転生脇役令嬢は高スペック「スローライフを目指したいのになんで王太子がこっちに来るんですか?!」
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目が覚めるとそこは天井が高い大豪邸だった。
このご時世、介護職として働いていた私は、次々辞めてしまう仲間たちの穴埋めで休みもまともに取れないでいた。夜勤明けに疲れ切ってベッドに体を預けたことまでは覚えてるのに?
大好きな乙女ゲームもろくにできないほど、忙しい毎日。やりがいと、利用者さんたちからの『ありがとう』を栄養に生きているような日々。
「ここ……いったいどこ?」
声を出してみると、聞こえてきたのは可愛らしい子どもの声。
「んんっ?」
「お嬢様、お目覚めですか?朝のお支度をいたしましょう。今日はセントハート王立学園の入学試験ですよ」
すでに、空気のようにそばに控えていたらしい侍女っぽい服の女性に声をかけられる。
ちょっと、よくわからないけど、聞き漏らしてはいけないような単語が聞こえてきた。
セントハート王立学園って、通勤時間とか睡眠時間とか削って進めてた乙女ゲームの舞台じゃないの?!
――――まさか、悪役令嬢転生?!
ドキドキしながら鏡の前に走り込む。
――――誰?!
鏡に映っていたのは、薄茶色の髪と瞳。誰が見ても可愛らしいが乙女ゲームにしては地味な容姿の少女だった。
それでも彼女はオープニングにも一瞬出ていた。悪役令嬢の背後に。
そう。私は脇役令嬢に転生したようだ。
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「記憶……喪失?!」
父がフォークとナイフを取り落とした。
「は、はは。可愛いメルンちゃんは冗談が上手いな」
「ごめんなさい。本当なのです、お父様。だからとても、試験なんて受けられませんわ。領地に帰りたいですわ」
悪役令嬢ならチート無双も良いが、悪役令嬢とともに断罪される脇役なんて絶対嫌だ。それに、せっかくだから今までできなかったスローライフを満喫したい!!
「……すまん!可愛いメルンちゃんの頼みでも、今更入学試験を受けぬなど貴族としての我がローランド伯爵家の存続に関わる!入学試験は貴族の義務の魔法測定も兼ねているんだ」
――――え。そこまで大ごとになっちゃうんです?じゃあ、受けて恥をかいたほうが良いんでしょうね?
「お父様……そんな大事とは知らず。心配かけてごめんなさい」
「なんだか大人びたな……メルンちゃん。こうして子どもは巣立っていくのかな」
なんだか父が目頭を押さえ始めた。
「えっ?!そんなこと……ないですわ」
ごめん、父。あるのだ。二十代介護職の記憶が。でも、今の私は確かに子どもだ。記憶はあっても思い出というより、記録映像に近い。
仕方ない。恥を忍んで全く内容に覚えのない試験に臨んでみることにしよう。
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しかし、その覚悟は早々に打ち砕かれてしまった。
――――あれあれ、試験内容が猛烈に簡単だよ?
それもそうだ、算術や国語は7歳レベル。一応日本での記憶がある私には楽勝だった。
王国の歴史は、乙女ゲームの世界をファンブックまで丸暗記してる私にかかれば余裕。理科という概念はないようだ。外国語?なぜか頭の中で自動翻訳されていく。魔法学も、ファンブック丸暗記で全部分かってしまった。
ここで手を抜けばよかったと、後から気がついて全身が震えたが、そのことに気がついたのは試験が全部終わって提出してからだった。
「……私ってほんとバカ!」
このままでは、スローライフどころか全力で目立ってしまうじゃないか。
いや、でも私は脇役令嬢だから魔力量は標準かそれ以下のはず。ファンブックにも属性すら記載されてなかったモブだし。
しかし、そんな私の予想は裏切られた。
お約束の水晶玉に手をかざしたところ、眩い虹色の光が部屋中を満たしてしまったのだ。
「「まさか、全属性持ち……だと?!」」
あれれ?得意属性の欄が空欄だったのって、まさか全属性使えるからなの?!そんなオチあります?!
