Ⅴ:龍ノ期待
それは決して消える事の無い繋がり。けれどその繋がりが『真っ直ぐ』とは限らない。────超龍ドラゴニックドラゴン
時刻は深夜、辛うじて残っていた充電を頼りに数字は表示される。当然何処にも連絡は着かない。こうなってしまった以上、スマホは唯の光る板になってしまった。
他に残っている物と言えば教科書や空の弁当箱に半分だけ入った水筒、ポケットティッシュやビニール袋。後は適当に持ってきた菓子パン三つ。食品以外はどれも今の所役に立ちそう物は無かった。
不安にしかならない現状に痛感している俺を他所に謎多きと言った少女は眠る。
「……すぅすぅ」
高級ベットとでも言うべきか、ふかふかな布団に身を納め静かな吐息繰り返す茶髪の少女。原理は上手く分からないが紅髪から茶髪に戻ったと言う事は『ベニガクレ』の力も消えたのだろう。多分今なら他の人間の視界にも映る筈。
「不思議なもんだな」
本当に不思議だ。一個人が持つべき力では無いだろうに。しかしこれがこの世界の常識。生物が他者を簡単に葬れる力を持っている。詰まる所、何時誰に殺されても可笑しくないのだ。
アルベールという人魔は俺達の事を勇者様方と言った以上、利用価値がある限り生かしてはくれるだろう。アイツの口から出た御伽噺の様な世界。言葉で聞くより実際にこの世界に出て見なければ、きっと、何も理解できない。
「俺は、生きていけるのか?地球に、日本に帰れるのか?」
窓を見て何となく呟く。気が付けば涙が流れていた。薄っすらと映る闇夜の世界は歪み、捻じ曲がっている。どうしようもない現実。
そんな歪んだ視界でも光を反射した月らしき衛星が真っ直ぐに見据える。
「月、そう言えばこのルナポロとかいう星は別の世界の地球みたいだな」
月を見て思う。
────別の宇宙の惑星ルナポロ。
マルチバースを信じるならば、この星は基準が違った地球なのだろう。魔素という物質に満ち溢れ、人は人魔、天魔、冥魔へと進化し獣魔もまた唯の獣から進化した筈だ。
「この世界に、ドラゴンは居るのかな?」
聖魔と妖魔、地球でいう精霊や幻獣、妖怪共言える存在。ならばドラゴンが居ても違和感は無い。むしろこんな星に飛ばされたのだから居てもらわければ困る。
「もし居たら、一目で良いから見てみたいなぁ」
もう夜遅い。普通ならば焔の様にもう寝ている時間だ。しかし日々の習慣もあってか新たな環境ではそう直ぐに眠れなかった。
そう、何時もは深夜遅く、下手すれば早朝にまで起きて創作していた。粘土なり絵なりドラゴンを作っていたのだ。ならばこんな状況だからこそ普段の習慣を行うべきかな。
そう思ってリュックからノートとペンを取り出す。
これから描くのは、別に特別な物は無い、誰しも知っている様な偉大な龍の姿。
「世界をドラゴンで埋め尽くす〜♪」
なんてこと無い口癖を呟いて描いていく。そうだ、もう俺にはこれしかない。ドラゴンを作り続けなければならないのだ。
筆が進めば進む程、星は沈み、その姿を消し水色に染め上がる。地球で言う太陽らしき恒星は昇り、人界を照らす。
「んっ……あれ、私……何を……」
「起きたの?」
何の変哲も無いドラゴンが出来上がり背景を書く頃合いには、焔も既に目が覚めていた。学校でよく見る艷やかな茶髪は泣き疲れた事もあってか今はボサボサだ。制服も皺が出来、はだけている。
「この感じ……魔素がある。それにこの部屋……」
起き上がるなり窓の外を見やる焔。彼女の目に映る景色には何が広がっているのだろうか。懐かしい故郷、それとも知らない草原。何方にしても彼女の表情は憂いている物だった。
起き上がるなり窓の外を見やる焔。彼女の目に映る景色には何が広がっているのだろうか。懐かしい故郷、それとも知らない草原。何方にしても彼女の表情は憂いている物だった。
「ま、おはよう、と言っておけば良いのか?」
「そうかもね。おはよう天野君。早速で悪いけど何で私と貴方は此処に居るの?昨日から今の事を良く覚えてないの」
あんな事があったのに覚えてないのか。まぁ人が目の前で死んでしまったし、情緒不安定になっていたから能が上手く機能していなかったのだろう。親友が死んだというのに呆けている俺が可笑しいのかな?
