』と呼んでいるそうだ。烈杖ってのは俺の武器にちなんでいるんだろうが、なんで俺が勇者だってことを知ってるんだろうか?……いや、単にそう持て囃しているだけか。
「マナト様、お食事の準備ができました。」
「ん、そうか。」
とはいえ俺は現状この生活に不満なわけではない。
騒がしいことこの上ない奴らが俺の周りをチョロチョロはしているものの、まぁ幸せってのはこういうものなんだろうなっていうのは感じている。
前世の俺では、掴めなかった物だ。
「今日のご飯はマナト様の好物のオムライスです。」
「別に、そこまででもないんだけど?」
「いえ!私はちゃんと覚えておりますゆえ。マサト様の好物はオムライスと……あとスシ、とやらですね。」
「言ったか?そんなこと。」
「マサト様のことに関して、記憶違いなど有り得ません!」
リズはふふん、と胸を叩いた。あどけない顔立ちに似つかわしくない豊満な胸を。
もっとお淑やかにしていれば、貰い手も出来て幸せになれるだろうに……何故か俺以外の男には懐かないのが不思議だ。
「はいはい、そんじゃいただくよ。」
「どうぞ!お召し上がりください!」
いつものように俺が黙々とオムライスを食べるのを、リズは嬉しそうに頬ずえをついて見守るのだった。
なんだというのだ……
晩飯も終え、入浴も済ました俺は寝室のベッドで眠りにつく。
明日も続く、騒がしく退屈しない日々に備えて今だけは、静かな夜にゆっくりと目を瞑っていたい。
「──マナト様。」
ドアが開き、おずおずとしながら入ってくるのはリズだ。
可愛らしいネグリジェを身にまとい、昼間よりかはトーンを落とした声で俺の名前を呼ぶ。
「毎週毎週、なんで俺の部屋で寝るんだよ。自分の部屋の方が広く使えていいだろうに。」
「いえ、ここがいいんです。ここで……マナト様と一緒が。」
「はぁ……?」
どういう意味かはよく分からないが、つまるところ1人が寂しいのだろう。
まぁリズは娘みたいなものだ。俺も嫌な思いをするわけじゃないし問題は無い。娘に慕われて嫌な気持ちになる父はいないだろう。
「まぁいいか。どうぞ。」
「ありがとうございます、マナト様。」
俺が1人寝れる分のスペースを開けようと端に寄り、そこにリズが潜り込んでくる。
リズは亜人、それも獣族の娘なので、それ特有の心地よい感触の毛並みをしている。そのモフモフによって、俺はすぐに眠りに落ちてしまった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
──薄らぼんやりした意識のまま、どこか別の場所にいる感覚に苛まれる。この感覚、覚えがある。というかかなりの頻度で体験している。
「やっと……だね。打倒魔王に一歩近づいた。」
「あんたか、メメリ。」
「女神相手に呼び捨てとはー。君の知り合いに怒られたりしないかなー。」
五聖女神のうち1人、黒の女神メメリ。生と死、混沌を司る女神で、俺を異世界へと連れてきた張本人である。
凄い偉いらしいが、正直あんまり実感が湧かない。
「はいはい、んで今日はなんの用?毎度毎度、夢の中で語りかけてきやがって。夜くらいゆっくりさせろっての。」
「はぁー……なんかキミ、初めの頃と変わったよねぇ。」
メメリはため息をついてボヤく。
「そうか?自分だとあんまり分かんないけど。」
「なんというか……テンプレだよねぇ……」
「テンプレ?」
メメリの言っていることの意味が分からず、頭の疑問符を消すことができない。
「今日呼び出したのはね、初めの頃のキミに戻すためなんだよ。」
「……初めの?」
どういう意味だ?初めからってことは、レベルとか経験値とか、覚えた魔法とかも消えるってことか?
「あー、安心して。そこは残るから。ちゃんと魔王を討伐してもらわないと困るし。消すのはそこじゃないくて……ここ。」
メメリは人差し指をこめかみに突き立てて2度ほど軽く叩いた。
「いやいや!頭ゴッソリいってんじゃん!殺す気か!?」
「ばっか!人格だよ!」
「人格?」
どういう意味か、全くもって心当たりがない。
確かに俺は褒められたような人格はしてないだろうが、一線は超えずにいるつもりだ……
「うーん、まぁ全部説明とか説得とかしてもグダグダするだけだし。勝手にやっとけばいいか。」
「いや適当すぎないか?俺に何かするんなら俺に許可をとってだなぁ……」
「とにかくね。君ちょっと最近調子乗ってキモいから、最初の頃よりも酷くなってるから。だから最初のマシな君に戻すわ。」
「は?おいちょっと待て。」
「神様パワー!」
「だからやめろっ……て……」
グラリと視界が揺れて意識が遠のいていく。
調子に乗ってる?俺が?俺はただ慎ましやかに過ごしていたかっただけじゃないか。俺の、まぁまぁ大切な人たちと……
しかしこの行動は何をされたか分からないとはいえ……明らかに敵対的だ。ここまでくるとなると、最悪メメリと敵対することも視野に入れなければならない。
敵対した後は……
「く……くそ……」
俺はメメリを意識が途切れるその瞬間まで睨んでいた。
俺にとって、そこには神聖な雰囲気を纏い、形のいい乳と滑らかなラインの尻を持つ、とてつもなく美しい女神がいただけだった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「んん……」
朝日が窓から差し込み、俺の目を開かせようとしてくる。
だが、俺は意地でも目を開かない。今日一日をなんて絶対に始めさせてなんかやらない。
「ナオト様、朝ご飯できましたよ……?」
「んん……?あぁ……リズ……?」
「はい、ナオト様のリズです。」
「はぁ……ナオト様の……」
リズのその言葉に、どこかむず痒い感覚を覚える。
なんというか……こう……全身が火照るというか、こそばゆいというか……
あれ?っていうか俺……
「……うえぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「キャッ!?」
俺は布団を頭から被った。今だけはこの姿を誰にも見られたくなかった。
「ナオト様!?ナオト様!!」
リズ……いや、リズさんが俺を呼ぶ声が聴こえる。
しかしそれでも俺がこの布団から出れる理由にはならない。
俺は、とてつもなく混乱していた。
「お、お医者様を呼んできますっ!」
そんな俺を見て、リズさんは近くの村まで走っていったのだった。
そして、俺は───
「なんで……なんで俺、あんな可愛い女の子と一緒の布団に寝てんだよぉぉぉっ!!」
まるで童貞みたいなことを口走って、バクバクとする心臓を必死に押さえつけるのだった。