八十八話 待ち伏せ
それから自分達はなんとか、旧市街前直前まで歩を進めた。
「……ふむ、本当に鎧を脱いでいれば、スリーナイトのあのステラだと気付かれないな。彼女の言う通りにして正解だった」
ふと、ステラがそう口を開いた。
「彼女……もしかして、エレナ・ライトの事か?」
「ああ、私がいつも着ている鎧のまま王国へ行こうとしたら、目立つからこの服に着替えて行け、と無理矢理着替えさせられたのだ。おかしなものだ。姿を隠す鎧を脱いで、正体を隠せるとは……」
「鎧が役割を果たしている証拠だ。お前は、素顔を知られない為に、鎧を着ているんだろう? ならその選択が、今こうして功を奏している。そう考えて良いんじゃないか?」
「確かに、そう言う考えもあるが……やはり、こうまで気付かれないと言うのは少し……何と言うか、寂しいものだ」
厳格な人物と話で聞いてはいたが、案外親しみやすい奴なのかもしれない。
こいつの口から、そんな寂しい等と言う言葉が、出たのには少し驚いた。
「……そろそろ、旧市街だろう。こうやって、つまらない話をしている場合では無い。早く行こう」
ステラは照れ隠しの様にそう言って、一方的に話を打ち切って、先をどんどん歩く。
「もっと、お堅い人物かと思っていたが、意外だ……」
「まぁ、年頃の女だからな。確か、十七かそこらだった筈だ」
「十七!? 俺より年下じゃないか……ん? 確か、彼女がスリーナイトの席に就いたのは……」
「八年前、前任が死んだ直後だ」
「と言う事はたった九歳で!? 凄いな……帝国のスリーナイトは……」
ゼノは感心する様にそう言った。
そこで会話は途切れ自分も歩くペースを上げて、ステラについて行く。
そして、遂に自分達は旧市街へと足を踏み入れた。
「ボロボロの建物ばかりだな……」
ステラが旧市街の建物を見渡す。
旧市街に入ると、人通りがめっきり減り、子寂しい雰囲気が漂う。
「最近は、倉庫街として利用されているらしい。ゼノ、現場まで案内頼めるか?」
「ああ、こっちだ」
ゼノに案内されるがままについて行く。
「……あそこだ」
ゼノが1軒の廃家の前で立ち止まる。
「あれか……見つからない内にさっさと調べて、撤退しよう」
ゼノとステラは中に入る。
……おかしい、何故見張りの兵が居ない……。
それにさっきから、巡回している筈の兵も見掛けない……誘い込まれている、そう言う事なのか?
……しかし、ここで退けば、事件の真相への道は遠のいたままだ。
腹を括って入るしかない……。
自分も藁にもすがる思いで、廃家の中へと入る。
廃家の中は見た目通りボロボロになった木製の家で、一見は特に、目を引くものは無い。
「……ゼノ、ここは死体が発見された当初から、何も変わっていないのか?」
「そう聞いているが……そうか、血痕の有無を聞いているんだな? 血痕は発見された時から無かったらしい。見た通りに。だから――」
「別の場所で殺され、ここに運ばれた。そうだろう?」
「気付いていたのか……」
何はともあれ、これでリゼの仮説が正しかった事になる。
別の場所で殺され、ここに運ばれた。そうとしか考えられない。
「何故、犯人はそんな事をしたのだ?」
「そこはまだはっきりしていない。殺害した現場から、ここまで運んだ手口もだ。どうやってあの、旧市街の厳重な警備を掻い潜って、ここまで運んだのか……不可能犯罪としか……」
「いや、方法は一つある。それを可能とする方法が」
「方法? そんな方法が何処に?」
「ゼノ、お前は先月、帝都で起こった事件を覚えているか?」
「先月?」
「カレン卿の殺人事件だ」
