人の上に立つ葡萄
幾千なる人が台座に行儀よく座る一房の葡萄に向かい跪き、祈る。
それはきっと、これまでの人が築き上げてきた神話も、宗教も、倫理も、道徳すら覆すものだったのであろう。
葡萄を乗せた忠犬ハチ公像を乗せるものほどの台座が、唐突に現れた。上から降ってきたわけでもなく、はたまた空間が歪み、そのひずみから出てきたといったようなファンタジーじみたものでもなかった。それはただ、私は元からここにいたとでも主張するかのように図々しい態度で、そこに存在していた。
一人の男がひと昔前の、やっと二足歩行ができるようになったロボットのようなぎこちなさで回れ右をし、葡萄に向かって膝をつく。両掌を絡めて救いを乞うかのように頭を僅かに下げるが、両中指のみは、この世にこれ以上はないのではないかと言えるほどにまっすぐと伸びていた。
次々と葡萄の周りの者が膝を落とす。祈るようにするのはみな同じだが、手の形だけが異なっていた。ある者はブーイングでもするかのように親指を伸ばして下に向け、ある者はピースした手を裏向きにしていた。
だがそんなものは一切見えていないのか、来る人、また来る人と人々が葡萄にひれ伏す。いかにも機械的に跪くまでの一連の動作を行い、その中でも手のみは葡萄を侮辱する、信仰と冒涜がある意味でも調和した異様な空間がそこには顕現していた。
いつの間にか、最前の者たちが歌い始める。讃美歌のようにも聞こえるが、それはハレルヤでもきよしこの夜でもないような、酷い侮辱と侮蔑に溢れた歌詞であった。
侮辱歌は後ろへ後ろへと伝染していき、しまいには音程もリズムも調和もない、合唱としてあるまじき叫びにも聞こえる何かが形成され、響き渡っていた。
こうしてしばらくたったときだろうか、おもむろに葡萄が体を震わせた。前の者の頭が弾ける。胸が弾ける。それもまた後ろに伝播する。首と胴が泣き別れする。四肢が落とされ血が湧き出る。体が潰れる。喉が抉られる。口から心臓がまろびでる。耳から腸が顔を出す。頭の先から腕が飛び出す。腹の中から脚が飛び出す。眼球から蛭が零れる。脇から血にまみれた百足が這い出す。内から腹を裂き出た人が咆哮を挙げる。
多くの死が、現実味のない死があふれかえる。きっとまだパンドラの箱のほうが情があったとでもいうように。
しばらくして音が止んだその場所には、葡萄を乗せた台座が二つあるのみであった。