九十三話 賢者の石
二人は七年間の事を語り始める。
「……さて、何処から話そうか……そうだな、アグレ、お前が失踪した日の事から話そう。お前が失踪してから、もちろん俺とクラリッサはお前を探し回った。村中から、お前がよく行っていたエメヤ村まで。結果は知っての通り、見つからなかった。このまま二人は見つからないんじゃないか、そう思いながら、毎日を過していた。そんなある日、俺達はある疑惑を持った。もしかしたら、二人の失踪の原因はアリスにあるんじゃないかと」
「……1度、お兄ちゃんと、事件を振り返ってみようって話になったんです。それで、思い出しました、ラルフ君は教会に向かった後、失踪した事を。でも、その事をアリスさんに聞いたら、ラルフ君は教会に来ていないと、そう答えたんです。ここで、私達はこう考えました、どちらかが嘘をついている……」
「ラルフには、嘘をつく理由が無い。ただ単に、教会に居る、アグレに会いに行くだけなんだからな。そんな単純な考えで、俺達はアリスが嘘をついていると仮定した。そう考えると、二人の失踪について、辻褄がいく答えが導き出せる。アリスが二人を教会に監禁しているとな。ラルフは教会を訪ねた時に攫われ、アグレは、教会に居る間に攫われた……その答えに至った俺達は、居ても立ってもいられなくなり、教会へと忍び込み、二人を探す事にした……それがあの日の、爆発が起こる直後だ」
じゃあ、二人は爆心地の間近に居て、生き残った、と……。
「ふ、どうやって、俺達が生き残ったか、そう聞きたいんだろう、アグレ」
ルカは考えを読んだかの様に言った。
自分は小さく「ああ」と返す。
「……あの日、俺達が生き残ったのは、偶然だった。アグレ、教会の二階、鍵が掛かった部屋は知っているか?」
二階の鍵の掛かった部屋……ああ、確かにあった。
「ああ、知っている。知ってはいるが、入った事はない。そこの奴に、近寄るなと言われていたからな」
「ふ、やはりな。あんな物があるんだ、そりゃあ、人払いもしたくなる。なぁ、アリス?」
アリスは顔を伏せたまま、黙っている。
「アリス、見せてやれ」
「……分かったのです……」
アリスは、魔法アイテムボックスを使い、手のひらサイズの赤い石を机の上に取り出す。
「赤い石? これは一体――」
「触っちゃ駄目なのです!」
ゼノがその石を触ろうとした時、それをアリスが声を荒らげて止めた。
「き、危険な物なのか……?」
「そうなのです! だから触れないでください!」
「わ、分かった。それで、この石は?」
「……この石は賢者の石と言って、一応、人工遺物に分類される筈なのです」
「一応? 何だか、歯切れの悪い答えだな……」
……まさか。
「おい、まさかこれ、作ったのか。お前が」
「あ! それもアリスさんが作ったんですね。アリスさん、他にも人工遺物を作ってらっしゃるんです」
ティアはそれが普通と言う口調で答える。
「い、いや、今の技術では、到底再現出来ない……そうだよな、アグレ?」
「そうだな、普通は無理だ」
ああ、普通は有り得ない事だ。
「だが、例外はある。その技術を知っていればな」
「ぎ、技術を知っている人間なんて……そんな人間……」
「……居るな、そういう奴らが」
どうやら、ステラは気付いた様だ。
「――もしかして、さっき言っていた、創世の騎士団、か?」
ゼノがそれを口にする。
「そうだ。奴らならその技術を持っている」
「その技術を持っているって……一体何なんだ? 創世の騎士とは?」
「創世の騎士団は簡単に言えば、ある組織だ。ただ、何時出来たか、何が目的で存在しているのかは分からない」
「……つまり、分からないと言う事か?」
まぁ、ざっくり言えばそうだな。
「だが放っては置けない。その創世の騎士団の者が二度も事件を起こしているんだからな」
「二度? 一度目は分かるが……」
「……あの子の事ですね?」
アリスの言葉に頷く。
「あの子?」
「帝国のカレン・フォン・デルヴィーニュの事件、覚えているか?」
「? ああ、あんたとそこの人形も戦っていた事件だろ?」
「その事件を引き起こしたラグナロクの使徒の、鎌を持った……えーと、何て言ったっけ?」
「サリルだ」
「そう、そのサリルって奴が、どうやら創世の騎士団の構成員らしいのよ」
「サリル……鎌を持った……もしかして、彼女を殺害した奴か!? あいつが創世の騎士団なのか!?」
「そうだ。だから、創世の騎士団はテロリストに協力していると言う事になる。だから、自分達は創世の騎士団も追っている」
「そうか……確かに、人工遺物をつくれる技術を持った奴らが居るなんて、公に出来ないもんな……」
創世の騎士団……何れにしても、放っては置けない。