「あの事件か……待て、確か、その事件の新聞の記事に、カレン・フォン・デルヴィーニュを殺した少女が最後、立ち去る際に、何かの魔法で姿を消したと書かれていた……もしかして、その事か?」
「そうだ」
「じゃあ、あんたはそいつを犯人だと?」
「それしか考えられないだろう。この手口は、普通の人の手では、到底再現出来ない」
「……しかし、例えそうだとしても、どうやってそいつの足取りを追う? 確かに王国では最近、目撃情報があったが……」
「その事なら心配無い、そうだろう、アグレ」
ステラは自分に話を振ってくる。
それに対し、ゼノが自分に不可解だと言わんばかりの視線を送ってくる。
「……実は自分はその人物、ラグナロクの使徒のサリルに命を狙われているんだ」
「命を狙われている!? 何故あんたがテロリストに!?」
「分からない……ただそういう訳できっと近々、また、あいつはあっちから姿を現すだろう」
「つまりあんたを囮にして、か……心配だが……」
今はどうする事も出来ない。そう言いたげだった。
「今はとにかく、犯人を確定させる所から始めよう。まだそのサリル、だったか。そいつが犯人だとはまだ決まった訳じゃ無い」
「ああ、可能性として、頭の隅に置いてもらっていて構わない。ここは本来の目的を果たそう。アグレもそれで良いな?」
「もちろんだ。なら、この廃家を調べて――」
「そこまでだ」
その時、廃家の扉が勢い良く開かれ、騎士団員十数名と、とある人物、あのルーベンが中に入ってくる。
「くそ、騎士団か! それにルーベン・リア・ベリサリオ、あんたまで……!」
「ふふ、この廃家を見張っていて正解だったよ。犯人なら、犯行がバレた今、証拠隠滅の為にここに来ると踏んでね」
やはりか……。
「待ち伏せされていたか……ならば」
ステラは剣を抜く。
「もう一度あれで――」
「待て」
ステラだけに聞こえる声で、構えを取ろうとするのを止める。
「あの技はお前の正体がバレる可能性がある。騎士団相手には使うな」
「……分かった。お前の指示に従う」
不満はありそうだが、何とか了承してくれた。
「何やら、こそこそ話しているが、何を考えようともう無駄だ。アグレ・サリヴァンとその共犯者、殺人の罪でここで拘束させて貰う! 奴らを捕まえるのだ!」
ルーベンがそう指示を出すと、騎士団員達が剣を引き抜く。
「……どうやら、こうなったら戦うしかない様だな。お前達、気を抜くな」
自分達はそれぞれ武器を構える。
「行くぞ――」
「――その戦い、我も加勢させて貰おう!」
その声が聞こえた次の瞬間、近くの窓がパリンと割られ、人影が中に転がりこんでくる。
「お前達は……」
その人物達は、服に付いた硝子の破片を手で払いながら、ゆっくりと立つ。
「――ったく、何であたしが窓を割って、転がり入らなきゃいけないのよ!」
「ふ、怪盗の登場はかっこ良く、派手に決めるものだ」
「そんなの知らないわよ!」
そんなそいつらのやり取りに、騎士団員達は困惑していた。
「な、何だ、こいつらは……」
ついでにゼノも。
「……っと、そんな事を言っている場合では無いな――アグレ・サリヴァンよ! 我、怪盗アルセーヌが貴様等に加勢する!」
その二人は怪盗アルセーヌと美術館から盗み出された人形だった。
「あの怪盗アルセーヌまで共犯だったとは……しかし、そんな事はどうでも良い。まとめて捕まえるのだ!」
騎士団員達が一斉に襲いかかってくる。
「ヒスイ、相手をしてやれ」
「はぁ……分かったわよ」
ヒスイと呼ばれる人形は槍を取り出し、押し寄せてくる騎士団と交戦する。
「今のうちだ。アグレ・サリヴァンとその一行! お前達は我について来い!」
そう言って、怪盗アルセーヌは入ってきた窓から外に出る。
