九十二話 アグレ・サリヴァンの過去 三
自分のラリデルク村での生活が始まった。
アリス・ガルシアはあの日までは、本当に良くしてくれた。
もちろん村の人々も。
この頃からアリス・ガルシアは錬金術の研究をしており、それを度々手伝っていた。
冒険者としての活動はと言うと、村の生活が始まっても依頼を受け続けていた。
この村にはギルドが無かったので、隣のイーハ村を跨いだ先にあるエメヤ村まで出向いて、そこの冒険者ギルドで依頼を受けていた。
錬金術の手伝いをしながら、エメヤ村でギルドの依頼をこなす、そんな忙しい生活にも慣れてきた頃……村に住み始めて一ヶ月くらいだったか。
ある日、アリス・ガルシアに食材を買ってきて欲しいと頼まれ、自分は村の市場へと出掛けた。
そこで自分はルカとクラリッサに出会った。
二人は、この村の青果店の子供で、頻繁に店番を任されていた。
その日も二人は店番をしていて、自分がその店へと買いに行った。
『ん? あんた、確か最近村に来た人じゃないか?』
そうルカが言い放った何気ない言葉が、自分と二人の関係の始まりだった。
それに次いで、その時はまだ不自由の無い体を持っていたクラリッサが『確か、教会に住んでいるんですよね?』と聞いてきたので、そうだ、と答えた。
その日は、そんな簡単な立ち話だけで終わった。
だが、後日、ルカとクラリッサの二人が教会を訪ねてきた。
クラリッサが自分が村に馴染めてないのではないかと言い出し、自分に会いに来たらしい。
村の人達は良くしてくれてはいるが、馴染めていると言われたら、微妙だった。
その話をしたらルカが。
『俺達と一緒に遊んでくれよ。村に歳の近い奴がもう一人しか居なくてさ。時間があればでいいから』
と、気を利かせて言ってくれた。
特に断る理由もなかったので、快く受け入れた。
それからは、時間があれば二人と会う様になった。
少しだらしないルカと、しっかり者のクラリッサ。その二人と。
歳がそれなりに近いと言う事もあり、二人とは直ぐに仲良くなれた。
数日後、二人にある子を紹介された。
それは当時、五歳の少年。ルカが言っていた、もう一人の歳の近い子供、その子だった。
名前はラルフ・ハワード。心気充実な少年だった。
誰彼構わず、積極的に仲良くなろうと接してくる性格。自分も例外では無かった。
特徴的なのは、彼の顔にある火傷の痕。三歳の頃、台所で遊んでいて、誤って熱湯を被った時に出来た痕だと言う。
ルカ、クラリッサ、自分。それにラルフを加えて良く四人で会っていた。
会う度にたわいも無い話や、つまらない事、色々な事をして四人で遊んだ。
その様な平凡な日々が、自分にとって最高の幸せだった。
他にも良い事があった。剣の腕が上達していった事。
危険度の高い依頼を難なくこなせる様になり、稼ぎが上がった。
だが、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。
人間関係、共に仕事、その他諸々充実した生活が三年続いたある日、ラルフが失踪した。
その事件を境に、自分の幸せだった日々はまたも打ち砕かれた。
ラルフは居なくなる前、自分に会う為に教会に行くと言って家を出たらしい。
その話があり、帝国軍の人間が教会へとやって来た。
帝国軍に話を聞かれたりしたが、自分は心当たりは無かった。
ラルフが居なくなったその日、自分の元には来ていない。
その話を聞いた帝国軍は、念の為教会の中を捜索していたが、ラルフは見つからなかった。
当たり前だ、自分がラルフを誘拐する訳ない。
軍は村や、その近辺も捜索したが、結果は一緒だった。ラルフは居なかった。
自分達三人も、もちろんラルフを探した。でもラルフは出て来ない。
ラルフ失踪事件から数日が経った日、アリス・ガルシアに話があると教会の一部屋に呼び出された。