周囲の様子がおかしい。確か全属性持ってるのって、魔法の塔にいる古の賢者様だけって設定だったよね?!
ヒロインの光属性だって数十年に一度だよ?!全属性持ちは、その光魔法も持っているんだよ?!
「あっ……スローライフ」
私の呟きは周囲の喧騒にかき消され、そのまま偉そうな人がたくさん来て、やたら豪華な部屋に連行されてしまった。
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父が迎えに来てくれた。公務を抜け出してきてくれたらしい。
「うっ。お父様!!」
(私の脇役スローライフが!)
お父様の顔を見たら猛烈に安心して涙がボロボロ溢れる。そのまま抱きついてしまった。父が優しく抱きしめ返してくれる。
「大丈夫だ。驚いただろう?さて、学園長殿、説明していただけますか?」
「ああ、ローランド殿。この子はいったい。……私の方が貴殿に聞きたいのだが。試験は満点、魔力測定ではSランク。さらに全属性持ちだ」
父が瞠目する。あっ、これあかんやつ。
「……メルンは記憶喪失なのです。それに、昨日まで学力だってなんとか王立学園には受かるだろうというレベルでした」
「記憶喪失。そこに、何かがあったということか」
二人の視線が痛い。父は学園長に向き合う。その瞳は、真剣な輝きを秘めていた。
「ホープ、お前を親友と見込んで一人の父親として頼みがある」
「ああ、ローランド。全属性と魔力量は壊れた測定器による間違いだったと公表する。……これでいいか?だが、試験結果は覆せないぞ。特に算術の最後の問題は最終学年のレベルだ」
二人がこちらを見つめてくる。
「この子の未来は、光り輝くか闇色に染まるかわからんな……」
「守ってみせるさ」
「はっ、最近すっかりおとなしくなってしまった炎の冒険者再来か?」
前髪をかき上げる父はワイルドな笑顔だ。
カッコ……いい。惚れる、だめ!父だった。いや惚れるだろこれ。
「ああ。娘のために必要ならば……。お前こそ、俺の娘のために活躍しろよ」
「ははっ。報酬弾めよ?」
何その裏設定!!脇役令嬢の父と学園長が親友で父が二つ名持ちの冒険者とかおかしいでしょ?!
「お父様、私……」
「メルンちゃんは、ただ楽しく学園生活を送ればいいんだよ」
――――でも、私は元のメルンの記憶……ないんですよ?
「何があっても、メルンちゃんが俺の娘なのは間違いない。二人は融合してるのだから」
「え?!」
父は私の目の前にしゃがんで、私の肩に両手をおいて優しく笑う。
「転生者とともに冒険者として活動してたことがある。流石にここまでくれば気づくさ。奴も思い出した直後は、転生前の記憶の方が優位だったと言ってたからな」
「お父様……!」
確かに記憶がなくても、前世の記憶があっても、この人を私は確かに父と認識している。
もしかしたら、優しい父を騙してるのかという不安が霧散していく。
「お父様、大好き」
「ははっ。大丈夫だ。任せておけ」
父の大きな背中に背負われて、家に帰る途中で私は眠ってしまった。
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入学式では、首席として挨拶をすることになった。王太子様が、『試験で負けたなら』と辞退してしまったらしい。王太子様が無駄に男前!勘弁してほしい。そのままやってくれればいいのに!
興味津々な学友たちの瞳がこちらに集中する。
「私たちは仲間です。これから一緒に頑張っていきましょう」
――――以上!必要以上に目立つつもりは私にはないのです!
