3 無力の王女
「王女ティララ、中央の魔法陣まで出よ」
声をかけたのは、大魔王エヴァンの脇に立つ男、腹心のベレトだ。
ベレトは犯罪者の死体からよみがえった不死者で、物理攻撃で死ぬことはない。
魔王軍第二の実力者である。顔色が悪いのはよみがえった死体だからだろう。
緑の髪を緩いひとつの三つ編みにして、背中に垂らしている。
首には斬首の跡がある。四角い眼鏡からは生真面目さを感じられた。
ドアから王座に向かって黒い大理石が敷かれていた。
中央で、左右から伸びた黒大理石のラインと、王座へ向かうラインが交差している。
交差点の中央には、金の魔法陣が埋め込まれていた。
ティララは胸を張って歩き出した。
ペタペタズルッと大きな靴を無理やり履かされた子供特有の足音が大理石の床に響く。
その後ろをスライムが、ポヨンポヨンとついてくる。
「ぷ」
その姿があまりにも滑稽で、小さく誰かが吹きだした。
ティララを舐めるように見る好奇の瞳。ギラギラと怪しく光る視線の数々。
一つ目の魔族、三つ目の魔族もいる。
小さな笑いがそこかしこで起こる。
ここにいるのは魔族だ。マナーなどない。
負けないもん!!
ティララは歯を食いしばって中央の魔法陣の上まで歩いた。
魔法陣の上に立つと、ざわめきが起こった。
「初めて魔法陣の上に立つのに、反応しないぜ?」
「魔法陣が反応しない? 初めて見た」
「魔力がない、魔力がない」
そして、クスクスと笑いが広がる。
「マジで、闇の魔力がねーんスね」
「無力、無能、無価値」
ティララは静かに傷ついた。
やっぱり、魔力がないんだ。
もー! なんでこんなに鬼畜な設定なの!?
まるで死ぬために生まれてきたキャラじゃない!!
マンガの設定で、ティララには魔力がないことを知ってはいたが、実際に突きつけられるとやさぐれたくなってくる。
「こりゃ、役立たずだな」
「足手まといだろ?」
「魔族じゃないんじゃないの? 人間なんじゃない?」
「魔王の子供じゃないんだろ」
「全然、似てない。髪の色、違う」
「魔王の子じゃない、魔王の子じゃない」
「だったらどーする? なにして遊ぼっか?」
言葉が悪いのは魔族の常である。
敬語など使うのは知能が高い者だけだ。
しかし、これは悪意ではない。
思ったことを口にする魔族の習性である。
大広間の魔法陣は、闇の魔力の持ち主を登録する機能がある。
その機能は発動するとき、魔力の量や種類によって魔法陣が動くのだ。
そうやって、魔王の支配下に置くというトラップでもある。
「あらあら、リボンもまっすぐ結べないの。なんてみっともない姫様かしら」
豊満な胸を揺らし妖艶に笑うのは、サキュバスだ。露出の多いぴったりとしたドレスに身を包んでいる。
お尻から伸びた黒い尻尾の先はハート型をしていた。
金髪碧眼で口元にほくろがあるお色気ムンムンな美女である。
低級魔族のスライムはリボンを上手く結ぶことはできず、ティララが自分で結んだために縦結びになっているのだ。
ティララは恥ずかしくなり、顔を赤くして俯いた。
その俯いた顔をのぞき込んでくる者がいる。
「闇の魔力がないくせに人型なんだ。人型じゃなくてマジで人? 本当は魔王の娘じゃないんじゃない? 魔力はあるのか? かわいーな」
舐めるようにジロジロと見るのはインキュバスだ。
胸までボタンを開けた黒シャツに、金色のネックレス。
泣きぼくろが艶めかしい美青年だ。
これまた、ハート型の尻尾が好奇心をあらわにフワフワと動いている。
サキュバスの双子なのかそっくりの金髪碧眼である。
ティララの匂いをクンクンと嗅ぎニタリと笑う。
「人間のガキくせぇ!」
ギャハハと笑う魔族たち。
ティララは公開処刑のような状況で恥ずかしくてしかたがない。
泣きたいくらいに惨めだ。
でも、負けない!ったら負けないもん!!
唇を噛んで顔を上げた。埃が目に染みる。
ティララは拳の裏で瞼をこすった。するとエヴァンの下に長方形の吹き出しが現れた。
【最凶大魔王・エヴァン:ラスボス 冷血帝王、冷酷な性格、血も涙もない男】
ティララはそっとインキュバスに目を向けた。
【インキュバス:魔族 サキュバスとふたりで魔王軍四天王を名乗る雑魚 熟女が好き】
まって、魔王軍四天王に雑魚って……。設定厳しいな?
ティララは少しおかしくなる。そして、ベレトを見る。
ベレトは魔王の腹心、知将、第二の実力者あたりのはず……。
しかし書かれていた文字は――。
【おかん:不死者 魔王の腹心 幼児が好き】
……おかん!? そして、幼児が好きって……、斬首の理由って、そっち系!?
ティララはゾッとしてスラピに目を落とした。
【スラピ:魔族 スライムの王 魔王の娘ティララの育ての親】
スラピ……。スライムの王なんだ!?
そうして恐る恐るエヴァンに視線を戻す。
やっぱり、『ラスボス』って書いてある……。これってマンガの設定が目に見えてるってことよね……。
ティララはもう一度目をこすった。すると、長方形の吹き出しは消えた。
おかげで、ティララの恐怖心は少し収まった。
インキュバスが雑魚だとわかったことで、気が楽になったのだ。
そんなティララをからかうように、インキュバスが舌なめずりをした。
「お、強気に顔を上げて、かっわいー。でもなー、姫さんの泣き顔、見てみたいなぁ」
「ピィ!」
スライムが抗議するように声を上げる。
「はぁ!? スライムごときがうっせーんだよ! 低級は黙ってろ!!」
インキュバスがスライムを踏みつけようとした。
もしかして、これって、マンガのエピソード!?
親代わりのスライムが、自分の前でおもちゃのようになぶり殺されて、ティララは魔族に絶望したはず。
そんなことさせない! 絶対にスラピは私が守る!!
ティララはスライムを庇って、インキュバスの長い足にしがみついた。
インキュバスは驚いて足を止める。さすがに、魔王の娘を足蹴にはできなかったのだ。
しかし、今のティララにはなんの力もない。魔力もないただの幼女だ。







