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38 戦いの火蓋


 そして、エヴァンの執務室を目指す。


 レースがふんだんにあしらわれた桃色のワンピースは、白いチュチュで膨らんでいる。

 白い長靴下に、コロンとしたピンクの靴。

 オーロラ色の髪には、ピンクのボンネット。

 背中には天使の羽根まで付いている。

 首には『水脈導く球』を下げ、胸元に隠す。

 肩にはルゥが乗っかって、準備は完了だ。


 ティララはパチンと頬を叩いて気合いを入れる。スラピがピィと鳴いた。


「さぁ! けっせんよ!」


 ティララはスラピとルゥを連れて部屋から出る。ケルベロスが控えめにガウと吠える。サキュバスとインキュバスがジロリとケルベロスを睨んだ。


「みんなでパパのとこにいくの。だから、いっしょにきてくれない? それだったらおへやからでてもいいでしょ?」


 ケルベロスに言えば、ケルベロスは尻尾を振った。


 ティララはケルベロスを引き連れて、魔王城の廊下を歩く。

 サキュバスとインキュバス、スライムの王とカーバングルの行進である。


 魔族たちがティララを見て振り返る。


「姫様だ」


「姫様、可愛い」


「きょう、とっても、かわいい」


 魔族の声に勇気をもらって、ティララはズンズンと歩く。

 そして、大きく深呼吸してから、執務室のドアをトントンとノックする。


「どうぞ」


 ベレトの声が内側から響く。


 ティララは勇気を振り絞ってドアを少しだけ開けた。


「ティララちゅぅあん! どうしたんでちゅか? 勝手にお部屋から出ては駄目でちゅよ? ケルベロスはどうしたんでちゅか?」


「ケルベロスとサキュバスたちにおくってきてもらったの」


「そんなことしなくても、用事があったらベレトめを呼びつけてくれればいいんでしゅよ?」


 ベレトが目尻を下げた。


 ティララはニコリとベレトに微笑む。ベレトはそれだけで大満足だ。


「ベレト、いつもありがと。ごはんおいしかった。わたし、パパにあいにきたの。パパいそがしい?」


 ドアの隙間から、ちょこんと顔だけ覗かせて尋ねてみる。


「パパは忙しくない! 暇だ。退屈していた!!」


 立ち上がって即答したのはエヴァンだった。

 机上の書類の山をバサリとなぎ払って、仕事がない振りをする。

 しかし、どう見ても暇には見えない。


 ティララはルゥをキュッと抱きしめて、オズオズと執務室に入った。


 ベレトはティララを見て膝をついた。


 エヴァンはすみれ色の瞳を零れんばかりに大きく見開き、大きく深く息を吐いた。

 ため息の中に「かわいい」と心の声が漏れてしまっている。


「パパ?」


「……ティララ、元気になったのか? でも勝手に部屋から出てはいけないぞ」


「でも、パパにすっごくあいたくなっちゃって、がまんできなかったんだもん!」


 ティララはトトトトとエヴァンの膝に駆け寄った。

 今まで意気消沈したティララにどうやって接して良いか戸惑っていたエヴァンはそれだけで笑顔になる。


 ティララはサキュバスに教えられたとおり、上目遣いで手を広げた。


「パパ、だっこ」


 そして小首をかしげる。


「して?」


 エヴァンは膝から崩れ落ちた。ニャゴ教授を追い払ってから、なんとなくティララを抱っこできずにいたのだ。

 同じベッドで眠っても、ティララはずっと背を向けて距離を取っていた。


 完全にティララ不足のエヴァンには、あまりにも強すぎる刺激だった。


「いい、のか?」


「うん」


「俺がお前に触れても許されるの……か?」


 ティララはクスリと笑う。


「パパじゃなきゃ、いや」


 ズキュンと打たれたエヴァンは、思わず胸を押さえた。そして、一旦深呼吸する。


 パパ、深呼吸、多過ぎじゃない? 過呼吸?