自分がその部屋に行くと見せたい物がある、そう言われて、そいつが部屋の壁のある部分を叩くと、隠し通路が現れた。
そして、それを降りていくと機械が並び立っている訳が分からない場所に出た。
しかし、今なら分かる。その場所は、パンドラの箱の作戦室だ。
後々知ったが、アリス・ガルシアは、パンドラの箱の隊員でもあった。
創世の騎士団の一員として、エレナ達を裏切りながらパンドラの箱に所属していたのだ。
同時は自分はそんな事知る余地も無く、案内されるまま作戦室を通り過ぎて、もう一つの部屋へと進んだ。
そこは遺跡で目にする、実験室の様な部屋。色々な機械、ガラスカプセルがあった。
まだ奥にも部屋があったが、どうでも良かった。
その理由は、部屋中央のガラスカプセルの中に――ラルフが入れられていたからだ。
裸の状態で、何かの液体と共にぷかぷかと浮いている。
直ぐにラルフに駆け寄り、ガラスカプセルを破壊しようとする。
しかし、攻撃は弾かれる。恐らく、魔力障壁が張られていたのだろう。
『アグレも協力して欲しいのです。世界を救う研究を』
気が気でない自分に、アリス・ガルシアが冷ややかな顔でそう言ってくる。
『何を言っている!? お前がラルフをこんな風にしたのか!? 今直ぐ解放しろ!』
自分はアリス・ガルシアに掴みかかる。
『協力、してくれないのですか……仕方ないのです……』
アリス・ガルシアが指を鳴らすと、あいつの横にあの傀儡が現れた。
傀儡の攻撃で吹き飛ばされ、壁に激突する。
そこで自分は意識を失くした。ラルフに手を伸ばしながら。
意識な戻った時には、自分もガラスカプセルの中に居た。
焦りながらも、周囲を確認する。真横のガラスカプセルにはラルフが姿があり、正面には、何やら機械を弄っている、アリス・ガルシアの姿があった。
自分はそこから出ようと、素手でガラスを叩く。だが、案の定、びくともしない。
『あ、気が付いたのですね! もう直ぐ、貴方は人と言う存在を超えた、生物に生まれ変わるのです! それまでの辛抱なのです!』
意味不明な事を……ガラスを更に叩き続けた。
アリス・ガルシアはそれを無視して、淡々と鼻歌を歌いながら、機械を弄る。
その時点で、以前のアリス・ガルシアとしては見れなかった。
奴の顔はもう、狂った価格だったから。
そんな日々が暫く続いたある日。もう、こうして閉じ込められてから、何日経ったか分からない頃。
今頃、自分も失踪したと大騒ぎになっているんだろうな。そんなつまらない事を考えながら、何時もの様に機械を弄るアリス・ガルシアを朦朧とした目で眺めていた。
『出来た! 出来たのです!』
機械から顔を離し、飛び上がって喜ぶ、アリス・ガルシア。
『喜んで下さい! これで二人共、解放されるのです!』
開放される? 今こうして閉じ込めたのはお前じゃないか!
そう口にしようと思ったが、もうそんな気力は残っていなかった。
『では、早速――』
アリス・ガルシアが機械のボタンを勢い良く押すと、体に激痛が走った。
他にも、目眩、吐き気、頭痛等の症状が、引き起こされた。
『ああ、ああああああああああ!?』
叫び声がラルフの方から聞こえてくる。
さっきまで眠っていたが、痛みで叩き起されたのだろう。
『ラル――フ――』
ラルフの名前を呼ぼうとするが、痛みや気持ち悪さで気を失ってしまった。
……それから、どれくらい気を失っていたか分からない。
ある時、再び体に激痛が走り、意識を取り戻した。
体は痺れて、上手く動かない。きっと、電流を流されたのだろう。
まだはっきりとしない意識の中で、部屋の中を確認する。
すると、正面に、アリス・ガルシアと見慣れない人物の姿があった。
『お目覚めかね』
その人物はそう自分達に対して、そう言った。
容姿は黒いローブで隠れて見えなかったが、声からして男だと言う事は分かった。
『この二人が、実験に成功した個体なのです!』
