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30 時を分かつ鐘が鳴る


 エヴァンはイライラとしながら、私室のソファーにもたれていた。

 指先はカチカチとソファーの手すりを叩いていた。


 もう夕刻である。昼と夜を分かつ鐘が鳴らされ、これからはもう魔族の時間であった。

 夜行性の魔物たちが目覚めるのだ。夕食の時間が過ぎている。


 窓の越しに眺める空は薄紫に染まり始め、宵の明星がキラリと光る。

 鳥たちが寝床へ帰るべく、空を渡っていく。


「やはり探しに行く」


 エヴァンが立ち上がる。


「もー、まだ鐘が鳴ってから五分もたってないわ。待ってあげなさいよ」


 サキュバスが呆れたように肩をすくめた。


「ちょっとくらいいいだろ? きっと楽しく遊んでるんだぜ?」


 インキュバスも笑う。

 ふたりは夕食前にティララを飾り付けるため、彼女を待っていた。


「いや遅い。今までは鐘の鳴る三十分前には俺に『おきして?』と言いに来た」


 エヴァンはむっつりと答える。

 起こしに来たティララと、ベッドの中で今日一日の報告を聞き、まったりとする時間が好きだった。

 手伝ってもらう必要のない着替えを、かいがいしく世話する娘の姿を眺めるのが幸せだった。


 それなのに最近はティララが起こしに来る時間が段々と遅くなっているのだ。

 必然とベッドの中の報告は短くなってしまう。

 今日に至っては、鐘が鳴っても帰ってこない。

 いつも、寝たふりをして起こしに来る娘を待っていたエヴァンだったが、今日はティララが戻る前に鐘が鳴ってしまった。


 さすがに心配になり、ベッドから飛び降り魔法で服装を整え、探しに飛び出そうとしたところをサキュバスたちに止められたのだった。


 小さな体でベッドに登り、控えめな声で『おきして?』と囁くティララはとても可愛い。

 目を瞑っていると、困ったように少し声を大きくして、『おきして?』とお願いするのだ。

 それでも起きずにいれば、その小さな指先で、ちょんちょんと頬を突く。

 柔らかく温かい指先は、生命力の塊そのもので、エヴァンは愛おしく思う。

 触れられたところから、心が温まるのを感じるのだ。


 そして最後は頬にキスだ。

 あまり困らせてはいけないと瞼をあげれば、嬉しそうに微笑むティララ。

 クリクリとした大きな瞳は、紫ダイヤモンドのように瞬いてエヴァンを映した。

 ティララの瞳に閉じ込められた自分の姿は、どの鏡で見るよりも好ましいと思っていた。


 掛け布団をまくりあげ、自分の腕の中に閉じ込めれば、彼女は「キャー」とはしゃいで喜ぶ。

 そして、「ねぇ、パパ、きいて?」と興奮気味に今日の出来事を話すのだ。


 エヴァンは目を瞑り、自身を落ち着かせるために長く息を吐いた。


 俺のタイを選ぶのはティララなのに。


 抱き上げたティララが、慣れない手つきでタイを結ぶ姿はとても可愛らしいのだ。

 それすら今日は見ることができない。


 時を分かつ鐘が鳴ると、魔族が活性化してくる。

 カーバングルは強い。

 カーバングルの守護に立ち向かうことができるものは、この世界で五本の指もいないだろう。

 心配は杞憂きゆうだと皆が言う。


 しかし、ティララはとても可愛らしいのだ。

 俺ならどんな手段を使っても攫う。

 カーバングルなど恐れずに手に入れる。


 だから、ほかの者とて同じだろう?


 胸の中に渦が巻く。

 エヴァンは感じたことのない気持ちを持て余していた。

 へその奥がドンドンと凍りついていくような不快感。


 なんだ、この感覚は。怒りとは明らかに違う……。

 

 ティララがいない生活などもう考えられない。

 あんなに愛おしいものは世界にいない。

 あの子が俺の前からいなくなるなら、この世界など意味はない。


 ティララが失われることを想像して、エヴァンはゾッとした。

 背筋がヒンヤリと凍り、目の前が真っ暗になる。


「ティララがいない世界……」


 足元がおぼつかない。凍えるほど寒いのに、背中にはジンワリと汗をかいている。


「もしかして、怖くなっちゃった?」


 インキュバスが含み笑いでエヴァンを見た。


「……怖い? これが、恐怖……」


 初めての感覚に、エヴァンは腹を押さえた。

 冷たい指先がかすかに震える。


 汗ばんだ背中から黒い闇が立ち上がってくるのがわかる。

 魔王城の木々がザワザワとざわめき始めた。

 暗雲がのぼりかけた月を隠す。

 カササギが逃げるように羽ばたいていった。


「ちょーっと、魔王様! 心配なのはわかるけど!! 姫さんが帰ってきてないのに天気荒らすなって! あぶないでしょーが!!」


 顔を引きつらせたインキュバスに注意されハッとする。


「やだぁ! 魔王様、無自覚に溺愛がひどいわぁ!」


 エヴァンはサキュバスの言葉を無視して立ち上がった。


「やはり探しに……」


「パパ! ごめんなさい!!」


 エヴァンが立ち上がった瞬間、バンとドアが開け放たれ、ティララを乗せたスラピが部屋の中に駆け込んできた。

 ティララはスラピから下りると、慌てて汚れたエプロンを外して、クルクルと丸めた。

 そして、オズオズとエヴァンを見上げた。


 パパ、怒ってる。


 ティララはエヴァンに嫌われたくない。

 少なくとも自立するまでは、嫌われるわけにはいかない。

 だから必死になって帰ってきたが、間に合わなかったようだった。


「……あの、遅くなって……ごめんなさい」


 恐る恐る頭を下げる。


 すると無言のままエヴァンが一歩歩みを進めた。

 ティララはビクリと身を縮め、一歩下がった。怒られると思ったのだ。


 ティララは錬金術を習っていることを魔族には秘密にしている。

 後ろ暗いところがある彼女は、いつも以上に臆病になっていた。


 エヴァンは自分を恐れるティララを見て少し切なく思う。

 エヴァンは愛情の示し方がわからない。

 気持ちの伝え方がわからないのだ。


 俺のことを恐れてほしくない。魔王でありながらそう思うのは矛盾なのか?


 ふたりはそのまま距離を取ったまま動けなくなってしまった。



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