アリスから何とかして、話を聞き出せない物か……。
「……それでアリス。この賢者の石とやらは、どう言う力があるのだ?」
「……この石は、触れた物の願いも叶える力があるのです」
「例えば、どう言う願いだ? お前はさっき、錬金術関連の人工遺物と言っていたが……」
「どう言う願いか、ですね? それはどんな願いも叶えられるのです。例えば、お腹が空いたから何か食べたいと願えば、食べ物が。お金が欲しいと願えば、お金が。もっと壮大な願いでも叶える事は可能なのです」
……どんな願いでも、か……。
「……なら、人体の構造を書き換える、その様な事は出来るのか? 例えば、姿を変える不死身になる、とか」
「不死身って、一生死なないって事ですよね? 流石にそれは無理じゃ――」
「可能なのです」
ティアの言葉がバッサリと切られる。
「え?」
「可能なのです。不死身でも、何でも」
その迷いが無い答えに、自分達は黙り込んでしまう。
アリス・ガルシアの言っている事は本当なのだろう。
「……何故、そこまで確信を持って言えるのだ?」
ステラがアリス・ガルシアに聞く。
「それは――私がそれを願ったからなのです。不老不死を」
「な、何だと!? そんなデタラメな事――」
「本当だ。こいつの言っている事は。本当に不老不死なんだろう。その証拠に七年前から、一向に姿が変わっていない」
「そ、そうなのか?」
「ああ」
髪の長さ等の些細な変化はあるが、身長、容姿、声、等多大な部分の変化は無い。
「なるほど、身体的な成長が止まるのも、不死身の影響か……私だったら御免だな、そんな体は」
「ああ、俺もだ……しかし、そうなると、そいつが不死身なったのは、子供の時と言う事なるが……一体、不死身になってから、どれくらい経ったんだ?」
「……三十年なのです。もうずっと、この姿のままなのです」
三十年……。
「……六歳の頃なのです。私があの人から、人工遺物を作成する方法を学んだのは……」
「あの人? 誰だ、そいつは?」
「創世の騎士団、序列|一位、魔術師、トリスメギス・アニマ、なのです」
魔術師、トリスメギス・アニマ……そいつも創世の騎士団……。
「アグレさん、貴方も知っている人なのです」
自分も?
……まさか、あの時の……。
「あの時、あの研究室に、お前と一緒にいた奴か? 黒ローブに身を包んだ」
「はいです。その人なのです。……私は四歳の頃、錬金術の才に目覚めたのです。それからは、ずっと部屋に籠って、錬金術に熱中していたのです。そんな時です。私が六歳の頃、その人が、私の前に突然現れ、『幼きして、その知恵。素晴らしい。どうだ、我々と新たな世界へ、踏み出そうではないか』と、手を差し伸べられました。きっと、錬金術の腕を見込まれ、私の元に来たんだと思うのです。そして、私はその手を取り、人の道を外れたのです。結果九歳の頃、賢者の石を作り上げ――」
不死身の体、にか……。
「ならお前は、その時から創世の騎士団と繋がりがあった訳か」
「その時はもう、私は序列五位のアリス・ガルシアでした。賢者の石を作った功績を認められてなのです」
「じゃあ、そんなお前がどうやって、パンドラの箱に入ったか、教えて貰おうか」
「……それは、一つの事件がきっかけなのです……三十年前、ある夫婦が変死を遂げた事件……その事件が」
三十年前……まさか……。
それに気付いたのは、自分だけでは無かった。
ここに居る各々も、気付た様な反応を見せていた。
「そうなのです。その夫婦は、私の両親……私が殺したのです。賢者の石を使って」
「け、賢者の石で、両親が死ぬ様に願ったって言うのか!?」
ゼノが机を叩く。
「違うのです……賢者の石の直接的な効果では無いのです……賢者の石は確かに、触れた者のどんな願いも叶える事が出来るのです。しかし、何も代償も無しと言う訳にはいきません。願いを叶えるには、それと同じ価値の物が必要なのです……」
「……ふむ、話が見えてきたな。つまり、貴様は二人の命と引き換えに、不死身の体を手に入れたと」
アリス・ガルシアは小さく頷く。
「外道だな、あんた。自分の利益の為に親を殺すなんて」
「…………私だって……私だって、そんな事はしたくは無かったのです……賢者の石はどうやら、願い主の大事な物から同等の価値がある物を犠牲にするのです。その人の意思関係無く……それが分かっていたら、私は、好奇心なんかで不死身を望んだりはしなかったのです!!」
アリス・ガルシアが一粒涙を流す。
「……すみません、私に泣く資格等、無いのです……」
直ぐに、涙を白衣の袖で拭いてそう言う。
……その事件でエレナの目に触れ、紆余曲折あった結果、パンドラの箱の一員になったと言う訳か……。




