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Ⅶ:龍ノ慟哭

彼等は何時だって有りの儘に生きていた。だから私も好きに生きようと思ったのだよ、この命果てるまでな。────冥恐輪道バルドゲナ・ネルボラ


────ぎーこ、ぎーこ、ぎーこ、ぎーこ。


 今となっては懐かしくも感じる、刃が肉を切る音。羅列された鉄の刃は止まる事無く、皮膚を刳り、骨を断ち、神経という神経を傷めつける。けれど不思議と痛みは感じなくなっていた。初めの頃はずっと泣き叫んでいた気がするけどそんな事も億劫になる。それだけやり続けたという事だろうか。

 体から湧き出る赤黒い液体がどぶどぶと流れ落ちる。よくもまぁ無くならない物だと自分でも思う。こんなにも体が傷付いているのに次の日には全てが元通り。果てた神経はその命を還し、折れた骨は再び真っ直ぐとなる。切れた肉は跡を残さぬ様に繋がれた。


────ぎーこ、ぎーこ、ぎーこ、ぎーこ。


 こんな事をしている奴は何を思って俺の体を弄んでいるのだろうか。何がしたくて肉を切り裁くのか。幾ら聞いても返事は来ない。只々、無意味な時間が過ぎていく。鉄格子の外から吹いてきた風が頬を伝う。こうも風に煽られると不思議と眠くなる。どうせ出来る事も無いのなら寝てしまおう。ふとそう思った。


 瞼を閉じて思い出す。されてきた非道な行いを。非力で何も出来ない自分には抵抗する事も、反撃する事も許される事は無い。されるが儘の人形。自分は何の為に生きているのか、時々分からなくなる。


 何かに縛られるのは嫌いだ。


 何かに自分を好き勝手されるのは嫌いだ。


 何かに俺の邪魔をするのは嫌いだ。


 何かが俺の大事な物を傷付けるのはもっと嫌いだ。


 何かが不条理として立ちはだかるのはもっともっと嫌いだ。


 心の奥底から壊したくなる。崩したくなる。後悔もさせず、滅茶苦茶に消し去りたい。


 でもそんな術は、持って居なかった。だから逃げたんだ。どうしょうもない位につまらない世界から。自分が心地良いと思える世界に。


 瞼を開け、変わる世界を目にした。その世界に視界を妨げる物は無く、何処までも自由な地平線が広がっていた。何もかもを覆ってしまう程の巨大な星空。アメジストにも似た空はその小さな光の輝きに覆われている。別の光に邪魔される事無く、星は煌めき、その存在を確立していた。

 そんな星空に、自分は憧れたのだ。こんなにも広大な光景は誰に縛られず、自由を謳歌している。これだけ大きければもう誰にも邪魔される事も無いのだから。俺を押し潰す不条理だって現れやしない。


 そしてもう一つ憧れだったのはドラゴンだった。


 その強大な姿と力は何者も寄せ付けない。己のしたい様に生き、好き勝手に道を切り開くのだから。


 力の証明、絶対の象徴、不条理を打ち壊す者。


 初めて見た時から、俺はああなりたいと、思ったんだ。


◆◆◆◆◆


────起きて。


 遠い様で近い、不思議な声が聞こえる。透き通る様に綺麗な声は針の穴に糸を通す様に耳に入った。


────起きて。


 また声が聞こえる。遠い夢から俺を呼び起こす様に。だけど力が入らない。夢が鎖となって俺を離さない。昔と何も変わらない。無力な俺はされるが儘で何一つ立ち向かう事が出来ないのだ。結局、俺は成長する事は無かった。十六年の中、ただ絶対の象徴である彼等になろうとして、生きた時間は無駄────


────無駄なんかじゃない。


 いいや結局駄目なんだ。だから俺は死んだんだ。理不尽に殺された。殺される理由も無いまま。自分達の都合で呼び出しておいて、戦争をしろ。何なんだよ。俺が何したっていうだよ。


────君はまだ死んでなんか居ない。こんな所で死ぬ訳にはいかないんだろう?最高の人生を送りたいだろう?死んだ友に恥じる事無い生を謳歌するのだろう?そして何より


 ドラゴンを見たいんでしょう?