しかし、あまりに短い挨拶が逆に斬新だと話題になってしまったことを私は知らない。
そして、私を真剣に見つめる黒い瞳にも気づかなかった。
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Sクラス。ただいま脇役は黒髪に黒い瞳の黒薔薇のような悪役令嬢に迫られております。
「あなた。王太子殿下を差し置いて首席の挨拶など、身の程を弁えた方がよくてよ?!」
――――その通り。身の程を弁えたいのです私は。
「……申し訳、ございません。今後は身の程を弁えて目立たぬようにしますので」
「――っ!!さっきの挨拶。斬新でよかったと思ったのに!何よウジウジしてるわね!仕方ないから友達になって差し上げるわ!」
――――うん?悪役令嬢の取り巻きになるのは、強制イベントなのですか?できるだけスルーしたかったのに?あれ?他の取り巻きまだいないんですね?
「あの……ルルラーシア・フリーディア公爵令嬢様?」
「メルン!私のことはルルと呼びなさい!」
なんだかキラキラした瞳で悪役令嬢に見られている?いや、ゲームの中で取り巻きさんたちルルラーシア様と呼んでたよね?
「……ルル、様?」
「ふん。まあ、今はそれでいいわ!これで私たちお友達ね?!」
あ、あれ?悪役令嬢ルルラーシアが満開に咲いた向日葵ように微笑んでいるよ?本当にこの人悪役令嬢?!黒薔薇のように笑うんじゃないの?
あれ?完全に周囲に誤解されてるツンが強い系のツンデレお嬢様……なの?!
「おい、入学早々クラスメートに難癖つけるのは良くないぞ。ルルラーシア」
「ラルフリード王太子殿下……」
ああっ。早速誤解が!どうしよう、どうしよう。目立ちたくない目立ちたく……でもっダメ――!!
「恐れながらっ!ルル様は、私と友達になろうと言ってくださったのですわ!」
「ルル?ルルラーシアが……か?」
金の髪のまさに王子様!なラルフリード王太子が、エメラルドグリーンの瞳を見開いている。
「どっどっ、どうしてもってメルンが言うからですわっ!わっ私仕方なく!!」
わー。教室中の視線が今私に集まってます!王太子の視線まで痛いです。
それから、ルル様への周囲の微笑ましいものを見るような目線。良かったね、誤解が解けて。
「メルン……か。君が首席の」
「あの、出過ぎた真似を……私、失礼いたします」
そそくさと去ろうとしたのに、ラルフリード王太子が私の手を掴む。
「俺もメルンと呼んでも?」
教室中がさらに静まりかえった。いやしかし、ここでダメなんて不敬も甚だしい。
「コッ……コウエイデスワ」
「ふふっ。メルン!可愛いな?俺のことはラルフと呼べ」
「え?ラルフ様……?」
「ま、今はそれでいいか。面白いものを見た。では、失礼する」
ラルフ様が去る背中を、私は呆然と見送るしかなかった。それにしてもヒロイン見かけないのだが、どこに行ったヒロイン?
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王立学園三年生になりました。なぜか、私、王太子の婚約者候補になっています。
「くそ、あの王太子!情報収集力が子どものくせにおかしいだろ?!」
父と学園長が隠蔽してくれた私の魔法の秘密は、王太子の個人情報網によって暴かれてしまった。その秘密を守ると言う条件で、私に婚約者になるよう、王太子が打診してきたらしい。
「メルンちゃん。お父様はS級冒険者に復帰する。ともにこの王国から逃げよう?」
――――父が冒険者してたのは聞いてましたが、S級だったんですね。ドラゴンでも倒したんですか?英雄レベルじゃないですか。
「お父様、領民の幸せのため、逃げるなんておやめください!」
「くっ。せめてメルンちゃんの冒険者登録だけでもしておくか……。大丈夫、S級の推薦があれば、C級からスタートだ。まあ、メルンちゃんならすぐS級だろうけどな」
そんな父に連れられて、冒険者ギルドに来た。父がギルドに入った途端、奥からすごく偉そうなお方が飛び出してきたんですけど?