「大変だったぜ……ヒデは死んじまうし、ルナポロとか言う星に飛ばされるし、戦えと言われるし、神代達は訳分かんないし」
「ルナポロ……」
「お前はごめんなさいごめんなさいしか言わないし」
「私、そんな事言ってたの?」
「オマケに何故か俺とお前だけ他の人間……人魔だっけ?に視認されて無かったんだぜ」
「……紅隠ね」
大雑把に昨日の一部始終を話すと彼女は疲れたように頭に手を当てる。まぁ正直あんな濃密な一日を直ぐ様理解するなんて無理だろうよ。
てか焔もルナポロの勇者なんだったけか?
「なぁ焔、お前や神代達ってのは本当に勇者とやらなのか?」
「………そうよ。私達はこのルナポロと言う星の中の人界、そこに住む人魔達の……勇者だったそうよ」
だったそうよ……まるで誰かから聞いたみたいに言う。窓枠から手を離し、ベッドに倒れ、一息おいて話し出す。記憶に無いと言う遠い日の話を。
「地球とルナポロの時間軸が同じかどうかは分からないらしいけど確かに私や勇人達が居たルナポロからは相当時間が経ってるみたい。そんな人界で私達は人魔達の希望として勇者になったって。その時は丁度戦争の真っ最中だったらしくね……。色んな無茶をやらかしたらしいわ。何でも強大な敵に立ち向かっていったとか」
アルベール曰く、勇者が活躍していたのは人魔、天魔、冥魔の魔族同士の争いや七星の魔女との戦いだったと聞く。彼女らの立場で言えば強大な敵とは天魔神と冥魔神、魔女の事だろうか。しかし話で聞いているのならこうも固有名詞が出て来ない事があるのだろうか。天魔神や冥魔神、七星の魔女、列記とした『明確な敵』が居るというのに。星レベルの存亡を賭けたと言っても良いだろう。
彼女は神代達から詳しい話を聞いていないのか?ただ大雑把に勇者として戦ったと、それしか話していないのか?
「でも私はそんな事覚えてないの。辛うじて分かるのはずっと一緒に居た私の聖魔と妖魔、『白炎』と『紅隠』よ」
思案する俺の目の前に突如として焔の体から二つの影が現れた。一つは流線型の炎を模した白く焔と同じ大きさの人型、もう一つは全身は尖った鎧を纏い、その隙間からは何重にも重ねられた帷子が見える。背には巨大な手裏剣を背負っていた。しかし決定的に違う点は足が無い事だろう。代わりに尾の様な物が下に行く程細くなっている。
2体の人型の何かが現れると同時に焔の髪色は紅と白に変わる。
「『白炎』はまぁ名前通り。白い炎。そしてその炎を広範囲に出せる。具体的には測ってないけどこの宮殿全体には届けると思う。これが『聖魔』って奴ね」
ボウと音を立てて全身から沸騰する様に炎を湧き立たせ、円に近い形をした炎の後光を作りバシッとポーズを決める白炎。轟々に音を立てる白炎、しかし何故か次々にポーズを変え始める。格好いいポーズ、だが次第にそれは残念な物へと変わっていく。
「あー白炎はこんな感じだから気にしないで」
「おう……。知能は無くても『意志』はあるみたいだな……。その紅隠も白炎と同じく聖魔なのか?」
「ううん。紅隠はこんな見た目でしょだから妖魔にカウントされるみたい。紅隠の能力は、もう分かってると思うけど周りから存在を隠す能力よ。姿形、匂い、音、全てを消す能力。まぁ但し紅色を含む物限定だけどね」
なるほど原理は分からんがやはり紅隠の能力とやらで俺と焔は他人から認識されなかったのだろう。
活発に動く白炎とは対象的に紅隠は一秒たりとも動かない。目と見える部分から出る視線はずっと俺を見ていた。しかし不思議な物だ。魔素が無ければ成立しないであろう魔物の焔達がどうして地球で動けるのか。そう思った俺は彼女らに聞いてみることにした。
「なぁ何でお前等は魔素も無しに生きてるんだ?魔物は魔素がなきゃ死ぬんだろ?」
「─────此処から地球に送られたのが私達だけじゃ無いって事」
「?」
意味が分からない俺に対して、焔は体を起こし方膝を曲げ、首を傾ける。私達だけじゃない、それが意味する事は何だろうか。
脳裏に過ぎるのは紛うこと無き友を殺した化物。
「魔素や獣魔と一緒に私達は地球に飛ばされたそうよ。私達地球に来たのは確かに3年前位かしらね」
「獣魔と一緒に……ヒデを殺したのはその獣魔なのか?」
「アタリ。雲寺英樹は獣魔に喰われて死んだわ。残念な事にね」
「何で獣魔は人間を喰うんだよ」
「ルナポロから流れた魔素は満足出来る程無かった。だから供給源として減り続ける微量の魔素と地球で最も効率の良かった資源である人間を食べる、って彼奴等は言ってたけどね」
「人間は獣魔にとっての餌か……」
見える筈の無い真実を知り、進んでいた筆は止まってしまう。ヒデが喰われたのは足りない魔素の代わりとして喰われ、他の死んだ人間も同様。弱肉強食、それが獣魔の生きる世界。見えない所からやってくる怪物……。
見えない所?
