Ⅵ:龍ノ鼓動
決して滅びやしない。それが我等の真理であり極地。その最果てに終着は無い。────────龍騎者ドラグーンドラゴノイド
コンコンと扉にノックが入る。ドアを開けて見るとそこにはこの宮殿のメイドであろう人物が居た。地球にあったメイド服と似たように白いブリムを頭に着け、フリルの入ったスカートの物。実際に見るのは初めてだが、こうしてみるとルナポロも地球も文化の違いは少ないかもしれない。後何気に日本語通じてるし。
要件はこうだ。アルベールが全員に集まって欲しいとのことなので準備をしてくれとの事。準備と言われても俺はする事がないのだが、と思ったが烈華が居た。
「烈華、三十分後に集まるそうだから支度してってー」
「支度って言われてもねぇ」
着崩した制服を直した彼女はバサッと綺麗な茶髪を靡かせる。強いて言えば風呂に入りたいと言っていたが残念ながらこの部屋に浴槽は無い。そのことを告げると烈華は苦い顔をしたので笑ってしまった。よってもう彼女は準備万端と言った様子だ。というか烈華の場合は白炎と紅隠を何時でも呼び出せるのだから常に準備していると言っても良いだろう。
時間になるまでする事が無い俺と焔はさっさとその集合場所に向かうことにした。
「て、龍勝はバッグ背負ったままなのね」
「いやだってこれが唯一地球から持ってこられたものだからさ。無いと不安っていうか、心配っていうか」
「ふふふ変なの」
「まぁそれが俺だし」
「ねぇねぇもっと龍勝のこと知りたいから教えてよ。私は自分の事全部話したんだし」
「いいよ。何から聞きたい?」
「そーねー。じゃあ好きな食べ物とか?」
「カレーとメロンと唐揚げとハンバーガーと…………」
指で数えて片っ端から言っていく俺を見て烈華は微笑む。それを見て俺は思い出す。
「烈華、お前自分の事全部きたっつったけど俺はまだ烈華の好きな食い物聞いてないんですけど」
「あ、それもそうね。じゃあ教えてあげる」
メイドに案内される中、俺と烈華は談笑を続ける。くだらなくどうでもいい事から驚く様な事まで。こうして人間と面を向かって話したのはヒデ以来かもしれない。
「ねぇ、龍勝は何であんなにドラゴンが好きなの?名前に龍が入ってるから?」
「俺がドラゴンを好きな理由?そんなの…………」
「烈華!?」
俺の言葉は廊下に響く誰かの声に遮られてしまう。しかしそれは俺も烈華も両者聞き覚えのある声。音の源の方を見てみるとそこには寝癖のある髪の毛で俺の方を睨んでくる神代たちだった。揃いも揃って俺を目の敵にしている彼等を見て、思わず溜息を吐いてしまう。大凡俺達と同じく手持ち無沙汰になってしまった神代達も逸早く部屋を出ようとしたのだろう。
俺はさっさと出た事に後悔してしまう。どうせなら時間一杯部屋で寛ぐんだった。朝まで起きてたのもあって怠さを感じた俺はどう躱そうかと考えるも頭が回らない。ふと烈華の方を見るとどうでも良さそうに髪を弄っていた。吹っ切れたのも有ったのか完全に神代達は彼女の眼中から外れているようだ。それでいいのか…………。
「あーおはよー神代御一行」
「おはよー神代君、金剛君、鈴野さん、丸井君、影野さん」
「どうして烈華があま、って。か、神代!?」
「お、オイ、どうして苗字なんだよ!」
「今まで名前だったのに!?」
「…………!」
「噓…………驚愕…………」
烈華の返事に各々が反応を見せる。流石にここまで烈華が薄いとは思わなかったが余程ウンザリしていたらしい。まぁそれもそうだろう。彼女はずっと彼等の言う『焔烈華』を演じていたのだから。丸井は眼鏡を落とし、影野の至っては語尾であるニンニンを忘れている。それほどの衝撃だったのだろう。
「天野!お前が烈華に何かしたのか!」
「何かって何を?」
学校でもそうだが、何かと俺はこいつらに目の敵にされてしまう。理由は未だに不明だ。俺が烈華に何かするって本当に何するんだよ。俺を怪人か何かだと思ってるのか?どう見ても普通の人間なのに。