 そうだ。俺はドラゴンが見たい。こんな所で終わったら死んでしまったヒデに申し訳が立たない。


────そうだよ。君はこれからも生きるんだ。


「ん……………。ここは?」


 意識が完全に覚醒する。炎に包まれていた筈なのに、熱さも痛さも感じない。俺はさっきまで鎧を着た人魔に襲われて、烈華が助けてくれようとしたけど、間に合わず俺の首は。先刻の出来事を思い出し、思わず首を撫でる。其処にはかわることの無い確かな皮膚の感触。首が無くなる事は無く、今も俺は生きているのだ。


「この世界は幻覚。でも俺は確かに生きてる。じゃあ……」


 どう言う事か周りを見渡してみると今まで幻覚だと思っていた星空の世界が広がっていた。いつ見ても変わる事の無い、星が煌めく、光と闇が交わる不思議な世界。

 死んだかと思えば俺は此処に居て、生きている。ならばここは幻覚等では無く、確かに存在する世界なのだ。


「…………………」

「漸く起きたんだ!」


 立ち上がるもと同時に背後から声が響き渡る。その声はさっきまで俺に呼びかけていた物と全く同じ物。反射的に振り返るとそこには見た事も無い服装を着た女性が居た。

 長く、純白に輝く髪を棚引かせ、宝石の様に紫色に輝く瞳で俺を見つめる。彼女の髪の毛は小さな角を思わせる様に跳ねていた。そして何より目に付く彼女の着ている服は正に異様の一言。

 半分は袖の無いドレスでもう片方は鎧、その姿は余りにも歪だ。袖の無い透明な羽織を着、服には龍の鱗を思わせる意匠が垣間見える。左半身の鎧は刺々しく内側に向かって牙の様な形になっていた。その異形に俺は思わず立ち退いてしまう。


「あはは〜そんなに怯えないで欲しいなー……って言いたい所だけど、君の今の心情はそれ所じゃないみたいだね」

「…………!?」


 俺が何時も見る幻覚の中に現れた白髮の女性は笑いながら一歩、また一歩と俺に近付いてくる。いきなりの事に俺は後退り死てしまう。何せつい先程俺は知りもしない奴に殺されかけたのだ。折角生き残ったって言うのにまた死にかけるなんて冗談じゃねえ!

 気が付けば両足は全速力でこの場所から逃げ出さんと駆け出していた。息が絶え絶えになることも忘れて、失速だけはしないと、生きたいと心の中で叫びながら走る。


「うわっぁぁぁ!」


 しかし左足が何かに縛られ、その動きは止まる。この縛られている感触は紛れも無い昨日の朝と同じく俺の体を縛り付ける何か。直様解こうと重い足を見返すとそこにはあるはずの無い尻尾が絡み付いていた。純白の鱗で出来た、蛇とは違う、厚く、太ましい尾。その尻尾が続く先に居たのは、離したと思った筈の女性。


 嘘だろ。絶対に逃げられるだけの距離は作った筈なのにこんな一瞬で白髮の女性は俺の背後に位置している。冷汗が全身を伝う。死にかけた時にも感じた緊張感が再び走り出す。


「ちょっと逃げなくたって良いじゃないか全く!」

「ハァ…………ハァ……ハァ」

「まぁそれも仕方の無い事だよ」


 ぷんすか頬を膨らませて怒る彼女に益々心臓の鼓動は加速する。表情を怒りから喜びに変えた彼女はゆっくりと押し倒す。俺が逃げれれない様に両腕を押し付けながら。下半身も彼女に乗られ身動きは完全に封じられる。