そうだ。焔や獣魔が居たのは白黒の世界。しかし人の目には決して映らず、その姿は現れなかった。なら何だあの世界は。どういう仕組みに成ってるんだ?
「白黒の世界が気になる?」
俺の思考を完璧に読んだ焔は真剣な表情で視線を向ける。彼女らが居られる白黒の世界。焔、白炎、紅隠、獣魔、それら全てに共通するのは魔素。焔を除けば白黒の世界でのみ姿が見える者
「白黒の世界……。それは魔素で編まれて出来た、地球から外れた世界。それを彼等は魔界と呼んだ」
「魔界……」
「人魔や獣魔と違って本来、完全に地球には存在し得ない物質は認識出来ない世界に押し替えられた。魔素には居場所が無かったから。だから地球という世界からは外され、色褪せた白黒の世界、魔界が誕生したそうよ」
「そして其処に居る事が出来るのは魔素を取り込む異物だけか?」
「そう。私達人魔は地球に居た人間とは違った進化を辿った。多分ベース自体は同じだから地球にも魔界にも居られた。地球の規格にあった獣魔は地球にも居られる」
「じゃああの獣魔は?魔界でしか姿を現さなかったけど」
「あの獣魔は地球の規格から外れちゃったんだと思う。聖魔や妖魔みたいな地球の規格に合わない物は絶対に魔界に縛られるそうよ」
「何だか難しい話だな」
「私も聞いて頭がこんがらがったわ。そんな外れた世界とか地球の規格だとか」
「なぁ初めて俺がその魔界に入った時、焔は獣魔と戦ってたけどあれが初めてだったのか?」
「違うわ。3年前からよ。戦い始めたのは。最初は戦うなんて無理だった。でも貴方の友人が死んだみたいに、地球から魔界に干渉出来なくても、害である魔界は地球に干渉出来たの」
戦いの話を区切りに焔は遠い目をして、またベッドに寝そべった。3年、短い様で長い物だ。彼女は3年間、あの化物と戦い続けた。だが何故だ?彼女に戦う理由なんて無いだろう。過去の自分に興味や未練がある訳でも無く、死にかけたり戦うのが好きという人間には見えなかった。
話を聞くに神代達も戦えない、なんて事は無かった筈だ。勇者なんて大層な事を言われているのだから平気で人を殺す獣魔を放ってはおかないだろう。それに記憶の無い仲間を無理に戦わせる事も無いと思う。
────ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
呪う様に何度も同じ言葉を繰り返す彼女の姿が浮かんだ。自分で言っている様に彼女にはその事の記憶にないみたいだが。しかし言葉の意味が分からない。このルナポロに来た時、彼女が真っ先に言い放った言葉。恐らくヒデを助けられなかった事に自責の念を感じている風に見えた。けれど今の彼女にはそう言った雰囲気は見受けられなかった。あれだけ泣いていたのに、焔にその記憶は無い。。今さっき地球に来た時から記憶を失っていると聞いたが、脳にある記憶を保管する場所がいかれたのか?だから今の脳の状態で強いショックを受け、以前の記憶が思い出したとか。今の情報だけで仮説を立てるのならそうなる。そして、そうだと仮定するならば、さっきの彼女は
「この意味が分かる?」
俺の考えは焔の言葉に遮られる。…………まぁ今は彼女の考察よりも世界の原理、地球とルナポロ、魔素の関わりについてだ。焔の過去は今考えることじゃない。
「その獣魔は魔界から地球に干渉、つまり」
「人を殺せる。そして」
「獣魔は一匹だけじゃなくてたくさんいて、その数だけ死者が出た…………そうでしょ?」
