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8 シルキー登場


 ビックリしてその先を見れば、エヴァンがティララの指先をマジマジと眺めていた。起きていたのだ。


「それは旨いのか?」


「ひ」


 ティララは突然のことに言葉を失う。エヴァンは真面目な顔をしていた。


「なんの味がする?」


 続けられた言葉に、ティララは慌てて頭を振った。


 昨日腹心の頭をふっとばしてたくらいだし、子供の指くらい食べるかも?


「おいしくない、おいしくないよ!」


 ティララが慌てて答える。

 そして、急激に息を吸ったせいでゴホゴホとき込んだ。


「どうした! ティララ、やはり、俺の魔力が……」


「ちがう、ちがう、パパ! ここ、ほこりっぽいの!」


「ほこりっぽい?」


 エヴァンはキョトンとした。

 魔王城は立派だが、魔族には衛生観念がない。

 そのため、そこかしこに埃がたまっているのだ。


「そうじ、いつしたの?」


 ティララが言うと、エヴァンはベッドから飛び降り叫んだ。

 そのせいで、埃が激しく舞い、ティララはゲホゲホと激しく咳き込んだ。


「ベレト! 掃除だ! 掃除をせよー!!」


 エヴァンの叫びを聞いて、ナイトキャップをかぶったベレトが部屋にやってきた。


 ティララは目を白黒させた。ベレトの頭は昨日取れたはずである。


「あ、あ、あ、あたま、だいじょぶ?」


 ティララがベレトに指を差すと、ベレトはにっこり笑った。


「心配はいりません。私の頭は取れやすいのです。それに、もう死んでいるので、頭が取れても死ぬことはないですよ」


 そう言って、自分の頭を軽く持ち上げ、ウインクした。


 ……だとしても、怖いよ……。


 ティララは眩暈めまいがした。


 顔面蒼白がんめんそうはくになるティララを横目に、ベレトは続ける。


「それで、朝からなにごとです? 私は日の光が苦手なんです」


「ティララの咳が止まらないのだ! 埃がいけないらしい! 掃除だ! 魔王城を掃除する!!」


「魔王城がどれだけ広いと思っているのです? それに魔族が掃除なんてできるわけありません」


「お前、人間出身だろ? お前がやれ」


「無理です、私は掃除が苦手なんです」


 言い合うふたりを横目にティララはベッドを下り、部屋のドアを開けた。

 廊下では魔族が興味津々に様子を窺っている。


「スラピ! スラピ!」


 ティララがちょいちょいと手招きしてスライムを呼ぶと、スライムの王スラピがボヨンボヨンと跳ねながらやってきた。


「パパのおへやキレイにして?」


 ティララが言うとスラピはニコニコとして魔王の部屋に入った。

 そして、ペッタペッタと床や壁に張り付く。

 すると、埃やちりがスライムの体に取り込まれた。

 スラピが通ったところだけ、綺麗になってゆく。


 スライムにとって、汚れは餌だった。

 体の表面から汚れを吸い取り、自分の力に変えるのだ。


 しかし、許容量はある。スラピは魔王の部屋の埃を吸い取ると、パンパンに膨れ上がり、大きなゲップをした。


「さすがにもうお腹いっぱいね」


 ティララが笑う。


 エヴァンとベレトはキョトンとして、スラピとティララを見ていた。


 ティララはふたりの視線に気がつき、少し慌てる。


「……あの……だめ? でした……?」


「よい」


 エヴァンはそう言うと、ティララを抱き上げた。


「そうか、スライムの餌は汚れでしたね。だったら、魔王城の掃除夫としてスライムを何体か常駐させましょう。報酬は汚れで良いでしょうし」


 ベレトが言う。


 スラピはピピピと頷いた。


「しかし、細かいところはスライムには無理ですね……」


 ベレトは部屋を見回した。

 床や壁の汚れは綺麗になったが、シャンデリアや、小物など繊細な物を綺麗にするのにはスライムの方法は向いていない。


 ティララはふと気配を感じて窓を見る。

 窓が閉まっているのに、カーテンがそよそよと揺れていた。カーテンと窓の間に女の影が見える。


 ティララが思わず目を擦ると、長方形の吹き出しが現れた。


【シルキー:古い屋敷に住む亡霊】


 ティララはそれを見て興奮する。

 シルキーは知っている。前世の妖精辞典に載っていた名前だ。

 ティララは妖精や幻獣などの不思議なものが好きだった。



「シルキー? シルキーって、家事が得意なおばけのシルキー?」


 ティララが興味津々で問うと、カーテンがピタリと止まる。


「シルキーがわかるんですか? お利口ですね。やっぱりティララちゃんはただの人間の子供じゃありません」


 ベレトが目をキラキラさせてティララを見る。


