八十七話 パンドラの箱について
パンドラの箱、それが自分達が所属している部隊の名前だ。
「……パンドラの箱……そんなの聞いた事が無い……」
ゼノは当然、混乱していた。
「秘密部隊なんだから当たり前。あんたみたいな一市民に知られていたらお終いよ。ねぇ、アグレ?」
「そうだな。外部に情報が漏れていないと分かって、安心している」
「まあそう言う事。それで何か質問はある? ある程度の事は答えるわよ」
「な、なら、改めて聞きたいんですが、この中でその、パンドラの箱の隊員は……」
ゼノは、その場に居る三人を見渡して聞く。
「ここに居る隊員は自分とリゼだけだ。雷帝はその存在を知ってはいるが、隊員では無い」
「付け加えると、私と同じスリーナイトのジャックス卿も、この部隊の存在を知っている。いや、我々だけでは無いな、この部隊の存在を知っているのは」
「そうね、他にも、帝国なら皇帝や一部のお偉いさん、帝国軍の上層部。王国も帝国と同じ様に、王国政府の上層、後は王族の方が知っている……いえ、関わっているわね」
「……何だか、意味深な物言いですね」
「うーん……」
リゼは返答に悩んでいる様だった。
そして暫くして、口を開く。
「……そうね、この話もしておくべきね。パンドラの箱はね、帝国国家魔法師、直属の部隊とされているけど、本当は帝国、王国、両国の資金援助があって、成り立っているのよ」
「……なるほど、正確には帝国だけの組織では無い、そう言いたいんですね?」
リゼは無言で頷く。
「帝国、王国の二国で作られた秘密部隊、そっちの方がしっくり来るんじゃない?」
「……そうですね……」
「……さて、ここまで聞いて、一つの疑問が浮かび上がってくるんじゃないかしら? 何故帝国だけじゃ無く、王国も協力しているのかって」
「…………」
ゼノは少し考えてから、それを口に出す。
「見返りがあるから……ですよね?」
「その通り。事実上、部隊の所有権は帝国にあるのだけれど、王国にも力を貸しているの」
「具体的には?」
「公に出来ない事件の捜査、とか。例えば、政府重役の不正なんか。他にも、帝国軍、王国騎士団に頼めない闇の深い事件。今回の王国連続殺人事件みたいのね」
「……それはどういう事ですか?」
リゼからその言葉を聞いた瞬間、ゼノの表情が強ばる。
「つまり、今回の事件、公に出来ない理由があるって事ですか……!」
「そうよ……ねぇゼノ、あんた確か港街ナムカ出身だったわね?」
「……それがどうかしたんですか?」
「それから、両親を幼い頃に亡くし、街の教会の孤児院に二年前亡くなった妹と一緒に預けられた……」
「な、何で知っているんだ……?」
「それはね、あんたの預けられた教会のシスター、テッサ・マクシームから聞いたからよ」
「な、何故テッサさんの名前が!? どういう事なんだ! 説明してくれ!」
「あー、はいはい、慌てないの。ちゃんと説明するから」
声を荒らげたゼノを宥めるようにそう言うリゼ。
「テッサ・マクシームは私達と同じ、パンドラの箱の隊員なのよ」
「……テッサさんが、パンドラの箱の……隊員……?」
「そうよ」
「待て、公に出来ない理由って言うのは……」
「うん、被害者がパンドラの箱の隊員だから。彼女だけじゃ無い、他の被害者達も全員パンドラの箱の隊員」
そう、自分達がその事件を追っていた理由はそれだ。
「パンドラの箱の隊員はね、公に出来ない事件を調査し易くする為に、各所の騎士団、教会にそれぞれ一人ずつ潜伏しているの。民間人、軍人、その両方の視点から物事を見る為にね。でも、この聖堂は特別、ここは王国ならパンドラの箱本部みたいなものだから、基本待機命令を下されている私が控えとして配属されているわ。それで、その潜伏していた兵が両方殺された。それも二箇所で。偶然にしては出来すぎているとは思わない?」