「当たり。その事実を知って神代勇人達は戦いの中に身を投じた。限り少ない魔力で。当然、獣魔と同じく魔素が足りなくて長続きはしなかったの。残っていたのは自分達が生き残れる分だけ。人を助けるために人を喰らう、なんて本末転倒だからね。それ以前に、自分達と似た姿の種族なんて食べたくなかっただろうし」
焔は憂いた表情で何処か遠くを見つめる。人を助ける為に人を喰らう、か。確かに神代達じゃ出来そうにない。獣魔は人を食べてエネルギーを蓄えが、一方はもうエネルギーは少ない。不利も不利だな。個人個人の能力が良く分からない以上何とも言えないが。最近神隠しがあると風の噂で聞いた事がある。見えない所から来るんじゃあ神隠しと言われても可笑しくない。
「さっきも言った通り私は戦わなかったわ。怖かったし、どうすればいいのかも分からなかったし」
「でも戦ったんだろ?」
「ええ、私は戦ったわ。白炎と紅隠に残ってた魔力を使って。何故戦ったのか自分でも分からないの。でもいざ人が殺されそうだとわかると体が震えるの。戦って自分が死ぬより、それを怖がるみたいに。その時は神代勇人達は言ってたの。漸く私が帰って来たってね。訳分かんないわよ」
「そのなんだ。お疲れ様、ありがとうって言っとけば言いか?」
「ん、ありがと」
そう言うとうずくまる焔。『漸く私が帰って来た』か。彼女自身、この話をしていて自分が分からなくなったのだろう。自分とは何か。記憶が無い彼女にとっては尚更に不安と恐怖になったはずだ。思えば普段学校生活で焔が猫を被る、演技しているように見えたのもそれが原因なのかもしれない。彼女は今まで『神代勇人達が望む焔烈華』をやっていたのだ。頼れる人間は彼等以外いないうえ、自分という形が不確かな以上、彼女はそれにならざるを得なかった。無意識の内に操り人形へとなるように。
「なんかちょっぴりだけど少しだけスッキリした」
「そ。なぁ俺と話してる時の焔って学校の時と口調違うだろ?」
「そーだけど。素は多分今みたいな私だと思う」
「赤の他人が言うのもなんだけど、今の口調で過ごした方がいいぜ」
「…………」
焔はうずくまっていた顔を上げ、髪を弄り始める。俺の言う事を受けて考えているのだろう。自分の意志で、これからを決めているのだろう。操り人形である焔烈華か、自分の意志で生きる意味と喜びを見い出す事の出来る焔烈華かを。
「いいわねそれ。ある意味では良かったのかも。私が此処にきたのは。丁度良い機会よ。私は別に貴方達の知る焔烈華じゃないって」
「いいじゃないか!俺はそんな焔烈華が好きだぜ」
「ふふふ。あ」
「どうした?」
「天野君、さっき赤の他人って言ってたけど訂正して」
「何を?何も間違っちゃいないけど」
「そーいう所は子供なのね」
「?」
彼女の言う言葉の意味が分からない俺に対して焔は頭を抱える。うーんと鵜ねっているが今彼女が何を考えているのかさっぱりだ。俺の提案に不満でもあったのか?赤の他人を訂正しろと言ったがどう訂正すれば良いんだよ。結論を出したのか、焔はストレートに言った方が良いかと、俺に手を差し伸べる。
「今日から赤の他人じゃなくて友人。天野君、私とさせていただきます。ううん龍勝君、私と友達になって」
何でもない事に俺は口を開けてしまう。間をおいて俺は差し伸べられた手を握った。
「こちらこそよろしく烈華」
「ふふ焔烈華の初めての友人。光栄に思いなさい!」
「それはありがたいこった」
そう言って心の底から笑う彼女はとても美しい。気持ちの良い笑顔を浮かべた焔。彼女は自身の人生を自分の意志で決めたのだ。それはとても素晴らしい、紛れもない『焔烈華』という人間の形だった。