九十六話 いつか
「……そう言えばこの場所は何なんだ? それにここへ一瞬で移動したあれは一体……」
ゼノは恐る恐る、それをアリス・ガルシア達に聞く。
「そ、それは……」
アリス・ガルシアは、ゼノに他の奴らに気付かれない様に、自分に視線を送ってくる。
……話していいのか問うているのか?
確かにその話は、いくらゼノでもまだ話せない……。
だが、それを問うと言う事は、こいつはあれを知っている……。
「? どうした、答えられないのか?」
「い、いえ、そう言う訳では……」
自分が考え込んでいる間にも、アリス・ガルシアは黙っていた。
そのせいでゼノの不信感が強まる。
仕方ない、ここは……。
「それは自分が話そう。あくまで予想だが。合っていれば頷け、良いな?」
遠回しに、話を合わせろ、そう伝える。
「あ、はいなのです!」
「ん……?」
ゼノの不信感は拭えなかったが、話を続けよう。
「先ず、自分達がここへ来た手段だが、あれも魔法だ」
「魔法? しかし、あんな魔法は……いや愚問か。あんたも使える普通では使えない魔法、とか言うやつか?」
「そうだ。ルカ」
ゼノからルカへと視線を移す。
「何だ?」
「あの時、掲げていた金の腕輪を出せ」
「ああ、これの事か?」
ルカは、金の腕輪を取り出す。
「それだ……それで」
今度は、ゼノの方へと視線を戻す。
「その金の腕輪を使って、魔法を使ったんだろう。それは恐らく、人工遺物に分類される物だ。こいつが作ったな」
アリス・ガルシアを指さす。
「その通りなのです。通常では使用出来ない魔法でも、それを用いる事で、普通の魔法と同じ様に軽々と使えるのです。ちなみに私はその腕輪を、魔術師の腕輪と呼んでいるのです」
アリス・ガルシアはすらすらと、腕輪の説明を終えた。
こいつの反応からして、どうやら合っていた様だ。
「その何の変哲も無い腕輪で……そう言えば、ここに移動する前、詠唱の様な事を言っていた……確か、『あの地へ導け、メタスタシス』だった、筈だ」
「それが、ここへ移動する時に用いられた魔法の詠唱だ。それは転移魔法と言って予め移動する場所と、移動先に魔法陣を設置して発動する魔法だ。どれだけ離れていても、一瞬でその場所に移動する事が出来る。簡単に言えば、空間魔法の強化バージョンだ」
「ああ、成程……大体理解した……それじゃ、この場所は?」
それが問題だ。どう説明するべきか……。
「えっと、そこからは、私が説明しても良いですか?」
自分が考え込んでいる間に、アリス・ガルシアがそう言った。
「ちょっと、ここからはややこしいので……」
私に任せろ、そう自分に伝えようとしているのだろう。
少し不安だが、ここは任せよう。先程の様子から、下手な事は言わないと思う。
「分かった。成る可く、解り易く説明しろ」
「はいなのです。単刀直入に言うと、ここは皆さんが暮らしている場所とは、別の場所なのです!」
「……は?」
……そう来たか……。
「べ、別の場所??」
「あ、あれ、解り難いですか?」
当たり前だ。
くそ、解り易くと言った筈なんだが……。
「あ、ああ、いまいち、理解が……」
「え、ええ!?」
……そもそも、核心に触れずに、解り易くと言ったのが、難しかったか。
「じゃ、じゃあ、えっと――」
……はぁ、見ていられない。
「成程な、この場所はそう言う事か。良いか、一階建ての家を想像しろ」
アリス・ガルシアの言葉を遮って、自分で説明を始める。
「わ、分かった……」
「その家の一階が、自分やお前が住んでいる場所、つまりアヴァルタ大陸だ」
「ほうほう……」
「そして、その二階が、今自分達が居る場所だ」
「……ん? その家は一階建ての筈だろ? 屋根の上と言う事か?」
「いや、ちゃんとした二階の室内だ。存在はしている。だが、一階のアヴァルタ大陸では無い、切り離された場所だ。普通に階段を上がっては、そこへは辿り着けない」
「……隠し部屋、みたいな物か?」
中々筋が良い。
「そのイメージで間違っていない。ここは一階のアヴァルタ大陸とは、別の場所……いや、別次元と言って良い。そこに無理矢理、存在しない二階、この場所を作ったんだ。一階のアヴァルタ大陸の上に。方法は分からないが、どうせ人工遺物の力なんだろう?」
「は、はいなのです」
アリス・ガルシアは大人しく頷く。
「……成程、正に隠し部屋だ。つまりこの場所は、一階と屋根の間に位置する、普通は存在しない空間なんだな?」
「ああ、そうだ」
ここは、アヴァルタ大陸とは別次元、普通に歩いては辿り着けない場所だ。
だから、魔法を使っての移動が必須になる。