『ほう、二匹もか。流石、アリス・ガルシア。狂科学者の名を与え、正解だった』
『えへへ……まだ試作段階ですけど……』
『いや、充実だ。では、実験のデータを渡してもらえるかな?』
『はいなのです!』
アリス・ガルシアは、メモリーチップをその男に渡す。
こいつは、自分達を利用して、ある実験をしていたのだ。
その実験のデータが入ったメモリーチップが、その時渡したそれだ。
『確かに。良くやった、アリス』
男はアリス・ガルシアの頭を撫でる。
『えへへ…………あ、そうでした! まだ見せたい物があるのでした! こっちなのです!』
アリス・ガルシアは男を連れて、奥の部屋へと姿を消した。
これからどうなるんだろうか、自分達は……そう考えながら、ラルフの方を見た。
ラルフは目を虚ろにして、ただぼーっとしているだけだった。
こいつはもう、生きる気力を失っているんだ。そう確信した。
正直、自分も限界だった。このまま死んでいくのだろう……その時目を閉じた。
数分、暗闇の中に居た。このまま暗闇の中に居たい。そう思った時、とてつもなく大きな揺れが響き渡った。
それで、自分は現実に引き戻された。
そして、、次の瞬間――ドンッ! と何かが起こった。
一瞬、何が起こったか分からなかった。状況を理解したのは、それが終わってからだ。
自分とラルフはガラスカプセルが割れ、実験室の床に放り出されていた。
周りを見ると――そこはもう、元の実験室の面影は無かった。
天井は吹き飛び、地面も吹き飛んで空が見えていた。
ここは地下の筈だ。こんな事は有り得ない。焦りながら周囲を確認した。
実験室の機械は壊れ、壁も床もボロボロ。周囲は自分達だけを残して、クレーターの様に土は抉り取られていた。規模は村一面。
爆発だ。報道された通りに爆発で村は滅んだ。
自分達は、ガラスカプセルに張られていた、魔力障壁で間一髪助かった。
訳が分からない自分は、取り敢えず、倒れているラルフを揺すって、起こそうとする。
だが、幾ら揺すっても起きない。まさか死んでるんじゃないかと思い、脈を確認すると、幸いな事に脈はあった。
自分は心から良かったと、思いつつ、ラルフを抱え、その場を離れようとしたが、何処からともなく、吹き荒れる強風で身動きが取れ無くなった。
ラルフを守ってその場に伏せ、強風が止んだ時、ゆっくりと体を起こすと――。
『――――――――』
鼓膜が破れそうなくらい、大きな魔獣の声が、間近から響く。
声がした方向――天を見ると、そこには大きな影があった。
それは、黒いドラゴン、黒龍だった。
『なっ、何だ、あれは……』
その時は、それがドラゴンだとは思いもしなかった。
未知の生物を前に、唖然として、立ち尽くす事しか出来なかった自分達を黒龍は身構えて、口を大きく開ける。
そこにエネルギーが集まり、太い光線として、こちらを狙って吐き出す。
またも、死を悟った瞬間だった。しかし、今回も死は訪れる事は無く、黒龍の攻撃は逆に希望を呼び寄せた。
次の瞬間、目の前には、杖を構えたエレナが、黒龍の攻撃を魔法で防いでいた。
『甘いわっ!』
エレナが杖を勢い良く振ると、攻撃が跳ね返って、黒龍の右翼を直撃する。
黒龍は叫び声を上げながら、村上空を去った。
『――怪我はないかのう、お主達』
エレナが振り返って、そう聞いてくる。
助かったのか……心の中で呟いた。
『うむ、もう大丈夫じゃ』
エレナの言葉に驚いた。まさか心が読める……と言う訳では無く、心の中で呟いたつもりが、どうやら口に出ていた様だ。
『そ、そうか……』
自分はその場に倒れ込む。それをエレナは受け止めてくれた。
『うむ、後は全て、わしに任せておけば良い。今は休んでおれ』
その言葉を最後に、自分は目を閉じた……。
◇◇◇
「……次に目を覚ましたのは、一ヶ月、パンドラの箱の施設のベッドの中だった。ラルフは隣のベッドで眠っていた。それから色々あってラルフは一旦、帝国西の孤児院に……自分はパンドラの箱に入る事になった」