「……つまり、こう言いたいんですか? 何者かが、その事を知って、何らかの目的で意図的に殺人に至ったと。パンドラの箱の隊員を狙って」
ゼノの言った通り、自分はそう睨んでいる。
「ええ、その通りよ。もしも犯人がパンドラの箱の事を知っていたとしたら、一刻も早く、身柄を押えなければいけないわ」
「何処から情報が漏れかは分からないが、この部隊が公になれば、二つの国は揺らぎかねない。何せ、都合の悪い事件の真相を隠蔽してきたんだからな……ゼノ、改めて言う。自分達に協力してくれ。何としてでも、犯人を見つけ出さないといけないんだ」
自分はゼノに右手を伸ばし、握手を求める。
「……正直、ここで聞いた話はにわかにも信じられないものばかりで、普通は自主的には協力しようとは思えません」
当然だ。自分がお前の立場でも受け入れ難い話だろう。
「……でも、ここに入る前、俺はあんた達に協力する、そう言いました。ここで言葉を変えて断る事なんて、馬鹿な俺には出来ませんよ」
ゼノはそう言って、自分の手を取る。
「本当に良いのか?」
「今更引けませんよ。王国の影に、片足を突っ込んだんですから」
「お前……」
ゼノは自分の顔を見て、力強く頷く。
「ほう、言うではないか。私も頼りにさせてもらうぞ、ゼノ・サンチェス」
ステラはそう言って、ゼノの肩に手を置く。
「雷帝と呼ばれるあんたの力になれるかは分かりませんが、出来ることはします」
「ふ、それで良い」
……これで何とか、行動開始出来そうだ。
「上手く纏まったみたいね。それじゃ、これからの方針について、話し合いましょ」
自分達三人は、そう言い放ったリゼの顔を見て、頷く。
「あんた達三人は、これから旧市街の死体発見現場に向かうのよね?」
「ああ、自分達三人でそこへ行ってみる。お前達も良いな?」
「異論は無い」
「三人って……」
ゼノは自分とステラを見る。
「そうよ、あんた達三人。私は連絡係として、ここに残るわ。イマココであった事も、エレナさんに報告しておかないとだし。何かあったら、アグレが持ってる携帯型通信機で、ここに掛けて来なさい。番号は分かるわね?」
「ああ、大丈夫だ」
「よろしい。じゃあ後は……そうだ、ゼノ」
「? 何ですか?」
「私達に、無理して敬語を使わなくていいから。それで話すと疲れるでしょ?」
「え……あ、ああ、分かった……」
ゼノはいきなり無関係な話を振られて、少し戸惑っていた。
そんな話は今はどうでもいいだろうとリゼの考えを疑ったが、言われてみれば確かに、ゼノの敬語にはおかしな点が幾つかあった。
確かに、こちらとしても敬語で話されるのは妙に落ち着かない。
「うん、それで良いわ。最後に誰か質問はある?」
「……じゃあ……」
ゼノは小さく手を上げる。
「今まで聞いていなかったが、あんたの名前は?」
「……あ、うっかりしてたわ。私の名前はリゼ・ウォルドーラ、この聖堂の管理人……他に質問は?」
リゼが自分達を見回すが、誰も口を開かなかった。
「……うん、じゃああんた達、気を付けてね。恐らく、外はかなりの数の兵が居るからくれぐれもね」
「分かっている。お前達、行くぞ」
「うむ!」
「ああ!」
自分達はその場にリゼを残し、作戦室を後にした。
「……大丈夫だ、見える範囲には、騎士団の姿は見当たらない」
聖堂一階に到着し、自分は入口の隙間から外を見渡す。
「よし、外へ出よう」
「目的の旧市街は王都の東だ。ちゃんと遅れずに付いてこい」
「ああ、分かっているとも」
「……行くぞ」
聖堂の入口をゆっくりと開け、中央通りへと出る。