「……掃除なんて好きじゃないけど」


 陰鬱いんうつで不機嫌な声がカーテンの隙間から響いた。


 シルキーは古い家に住む女の亡霊で、家事の手伝いをすることもある。

 しかし、怒らせたりすると、逆に嫌がらせなどをして家から人を追い出してしまうほどのアグレッシブな亡霊だ。


「そっか、すきじゃないならおねがいできないね」


 ティララはガッカリと肩を落とした。

 無理を言ってティララ自身が魔王城から追い出されてはかなわない。


 ションボリとする幼気いたいけな幼女を見て、カーテンの影がモジモジとうごめいた。


「嫌いでもないけど」


「きらいじゃない?」


「嫌いじゃないわよ」


「おそうじおねがいしてもいい? ここのひとたち、みんなおそうじできないの」


「しかたがないから、掃除してやってもいいわ」


 シルキーはそう言うとヒラリとカーテンの裏から現れた。

 灰色の髪をした女の亡霊で、灰色のワンピース姿の向こう側が、淡く透けている。


「あ! きのうエントランスホールにいたひと!」


 シルキーははにかんで、いそいそと部屋から出て行った。

 そして、掃除道具を持って戻ってくると、まんざらでもない様子で、魔王の部屋の掃除を始めた。


 スラピが「ピィィィ」と甲高い鳴き声を上げると、小さなスライムたちが現れてペタペタと埃を体に張り付けていく。


 その様子を見て、ベレトが笑った。


「エヴァン、魔物が人に頼まれて掃除をするなんて。あなたが魔王になってから初めてではないですか?」


 エヴァンは無表情のまま無言だ。


 ティララは首をかしげた。


「そうなの? スラピはいつもおそうじてつだってくれてたよ」


「お前の母は不思議な女だったからな」


 エヴァンがそう言って、懐かしむように笑った。

 ティララも母を思い出して、心が温かくなる。

 ティララの母はお日様のような人で、一緒にいるだけで元気になれたのだ。


 グゥゥゥとティララのお腹が鳴った。


「なんだ? なんの音だ。ティララの腹になにかがいる」


 エヴァンが驚いて、ティララを持ち上げお腹に耳を付けた。


 ティララは恥ずかしくて顔が赤くなる。


「おなか……すいた、おとです」


「……おなかが、すいた?」


 エヴァンは顔をしかめる。

 エヴァンの体は飢えることはない。なにも食べずに生きていくことができる。

 しかし、食べられないわけではなく、気が向けば食事を取る。


「ティララちゃんは、人に近そうです。食事を取らないと死んでしまうのでしょう」


 ベレトが言うと、エヴァンはティララを抱き直した。


「食べないと死ぬ……俺とは違う……。そういえば妻も食事をしていたな」


 エヴァンは小さく呟くと、ハッとして顔を上げた。


「神酒ネクタルを用意せよ! アンブロシアを神々から奪え!!」


「ほう、面白いですね。神々と戦争とは」


 エヴァンの言葉に、ニヤリとベレトが笑う。


 ティララは慌てた。


 パパはわたしのご飯のために神様と戦おうっていうの!?

 ベレトもなに楽しんでるの! 止めなさいよ!

 そういう考えだから勇者に退治されちゃうんだよ!?


「パパ、わたし、いま、おなかすいてるの。いま、パパといっしょにたべたいの! どこかにいかないで! ……だめ?」


 ティララはウルウルとした瞳をエヴァンに向けた。


「駄目ではない。……よい」


 エヴァンは、照れたように頬を染め、フイと目を逸らした。


「それにね、おさけ、のめないの。ふつうのごはんがたべたいの……」


 そう呟くティララの頭を、エヴァンは優しく撫でた。


「ティララは欲がない。では、普通のごはんを一緒に食べよう。それで、普通のごはんとは? 妻は赤い飲み物を飲んでいたな。あれは生き血か?」


「人間はそんなもの食べませんよ」


 ベレトが呆れたように答えた。


 ティララは二人のやりとりにクラクラとする。


 そうか、人間の常識がここでは「普通」じゃないんだ。


「では、ベレト、普通の食事を用意せよ。料理はできたはずだ」


「エヴァンの分もですか?」


「俺の分もだ」


「……はいはい。ティララちゃんの言うことは素直に聞くんだから……。まったく世話の焼ける」


 ベレトはナイトキャップの上から頭を掻きながら、部屋を出て行った。


 あれ? ……もしかして、パパ。私のこと、結構、好き?


 ティララは気がつくと少し気恥ずかしくなった。


 それからティララとエヴァンは、ベレトの作ったパンケーキを食べ、とりあえず腹ごしらえをした。そして、ティララの魔王城での生活が始まった。





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