九十話 アグレ・サリヴァンの過去 一
自分、アグレ・サリヴァンは二十四年前、千三十四年六月十七日。帝国南部にある、ジサと言う小さな村で生を受けた。
その村に居た頃は、父親は自分が幼い頃に亡くなり、母親と二人で貧しい暮らしが続いていたが、何も不満は無かった。
村の皆が良くしてくれ、もちろん母親も沢山の愛情をくれた。
才が無かった自分は、軍人になって成り上がり、村の皆や母親に、恩返ししてやろうと思い、剣の道を歩む事にした。
それを知った母親には、『そんな事は考えなくていいのよ。私は貴方が、生きているだけで嬉しいんだから』と、言ってくれた。
だが、それでは自分の気が収まらない。その日から、自分は我流で、剣の練習を死に物狂いで始めた。
……その頃だった。何も変哲も無い、自分には幸せだった日々がぶち壊されたのは。
自分が十二歳の時、村に悲劇が舞い降りた。
何時もの様に剣の練習をしている見た事の無い、武装した連中が、村を占領した。
その連中は帝国に属する、周辺諸国の兵だった。
村を占領した理由は、帝国への反乱。恐らく、小さな村だから、簡単に制圧出来ると踏んだんだろう。
住んでいた村は、帝国領土で言えば辺境の地。帝国軍が到着するのに、かなりの時間を要した。
軍が反乱兵を鎮圧する頃には建物が壊され、村は半壊状態。その上、村の半数以上の人が殺された。
……その中には自分の母親も含まれていた。
自分を庇っての死だった。殺意に染まった刃が、自分に襲いかかってくる。死を覚悟した。手足が震え、体が動かない。しまいには目を瞑る。
……だが、何時まで経っても、痛みは感じない。その代わり、顔に何か、液体の様な物が垂れる感覚を感じた。
ゆっくりと目を開けるとそこには……母親が自分を抱き寄せ、背中から刃が突き刺さっていた。
今でも忘れはしない。母親のな体から流れ出す、生温く、べっとりとした、血の感触。母親の苦しそうな顔、声。
自分は唐突な事で、涙も、声さえも出なかった。
みるみる母親の体が冷たくなる……死に近付いているのだ。
その直後だ。帝国軍が到着したのは。
帝国軍は武力差を見せ付け、あっという間に反乱軍を鎮圧した。
それと同時に、母親が息を引き取った。
『アグレ……貴方はこれからも、幸せに生きるのよ……』
――――そう言い残して。
たった一人の肉親を亡くして、幸せに生きていける訳ないだろ……! そう言ってやりたかった。
だが、その時の自分は、またも、声も涙も出ず、立ち尽くしているだけだった。それだけで精一杯だったんだ……。
……生き残った人々は歓喜の声を上げる者、亡くなった者の死を悲しむ者が多数だった。
その一方で、自分は反乱軍は勿論の事、帝国軍への憎しみの感情が湧き出てきた。
もう少し早く、ここへ到着していれば、母親は死なずに済んだかもしれない……反乱兵に刺されずに済んだかもしれない……そんな考えが……。
だが、終わった事を今更言っても、何も変わらない。この感情は、今日の今まで、これからも胸に秘めている。
それにその時には、精神的にも、体力的にも、もう限界だった。
そこで自分は気を失った。
次に目が覚めた頃は、帝国軍の簡易的な医療テントの中だった。外は日が落ち、夜になっていた。
外に出てみると、帝国軍の兵が、この悲劇で亡くなった者の遺体を、道幅跨いだ向かい側のテントへと、運び入れていた。
その光景を見てようやく、あれは夢では無いと確信した。
それを確信したと同時に、自分は生きる希望を失った。
母親や、村の人々に恩返しする、その希望が、夢が。これから何を目標に生きればいい……剣の道も、何処を目指して進めば良い……その全てを失った……。
◇◇◇
「……その出来事、覚えてます……まだ私は小さかったので、うっすらですけど……」
話が一段落した時、ティアが口を開く。
「ああ、俺もだ……国は違えど、かなりの大事だったからな……」
「……ふむ、そうか、あの反乱の出来事でお前は……」
ゼノとステラも覚えている様だ。
「あ、ごめんなさい……話を遮ってしまって……」
「気にするな。こんな話、口出ししなければ、気が済まないだろう」
「それで、それからあんたはどうしたんだ?」
「ああ……親を亡くした自分は、帝国政府が運営する孤児院へと入れられる流れになった。だが、さっきも話した通り、自分は帝国への憎しみの感情を、少し抱いていた。だから、周りの反対を押し切り、冒険者へなる事に決めた」
「ならば、その続きの話、聞かせてくれるか?」
当たり前だ。中途半端な所で切るつもりは無い。最後まできっちりと話す。この話はまだ序の口だ。
ステラの問いに小さく頷き、話を続ける――――。