「さて先ずは……うん。悲しい事だけど自己紹介と行こうか」


 息が当たる距離にまで顔を接近付けた彼女は舐め回す様な目で俺を見る。状況も相まって能が認識するのを拒否し初め彼女の言葉を理解不能になってしまう。


「落ち着いて。ほらゆっくり深呼吸さ」


 言われて俺は落ち着ける様にゆっくりと息を吸って吐く。何故彼女の言う事を素直に聞いているのか分からない。だが不思議と彼女の声を聞いていると荒れていた気持ちが落ち着く。


「治ったみたい。良かった良かった。もう〜いきなり逃げるなんて酷いよドラゴー」

「どらご?」

「ん……ゴメンゴメン君の名前は?」

「天野……龍勝」

「リュウショウ……龍が勝つで龍勝……。うんとっても良い名前だよドラゴ。あっ私は君の事ドラゴって呼ぶからね」

「は?」


 意味が分からない。目の前の女は何を言っているんだ。俺の事をドラゴって何でだ。俺には龍勝って名前があって、たった今教えたばかりだと言うのに。渾名や愛称の様な物なのか?


「お前は何なんだいきなり!?」

「ん?私の事かい?そうだなぁ。何て言えばいいかなぁ?取り敢えず私の名前はノヴァ。意味は龍勝が居た世界と同じで『超新星』とか『新しい』って意味だよ。どう?君好みの格好いい名前だと思わない!」

「た、確かに格好いいけど兎に角離してくれ!顔が近い!」

「あっゴメンゴメン」


 漸く離れるノヴァと名乗った白髪の女性。馬乗りになっている事に変わらないが褒められて嬉しいのかえへへ~と顔を綻ばせている。って俺が居た世界の言語を知っているのかノヴァは。


「因みには私ことノヴァはルナポロで消えてしまったドラゴンの生き残りの中の一匹なのです!」

「は?お前みたいな人間の形をした奴がドラゴンの生き残り?何いってんだ今すぐ鏡見て来い」


 一般的なドラゴンはこんな人間みたいに貧弱そうな身体では無く、傷一つ付きやしない硬い鱗に覆われ、大空を舞う巨大な翼に全てを薙ぎ倒す尾を持っているんだ。断じてこんな奴がドラゴンなんて有り得はしない。


─────ルナポロで消えてしまったドラゴン…………?


「おいルナポロでドラゴンが居ないってどう言う事だよ!聖魔だとか妖魔見たくペガサスや妖怪みたいにドラゴンは居ないのか!?」

「い、居ない!ドラゴンはもうルナポロには居ない!」

「はぁ!?よりによって何でドラゴンが滅びてるんだよぉ!」

「ほ、滅びては居ないよ!」

「だから鏡見て来いよぉ!」


 いきなり出された衝撃の真実に俺は絶叫の渦に飲み込まれる。ノヴァは発狂した俺に気圧され、立場が完全に逆転する。ノヴァはあわあわと口を動かし、その度に俺は叫び声を上げる。ドラゴンが滅びたなんて嘘でしょ。何で俺がこのルナポロに来た時に生きててくれなかったんだよ。

 我ながら無理難題を言っている気がするが、これでもう完全にルナポロにおける生き甲斐は消えたと言ってもいい。

 畜生!折角ヒデが救ってくれた命だってのに!後悔しない人生を送らなきゃいけないのに!


「別にドラゴンが滅びた訳じゃないんだよ!見えなくなったって言うか……住む世界が変わっただけなんだよドラゴ!」

「なんだ別の次元とか別の宇宙か?」

「そうじゃなくてここ!ここにドラゴンが居るの!…………だから私の事じゃなくてこの世界全体にドラゴンが居るの!だからそんな目で見ないで!ドラゴンホントに居るもん!」

「喧しいわ!ったくドラゴンなんて何処にもいないじゃないか」


 ノヴァの言葉を信用して星空の世界を見渡すがドラゴンのドの字も無い。何一つとしてドラゴンの要素の欠片も無い。この世界全体にドラゴンが居る、改めて考えると意味が分からん。