「ど、どうする!? ついて行くのか?」
……何故助けてくれたのかは分からないが、ここはこいつに任せて逃げるのが、正しいのかもしれない……。
「何突っ立てるの!? 早く行きなさい!」
ヒスイは牽制しながら、そう叫ぶ。
「……行くぞ、お前達」
「わ、分かった……」
腑に落ちないゼノを連れて、自分達も窓から外に出る。
「こっちだ!」
窓から外に出た所で待っていた怪盗アルセーヌについて行き、廃家前の道へと出る。
「逃がすか!」
だが、外では既に待ち伏せされていた。
「ふむ、数だけは立派だ。だが……」
「ぐはぁ!」
廃家の中から騎士団の悲鳴と共に、槍で扉を突き破って、ヒスイが外に出てくる。
「ヒスイ! 道を切り開け!」
「言われなくても、分かってるわよ……!」
ヒスイは道を塞いでいた兵を、見事な槍さばきで蹂躙する。
「つ、強い……」
ゼノが呆気に取られて、そう口にする。
「ヒスイは、このまま足止めしておけ! 今のうちだ。行くぞ」
怪盗アルセーヌの指示で、自分達は旧市街を抜け、騎士団に追われながら、中央通りを南へと進む。
「何処に向かっている?」
「ついて来たら教えてやる。今は口より足を動かせ」
アルセーヌにそう聞いているが、さっきからそれの一点張り。
……仕方ない、今はこいつについて行こう。
そして、自分達はアルセーヌについて行き、昨日来た裏路地へと到着した。
「ここだ」
「はぁ、はぁ……裏路地……? ここに何があるんだ?」
ゼノが息を切らしながら、アルセーヌにそう聞く。
「我等の隠れ家だ。ほとぼりが冷めるまで匿ってやる」
やはり、この辺りにこいつらの隠れ家が……。
「はぁ、はぁ、なら早く、そこに案内してくれ……」
「いや、まだ駄目だ――」
「居たぞ! 捕まえろ!」
そうこうしている内に、追ってきていた騎士団三名に、見つかってしまう。
「少し、応戦するぞ」
アルセーヌはナイフを構える。
「その必要は無いわ――」
そこに頭上ヒスイが現れ、騎士団員の前に立ち塞がる。
「や、屋根から……」
「怯むな!」
騎士団員がヒスイに襲いかかる。
「甘いわっ!」
一人目の攻撃を弾き、槍の突きを食らわす。
すぐ様二人、三人目が同時に攻撃を仕掛ける。その二人の攻撃を弾き、薙ぎ払いで同時に二人を倒した。
「……ふぅ、これで全部?」
ヒスイは槍を仕舞いながら、こちらへ歩いてくる。
「ああ」
「なら、ちゃっちゃとあそこへ行きましょ。そいつらも連れて行くんでしょ?」
「当たり前だ。その為に助けたのだからな」
その為に助けた?
「どういう事だ?」
「ついてくれば、説明する」
アルセーヌはそう言いながら、あの開けた場所の中央に立ち、懐から金色の腕輪の様な物を取り出す。
「さ、あんた達も早く行きなさい」
ヒスイに促される形で、自分達もアルセーヌの傍へと並ぶ。
「……あの地へ導け、メタスタシス」
腕輪を掲げてそう唱えると、足元に光る魔法陣が浮き上がる。
メタスタシス……。
「な、何だ? 魔法か?」
「……なるほど、そう言う事か……」
二人がそう呟いている間に、魔法陣の光が増し、目の前が光に包まれる。
自分は堪らず目を瞑ってしまう。
「…………ここは……」
光が収まり、目を開けると、そこは裏路地とは縁のない緑に包まれた、真っ平らな草原だった。
風が緩やかに吹き、草花が揺れている。
「ど、何処なんだここは!? さっき確かにあの裏路地に……」
ゼノは相変わらず戸惑っていた。まぁ、無理も無い。
「ほう、中々凝った魔法だな。だだの怪盗だと侮っていた」
「ならば少しは考えを改めて貰えると光栄だ……さぁ、ようこそ、我等の隠れ家へ!」
アルセーヌはそう言い放った。