「だってだってお前が烈華ちゃんと急に仲良くなるなんて可笑しいもん!」
いや人間誰しも気が合えば急に仲良くなる事もあるだろ。俺と烈華の場合はそれに該当しないが。強いて言えば相互理解、共感、認め合うのどれかだが。兎にも角にもこいつらの相手をするの面倒くさ過ぎる。なんか話を聞いてると眠くなってきた。
「メイドさん案内お願いします」
「分かりました」
俺達がいがみ合っても表情を何一つとして変えないメイドに若干違和感を覚えるが、此処はルナポロ。正真正銘の異世界。気にしても仕方がないのだ。
「待て天野!」
「待ちませーん」
欠伸をしながら返すと神代は青筋を立てる。俺は何もしていないのでどういわれようともどうしようもないのだけれど。
メイドについていき、目的地に向かう。神代が突撃しようとするも金剛達に止められていた。完璧超人である彼があんな風になったのは少し笑ってしまう。
一緒についてきた烈華は何処か不思議そうな顔をする。
「どうして神代君たちって龍勝の事毛嫌いするのかしら?」
「分からん。面と向かって嫌いな理由教えてくれないし。烈華は知らないのか?」
「うん。特に教えて貰った事ないわね。今まで龍勝が私達に関わった事ないのに。初めて会った人間を直ぐ嫌う様な人達じゃないんだけど」
「本能で嫌ってるってことじゃないのか?」
「どうだろ」
「あっ、着いたぜ」
着いた場所は昨日とはまた違う、祭壇の様な場所。変わらず奥には宝石や金等の装飾がなされている。まさに絢爛の二文字が合う像。人魔神という存在が如何に如何に信仰されているかがよく分かる光景だ。そしてその像の前にある机には何枚もの銀色の板が置いてあった。
「うむ、時間前に来るとは尊敬しますぞ勇者方」
俺達を呼んだ張本人であるアルベールが居た。昨日と変わらない服装で待ち構えていたであろう彼は恍惚とした表情で人魔神が呼んだ勇者を見やる。
アルベールのおっさんは昨日から着替えてないのだろうか。表情も相俟って少し気持ち悪い。余り近づきたくないものである。
「呼び出しってなんだよアルベールのおっさん」
俺達の後に続いてぞろぞろとクラスメイト達が集まって来る。開口一番に聞く生徒が居たが件のアルベールは微笑んだままで質問のは答えない。呼び出しの理由は正直言って想像がつかない。ここは地球ではなく異世界である惑星のルナポロ。アルベールは俺達に皇魔と戦ってもらうと言っていたが具体的な内容が分からない。
そもそも俺が知っている皇魔は現状、強固な鎧を着、魔物が生きていられない程の魔力、魔素を体内から空気中に出す、文字通りの天敵。地球人である俺は現状、通常の濃度かは分からないが魔素があっても普通に生きていられる。だからと言って高濃度の魔素の中に居て生きていられる保障はどこにもない。
検証しようにも、自らやろうとはだれも思わない。戦争を始めるにしてもクラスメイトの連中は理解しているのだろうか。
それに言い出しっぺの神代達は人魔、皇魔の放つ魔素は猛毒に等しい。というか彼等が地球に来る前のルナポロの時代が知りたい。いや、アルベールが説明している時に特に驚いた様な様子は見えなかった。何かしらの対抗手段を持っているのか?
「皆様は戦争参加を決意為されました。ですが皆様も自分が戦えるかどうか図り得ないでしょう」
アルベールは持っていた錫杖の下端を小気味良く叩く。その音を機に複数あるの一枚の銀色の板が宙を浮き、アルベールの左手に引き寄せられる。銀色の居たを手に取りアルベールに手渡す。アルベールは手に取ったそれを俺達に見せる様に掲げた。
すると白色に発光し、鈍く輝いていた板は美しい純白のプレートに変わっていた。同時にプレートの面に何かが刻まれる。
「御覧なさったでしょうか。忘れている方もいるでしょうがこの『プロパティプレート』は手にした個人の能力が数値となって刻まれます」
数値?