 そして恐る恐るティララを抱くと、ゆっくりとソファーセットの椅子に腰掛けた。


「パパ、あのね、しんぱいかけてごめんなさい」


 エヴァンはキョトンと首をかしげた。


「心配をかけるのは子供の仕事だ。良い」


「でも、パパ、こまったよね?」


「少し戸惑ったが。自分のことより俺の心配してくれるのか? ティララは賢く優しいな」


 柔らかな紫の瞳は破滅の魔眼とは思えないほど、トロリと溶けていた。

 ティララはそれを見てホッとする。少なくとも機嫌は悪くない。


「それでティララはなぜ元気がないのだ。ティララの望みならなんでも叶えてやるのに」


 エヴァンがそう言って微笑んだ。ティララは心でほくそ笑む。


「あのね、パパ。ティララ、おねがいがあるの」


 上目遣いでエヴァンの顔を窺う。


「なんでも言ってみよ」


 ティララはギュッとエヴァンの頭を抱えこんだ。

 ティララのフワフワの髪がエヴァンの頬をくすぐった。

 甘いココアの香りが、仄かに漂ってくる。

 温かく安心する。

 エヴァンにとってティララは、安らぎの象徴だった。


 エヴァンの耳元でティララが囁いた。


「パパ、おねがいきいてほしいの」


「ああ、いいぞ」


「あのね、わたしね」


「うん」


 エヴァンは幸せで頭がボウッとなる。ティララが世界を望むなら、手に入れてやってもいいと思うほどに。


「れんきんじゅつしになりたいの」


「ああ、いい――」


 エヴァンはハッとした。


「いや、いいではない!!」


「だめ?」


 ティララのダメ押しに心が揺らぐ。


「あ、いや」


「いい?」


「う」


「ねぇ、いいでしょ? パパおねがい!」


 エヴァンは可愛い悪魔の囁きから逃れるために、必死でティララを頭から引き離した。


 さすが、大魔王ね。これだけじゃ、騙されてくれないか。


「だ、だめだ!!」


「いいじゃないですか! エヴァン! これだけティララちゃんがお願いしてるんですよ? 許してあげましょうよ!」


 ベレトが援護に回ってくる。


「ベレト、ありがと! すき!!」


「ベレトめもティララちゃんが大好きでしゅよ!」


「うるさいベレト! 首を落とすぞ!!」


「エヴァンこそ頑固ですね、いいじゃないですか。ティララちゃんに嫌われますよ」


 ベレトの言葉に、エヴァンは言葉を詰まらせティララを見た。


 パパの目、迷ってる……。もう一押し? だったら!


 ティララはキュルンと瞳を潤ませ、コテリと首をかしげ、顎に指を置いてみせる。


「やっぱり、どうしても……だめ? です、か?」


 突然、他人行儀のような言葉遣いになったティララに、エヴァンはウグと唇を噛む。

 このままでは本当に嫌われてしまうかもしれない。


「いったい、どうしてダメなんです?」


「錬金術師は変態だ! 錬金術師は信用できない!」


「安全な錬金術師を探したらいいじゃないですか。魔族が駄目なら人間を攫ってくればいい」


「人間の錬金術師は魔族より信用ならない!!」


「だったら、魔族の錬金術師でいいじゃないですか」


 ベレトの言葉に、ティララはウンウンと頷いた。


「ニャゴきょうじゅならだいじょぶよ! ようせいだし、やさしいし、もふもふだし」


 ティララの言葉にエヴァンはカッとなる。錬金術師も気に入らないが、ティララと仲の良い教授などもっと気に入らない。


「錬金術は外道だ!! 役にたたない!! あんなものいらない!!」


 エヴァンの剣幕けんまくにティララはムッとする。なんとなく自分が馬鹿にされたような気分がしたのだ。


「やくにたつなら、いいの?」


 ティララは尋ねた。


「役になど立たん。あんな猫、絶対に、絶対に、役にたたない! だからもう会うな!!」


 エヴァンも言い返す。


「エヴァン……、錬金術がダメなんですか? その猫、でしたっけ? それがダメなんですか?」


 ベレトの問いにエヴァンは息を止めた。


 執務室がシンとなる。エヴァンは気まずそうに窓の外を見た。


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