「だから肉体が無くなって今は龍勝の世界が言う魂だけの状態になってるから見えないの!確かにドラゴンは彼方此方彷徨ってるの!」

「ノヴァは見えるの?」

「見えない!」

「駄目じゃねぇか!…………でも何でドラゴンが居るって分かるんだよ?」

「それは近縁種であるノヴァがドラゴンとしての波動を感じ取って居るからだよ。ほら見てこの白い翼と尻尾!紛れも無いドラゴンの物だろう!」


 バサリと髪が広がったと思えばノヴァの背中から確かにドラゴンの様な翼、腰から先程俺の左足を縛り付けたであろう尻尾がその姿を現す。近付いてその姿を確かめる。白い尻尾は確かに何枚もの硬い鱗で覆われ先端は槍の様に尖っている。ドラゴンを見た事が無いので確認の仕様がないが、その手触りはザラザラと荒いようで、ツルツルと滑らかな不思議な感触。翼もまた鳥類や蝙蝠の物とは違う()()()()()()()()がノヴァの背中から生えている。彼女の背後に回って見てみると透明は羽織を押し退け、衣服で覆われていない背中から見える人肌にその翼はあった。取って付けたような物では無く、確かに骨格が繋がっているのだ。


「うぅ〜ドラゴ〜そーまじまじと見つめられるとどうにも……。気恥ずかしいというか何というか〜……」

「ルナポロに居たって言うドラゴンを見た事無いから何とも言えないけど確かにそれっぽい。まんま俺のイメージ通り。でもルナポロには天魔とか冥魔とか天使や悪魔のパチモンみたいなのが翼生やしてるらしいからなぁ」


 俺がノヴァの翼と尻尾を見てそう呟くとクソッ!忌々しい天魔と冥魔共め!と小さな声で罵倒している。バッチリ聞き取れているがノヴァには何か天魔や冥魔に恨みでもあるのか。


「っ兎に角!この翼や尻尾は天魔や冥魔には無いから!つまり私はドラゴン!」

「いや人間に近い姿が言われても」

「うぅ〜この姿なのはドラゴのせいなんだから!」

「何で俺のせい?」

「私だって元々は立派な龍神星としての肉体があったけど色々あって無くなっちゃって、他のドラゴンが居ないから肉体の基盤も作れない。それで龍勝の人間の遺伝子を読み込んでどうにか頑張ってこの身体を作ったの!」

「えぇ……」


 つまる所、ノヴァは元々リュウシンセイという肉体を持っていたけど諸々の理由で無くなったと。彼女は肉体の創造でも出来るのか具体的に分からないがそれっぽい事が可能な様だ。けれども彼女が肉体を失った時にはもう他のドラゴンが居らず、肉体の基盤、ドラゴンの遺伝子が無くなった。それで宛に出来る遺伝子が俺の人間としての遺伝子、そして自分に残った龍の欠片で創造して肉体が今の彼女な訳か。

 あれだ。遥か昔に生きていた恐竜の血を吸った蚊の琥珀から恐竜の遺伝子を取ろうとしたがボロボロで、成り立ちませんよ。其処で人間の遺伝子を混ぜた、みたいな感じか。


「?そもそもお前は何で俺と居るんだ。可笑しいじゃないかこの世界だってそうだ。この星空の世界に居るのはルナポロのドラゴン。けどその世界が見える俺は地球の生物……可笑しいだろ」

「それは〜その〜。きっとドラゴンがこの世界に移動する時に偶々地球に迷い込んじゃってドラゴンが好きで好きで大好きなドラゴには見えた、みたいな感じだよきっと!うん!」

「嘘だ。絶対そんな適当な物じゃ無い気がする。ノヴァ、お前なんか誤魔化してるだろ」

「そんな事無いよー。はいこの話はこれで終わり!ルナポロに帰るよー!」

「ちょっ!待って!」


 ノヴァがそう言うと再び俺の意識は暗転した。

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