「凄いな、そんな事が出来るなんて」
「た、大した事じゃ無いのです。それより、アグレさんの説明、上手だったのです」
褒められる事では無い気がするが。
「お前の説明が下手なだけだ」
「確かに、そいつの説明の下手さで、多少は引き立てられているが、それを抜きにしても、中々の物だったぞ、アグレ」
「あんたは謙遜し過ぎだ。少しは誇ってもいいだろ」
ステラとゼノがそう言ってくれる。
「ふ、7年前から変わらないな。頭が良いのは」
「そうだね……思い出すね。私とお兄ちゃんが、お店の売上金を落とした時の事。アグレさんが見つけてくれたんだよね」
まだそんな事覚えているのか。
「……懐かしいな……俺も思い出すよ、あの楽しかった日々の事を」
「うん……あの頃に戻りたいね……」
ルカ……クラリッサ……。
「……すみません……私のせいで……謝っても償いきれないのです……」
「あんた達はまだ戻れるじゃないか」
「えっ……?」
自分達を一喝する様に、ゼノがそう言った。
「確かに、完全にとはいかない。でも、あんた達は生きてるだろ、今こうして。そのラルフって奴も。じゃあまたいつか会って、こうやって昔話でも何でもやりゃいい。生きてさえ居れば、何時だって会えるんだ。そうだろ?」
「あ……」
「ふむ……重い言葉だな。だが、希望を見い出せる良い言葉でもある」
「いや……ただ、無責任な言葉だ。忘れてくれ」
……いや、ゼノの言う通りだ。
生きているんだ、こうやって。自分達は。
先ずは、踏み出そう、一歩を。
「会おう、またあの四人で。昔の様に」
「今直ぐには難しいな……だが」
「はい、いつか必ず」
自分達は誓い合う。あの四人で会おうと。
「――あの、そろそろ、お茶を置かして貰っても……」
そう声が聞こえた方を見ると、そこにはティーセットが乗っているトレイを持った、ティアが立っていた。
「ああ、問題無い。好きに置きたまえ」
「ごめんなさい、話の邪魔をしてしまって……何か雰囲気的に、入りずらくて……」
ティアは気まずそうにカップを机に並べ、ポットから紅茶を注いでいく。
「――そう言えば、まだ説明が済んで無かったな」
ステラはルカを睨む。
「貴様、こんな年端もいかぬ娘を誘拐した訳を説明してもらおうか」
お前もそんなに歳は変わらないだろう……ここでそんな事を言う勇気は持ち合わせていない。
「ち、違うんです! 別に私は誘拐された訳じゃ無いんです!」
ティアはルカよりも先に、必死に否定する。
「む、そうなのか?」
「はぁ……だから、最後まで話は聞けって言ったわよね? その子は何かアリスを探していたらしいのよ」
「そうです! ある人に王国に凄腕の錬金術師が居るって聞いて、王国に来たんです。でも半月探しても見つからなくて……」
「そんな時だ、俺達がこいつを王都で見つけたのは。散々探した挙句、見つからなくて、最終的に情報が集まりそうな王国で一番大きいこの街に来たらしい。こいつは片っ端に、錬金術師の情報を聞き回っていた。だが、それは俺達からしたら、大迷惑だ。アリスと俺達は創世の騎士団の協力を断り、ここに隠れ住んでいる」
創世の騎士団には、まだこの場所は割れてないのか。
「下手に騒がれて、この場所を知られては困る。だから、半強制的に連れてきたんだ」
「――ならば、誘拐した事に変わらんだろう!」
「違うわよ。半強制的に、よ?」
「どっちも同じ事だ!」
確かにティアの方から近付いたのは間違いないが、誘拐した事実は変わらない……。
「ま、まぁまぁ、本人は気にしていない様だし、あまり突っ込みすぎると余計なお節介になる。これは抑えたらどうだ?」
ゼノがステラを落ち着かせる様にそう言った。
「……ふん、そう言う事にしておいてやる。但し、二度とこう言う事はするな。人以外の盗みについてもだ!」
「ふ、当たり前だ。こっちも成る可く目立たずに行動したい」
そこで、言い争いは終わった。
「……ふぅ、何とかなったか」
「妙に簡単に、引き下がるんだな。先程の剣幕とは大違いだ」
「……少し、同情の念があるのかもしれんな。お前達に」
ステラは表情を隠す様に、カップに口を付ける。
「雷帝と呼ばれるステラ卿は見た目通り、素直では無い様だ」
「黙れ、盗人」
「ふ……」
ルカもカップに注がれた紅茶を飲む。
……それにしても、ティアに、錬金術師の話をした奴の事が気になるな……。
自分達パンドラの箱でさえ、その情報は入手していなかった。
ましてや錬金術師なんて廃れた職業。態々、そんな情報を持っているか……?
自分の勘では、そいつは只者では無さそうだ……。