「ローランド殿!お久しぶりでございます」
「あー、ジークか。今のギルド長、お前か?」
「今は、総ギルド長をしております」
「出世したな」
なんだか父と総ギルド長が、仲良く話している。昔の知り合いなのか。話によると、若き日の総ギルド長は父に命を救われたらしい。
「例のお前の秘密について話したいことがある」
「一目でわかりましたよ。この子は俺と同じということですね?」
奥の豪華な部屋に案内される。
(あっ、もしかして総ギルド長がうわさの……)
「目玉焼きには何かける?」
「……醤油です」
「そっか、俺はソース派だ」
私はあまりの懐かしさに、ボロボロ涙が溢れてしまった。ふと見ると、総ギルド長まで泣いている。そうですよね。もう、メルンとしての記憶もちゃんと思い出したけど、やっぱりもう一つの故郷が懐かしい。
「ヒック……。じゃ、タケノコと、キノコは」
「その話題は戦争になる。やめておこう」
「そっ、そうですね」
私たちはそのあと思いっきり笑い合った。なぜか私は、B級に認定された。総ギルド長権限らしい。父と一緒の依頼を受けるのには、B級以上が望ましいだろうと。
――――権力って怖いわ。
しかし、部屋から出てエントランスに戻ると意外な人物と鉢合わせした。
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「ラルフリードでん……むぐ!」
「ここでは、ただの冒険者のラルフだ。様付けも勘弁してくれ」
いきなり口を塞がれた。父がすごい殺気立ってるからやめて欲しい。不用意に名を呼ぼうとした私もいけないけれど。
「……ラルフ。なんでここに」
「それはこちらの台詞だ。俺から逃げるのは許さない」
「ラルフだったか?うちの娘にちょっかい出すのはやめてくれ」
父!王太子と面識ありましたよね?!喧嘩売るのやめましょう?!
「……S級冒険者ローランド殿、A級冒険者ラルフと申します。まあ、ドラゴンでも出現すればすぐにS級に昇りますので、以後お見知り置きを」
「ちっ、俺の歴代最年少記録更新か。10歳でA級ってなんだよ。化け物かよ」
父の言葉遣いが冒険者になってます!二人で睨み合いつつ口元だけで笑い合うのやめてください!
「……愛する人の能力があまりに高いから、追いつこうとした結果がコレですよ」
愛する人って……誰ですか?ラルフ様、何だか熱い目でこちら見るのやめましょう?
「まあ、うちの娘は可愛い上に最強だからな!」
それが私だってことを確定するのやめてもらえませんか。父?!
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15歳。卒業間近に王太子の婚約者に確定しました。
『英雄王と全属性の聖女』
はい!恥ずかしいこれが今のラルフ様と私の二つ名です!!王都に迫ったドラゴンを全力で倒した結果、私たちはS級冒険者になりました。
――――父ですか?ぎっくり腰で戦えませんでしたよ。演技っぽかったですけどね!
ラルフ様の婚約者になんてなってしまって、今や誰よりも大事な友人であるルル様がなんていうか恐る恐る見ると全開の笑顔がそこに。
何だか、執事さんが実は隣国の王族で、隣国に嫁ぐことになったルル様。
「私たちが隣国との平和の架け橋になりましょう」
最近、ツン少なめのデレメインな可愛らしいルル様の笑顔。
――――怒涛の展開でもう、意味がわかりません。でも、親友と愛憎劇とか嫌なので全力で祝福しましょう。架け橋ですね!!
「メルン、行こう?」
今日もラルフ様は王太子スマイル。
――――卒業間近になって、とうとう首席の座をラルフ様に奪われてしまいました。……たぶん私の心も。
「ちゃんと言ってなかったな。最後の最後でメルンに何とか勝てて良かったよ。やっと言える」
「ラルフ様……」
「好きだ。俺の妃になってくれ」
「……はい」
――――あれ?いつの間にこんなにギャラリーが?!
いつのまにか集まっていた卒業生みんなに囲まれて、私たちは胴上げされた。
ちなみにヒロインは、隣国の王太子とゴールインしていたことが後日ルル様の情報から発覚した。
――――ヒロインまさかの続編にいた!!
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