「……じゃあ助かったのはあんたとラルフだけ、だったのか……?」
「そうだ。村の人々はあの爆発で死んだ。だが、ルカとクラリッサの遺体だけ、出てこなかった。だから行方不明となった。だが、エレナが言うには、あの爆発で生き残っている可能性は、零に近いと言っていたから、自分も死んだんだと思っていた。そう割り切って生きてきた。今日の今日までな」
自分はルカを睨みつける。
「ふ、俺も死んだと思ったよ。あの爆発が起こった時にな」
ルカは挑発的な態度を取る。
「……それにしても、爆発の原因は何なんだ? そのローブの男と、そこの奴が関係してるのか?」
「爆発は黒龍が引き起こした」
「こ、黒龍が?」
「……聞いた事がある。ドラゴンは幼体から覚醒する時、周囲に膨大な魔力を放出し、爆発を起こすらしい。村一つなら、簡単に吹き飛ばすだろう……」
「そ、そんな……じゃあ、ラリデルク村はその爆発で……?」
「ああ、ステラの言った通りその爆発で村は滅んだ。村の人々を巻き込んでだ――アリス・ガルシア、あの奥の部屋には、ドラゴンの幼体を保管してたんだろう!?」
「……その通り、なのです……あの部屋は、ドラゴンの幼体の実験室だったのです……」
やはりか……やはりこいつのせいで村は……!
「ドラゴン……あ、あの、もしかしてですけど……そのドラゴンがエメヤ村までも……って、そんな事無いですよね……だって、きっと、そのドラゴンが村に向かって行ったのなら、エレナさんが気付いて、直ぐに倒してくれますもんね……」
ティアは恐る恐る、嫌な予感が当たらないで欲しいと言わんばかりの顔で訊いた。
「……エレナは、ずっと悔やんでいた」
「え?」
「自分達の保護を優先し、黒龍の追跡が遅れ、エメヤ村を壊滅させてしまった、と」
「そ、そんな……」
「……エメヤ村は、黒龍に滅ぼされた」
「そんな、そんな事って……アリスさんのせいで、シフィーの故郷が……」
ティアの目から涙が零れる。
「待て、シフィーの名前が、何故お前の口から出てくるのだ?」
「ぐす……え? わ、私、シフィーやエリカと、同じ村で育ったんです……幼馴染、です……」
「……これも巡り合わせか」
「な、何で貴方はシフィーを知って……?」
「ああ、それは――」
「その話はおいおいにしてくれ、今はこっちの話が先だ」
ステラの言葉を遮って、話を戻す。
「そうだったな。続けてくれ」
「……そして、事件は真実を隠されたまま報道された。ラリデルク村は原因不明の爆発、エメヤ村はドラゴンの襲撃。真実の糸をプツリと切られて。事件の裏に、アリス・ガルシアの影を残さぬ様に……」
「……そうか、そいつの悪事が明るみに出れば、芋ずる式にパンドラの箱の情報も明るみになってしまう……だから、そう言う結末で、事件は幕を閉じた」
「その通りだ。その結果、アリス・ガルシアは政府に追われること無く、今こうしてのうのうと生きている……両村の人々を差し置いて……! お前に分かるか!? この憎しみが! どうなんだ! アリス・ガルシア!!」
「……そ、それは……」
アリス・ガルシアは言葉を濁す。
「お前達もだ! ルカ、クラリッサ! 何でこんな奴と一緒に居る!? 知らなかったとか抜かした事言うんじゃないだろうな!? こいつは――」
「そんな事、言われなくても分かってる!」
ルカは机をドンと叩く。
「お前とラルフを監禁し、実験の道具にした! そんな事ぐらい分かってる! 許せないのは俺達もだ!」
ルカは声を荒らげる。
「だが、俺達は、こいつに頼るしかないんだ!!」
……頼るしかない? こんな奴を?
理解に苦しむ。二人はどんな考えがあるんだ?
「……なら、話してくれ。何故こんな奴と一緒に居るか、その経緯を」
「ああ、話すさ。この七年間の事を。良いな? クラリッサ」
「うん、話してあげて、アグレさんに」