「皆様は人魔神様が呼び戻してくださった人魔の勇者。本来ならば緻密な検査を行って初めて刻まれる物ですが手に取らなくとも恐らく既に能力が記されている事でしょう。そしてそこには別の宇宙、別の次元を経て手に入った強固な体、もっと言えば高濃度の魔素に対する抗体がある筈です」
高濃度の魔素に対する抗体?何を言っているんだこの男は。まるで俺達が元々ルナポロに居た存在みたいに言っているじゃないか。可笑しい。如何にも可笑しい。この男と俺の認識がズレている様な…………。それに地球に居た事でどうして元々無かった魔素、高濃度の魔素に対応出来る肉体が手に入るんだ。
別の宇宙、別の次元、魔素…………。これらについて情報が少な過ぎる。魔素ですら深く知らないというのに。宇宙、次元、人間の手に余る物ばかりじゃないか。この人界の文明や技術がどれだけ手を伸ばしているのか分からない。俺が聞いたのは戦争の事のみ、規模は言葉だけじゃ分からない。
「今から一人一枚、プロパティプレートを渡すので自らの勇者である確固たる証を見せて下さい」
再び錫杖の下端で床を叩き、全てのプレートが宙に舞う。海の中を泳ぐ魚の様に動き、プレートは一人一人の手に渡る。各々が手に取った瞬間、プレートはアルベールが見せた光景と同じ、けれども違う光を放つ。烈華は飛んできたプレートを興味なさそうに握り、赤と白の混色に発光した。
無論、俺の手にもそのプレートはやってくる。
プロパティプレート、見て聞いたところ個人の能力が反映されると言っていたが如何にも疑問が絶えない。百歩譲ってそこにある数値がどれだけの能力を意味するかは無視するとして、どうして測ってもいない能力が勝手に表情される?
そういうものだ、と言われてしまったならそこまでだが、アルベールは言った。
────手に取らなくとも恐らく既に能力が記されている事でしょう。
手に取らなくとも既に記されている。本来ならば緻密な検査を行って初めて刻まれる物。やっぱり何か可笑しい。
兎に角俺の能力は、とプレートに刻まれてるであろう数値を見やる。
「何だ…………これ?」
「どうしたの龍勝?」
俺の反応に烈華が側に駆け寄ってくる。俺自身訳も分からなかったので特にプレートに可笑しな感じはなさそうな烈華に見せる。
「?何これちょっとしか書かれてないじゃない。称号…………はう~んこんな文字私は読めないわ」
そう俺のプロパティプレートには横一行しか刻まれていないのだ。しかも何て書かれてあるか分からないと来た。自分の数値が刻まれると言っていたがそんな事を無かった。試しに彼女のプレートを見せてもらうが、その面には俺と正反対の様にプレート内ギッシリに文字の様な物が刻まれていた。確かに数字っぽい物もあるが基本的にはどれも読めない。話す言語は同じだが文字までは違うらしい。ん?烈華は俺のプレートを見て『称号』と言っていた。
「なぁ烈華。もしかいしてここに書かれている文字?
?が読めるのか?」
「うん。ちょっとあやふやだけど読めるわ。そう言う龍勝は読めないの?」
彼女の言葉に素直に頷く。烈華は私が元々この星出身だからかしらと言っていたが。どうなのだろうか。そう思案していると俺達同様プレートを手に取ったクラスメイトが声を上げていた。
「魔力1056?高いのか低いのかわからねぇ」
「俊敏1273?確かに私陸上部だけど」
他の人間にはキッチリと数値が書かれているみたいだ。それに刻まれている文字の様な物が読めている。
「俺の頭が可笑しいのか?」
「それは私にも分からないわ。それにこんな数値見せられても実感なんて湧かないし」
そう言って烈華はプレートなんてどうでもいいように片手でプラプラと振り回す。記憶が無いとは言え当の勇者がこんなのだから気にしなくてもいいのだろうか。うん気にした所でこんなのはどうでもいい事だ。ドラゴンはこんな小さな事は気にしない。
皆の反応を見て再びアルベールから声がかかる。今度は何についての説明だろうか。
「各数値が表示される他、自分に相応しい称号があるはずです。皆様であれば『勇者』と言ったところでしょうか。最終的に何になるかは自分次第ですがそこにある称号になった時、勇者様方は大きくその能力を伸ばすはずです。最も勇者様方ならとうに最高の位に達しているでしょう」
称号…………。称号が勇者…………剣士とか魔術師とかの事を指すのだろうか。
「では一人一人プレートに記されている物を確認しましょうか」
「ちょっと待ってください!」
こう言うのは一番良く分かっているであろう人物に聞くのが早いだろう。そう思って俺はこれからプレートを確認しようとするアルベールの声を遮っててを上げる。そんな俺に対してアルベールは訝しげな目で俺を見る。と、同時に自然と他の人間からも視線が集まる。皆分からなくてソワソワしていたが誰かが質問したことによってそれは止まる。
「俺のプロパティプレートだけ何故か数値だかなんかが書かれていないんですけどー」
「ほうほうプロパティプレートに限ってそんな事は無い筈なのですが…………どれ見せてみて下さい」
俺はアルベールに自分のプレートを手渡し、その異常さを確認して貰う。机を見たところもう残りのプレートはなさそうだが、新しいのは貰えるのだろうか。もしくは上書きするとか。
プレートを受け取ったアルベールはまじまじと刻まれている物を見つめ、噓だと小さく呟く。時間が経つに連れてその表情は恐怖に怯えたような物に成り代わる。途端、物凄い剣幕で声を張り上げた。それは命令を下すようでいて、外敵を排除するかの様な怒号。
「今すぐにその者を取り抑えろ!」
その怒号の内容に俺は大きな衝撃を受ける。敵意どころか殺意すら感じさせる声は何者かを動かした。目には見えていない。けれど俺の直感が逃げろと叫んでいる。身体から発された緊急信号、叫び声にもにた心臓の鼓動がいつになく耳に響いた。
瞬間、身体は動いていた。あてどなく、逃げ場所もある筈の無い宮殿から一刻も早く逃げ出そうと鞭を打つ。けれど何もかもが遅かったのだ。この星に来てから安心なんて何処にもないのだ。此処は俺の世界ではない。
「ぐっ!」
天井から現れた鎧を着た人魔二人に床へと叩き付けられる。全身に来る衝撃と、骨を折らんとばかりに入る腕への痛み。金と銀にあしらわれた鎧の重さによって俺の意識は朦朧とし始める。鎧を着た人魔は何も言葉を発さない。ただ単に命令されたことを実行するだけの機械。鳴ってはいけない音が腕から発される中更に圧力は掛かる。
「カッ……………………!」
「ちょっと待龍勝に何やってるのよ!『白炎』!!!!」
その様子を見かねた烈華が白き炎の聖魔の名を上げる。現れると同時に荒々しい炎を噴き出す白炎。両腕から全てを灰に帰さんと業火は吐き出された。
「チッ!もういい!その首を落とせ!もう二度と繰り返してはならんのだ!!!!!!」
アルベールの言葉を聞き受けた人魔は白炎の繰り出した炎を浴びながらも命令を実行せんと携えていた両手剣を振り下ろす。白炎の高温度の炎によって鎧も剣もその形を崩し、中に見えた肌すら焼き切れていると言うのに断固として俺の元を離れない。溶けて剣です無くなった両手剣。しかしそれは俺一人を殺すのは簡単だ。
全身が焼けるように熱い。まだだ。まだこんなところで死んでいい人生じゃない!俺の人生は焼かれて、首を斬られた位で終わる様なちっぽけなもんなんかじゃない!
刀を携えて駆ける烈華。しかし人魔の狂気は振り落とされ、俺は死ぬ、筈だった。
────そうだよ、君の生はこんな詰まらない事でこんな詰まらないやり方で死んでいいような君じゃない!そんなの私が許さない。こんな身勝手な不条理になんかに君を壊させない!
何時か聞いた懐かしい様な女性の声。それが響いた瞬間、視界は、忘れた時にやって来るように、星空の世界を連れて来た。
それと同時に意識は切れた。