八十六話 パンドラの箱
じゃあ、こいつがエレナの言っていた助っ人なのか。
「……昨日、エレナさんからこっちに人を送ると聞いていたけど、まさかこんな大物を寄越すなんて……」
リゼも予め、助っ人の話をエレナから聞いていた様だ。
「ああ。昨日の夜、メルディアシエからオラシオンに戻って早々、エレナ卿直々に要請を受けたのだ。アグレ、お前を手助けして欲しいとな」
そうか、昨日あの通信を切る直後、用があると言っていたのはこの事か……。
あの通信の後オラシオンへ行って、こいつに救援要請を頼んだ、そう考えて良いだろう。
「何やら厄介な事になっているみたいだが、安心しろ。私がお前達に責任を持って、手を貸す」
「それは有難いが……あっちの件はどうなっている? オラシオンに戻った時、帝国軍からも要請を受けたんじゃ無いか?」
「確かに……ここに何故、スリーナイトの一人であるあんたが居るかはまだ分かりませんが、帝国は今、例の件で大変な事になっているのでは?」
「ああ、それはもちろんの事。しかし、こちらの方が大事だと判断した。個人的な理由でだ」
個人的な理由、か……。
「個人的な理由?」
「……とにかくそれは良い。エレナが折角、寄越してくれた人手だ。とことん付き合ってもらう。今の状況は最悪だ、昨日とは打って変わって、人手が少しでも欲しい」
「ああ、よろしく頼むぞ、アグレ・サリヴァン!」
ステラは力強く頷く。
「……ゼノ、次はお前に聞きたい事がある。お前は、自分が騎士団に追われている理由を知っている様だが、聞かせて貰えるか?」
「はい。サリヴァンさん、昨日俺達の所へ来ましたよね? その時、俺達と話した事、覚えていますか?」
「話した事……王国連続殺人事件の話か?」
「王国連続……??」
……しまった。その呼び方は自分達の間でしか浸透していない。
「悪い、ここ、エルドラドとナムカで起きた殺人事件の事だ。それを自分が勝手に名前を付けて、王国連続殺人事件と呼んでいる」
「ああ、なるほど、そう言う事ですか……でもやっぱり、サリヴァンさんはナムカとエルドラドで起きた殺人事件の関連性を知っているんですね……」
「は? あんたもしかして、二つの事件が繋がっている事をこいつに話したんじゃないでしょうね?」
何故か、リゼが呆れた顔で話に割り込んでくる。
「あ、ああ、そうだが。何か不味かったか?」
「……はぁ……あんたって奴は……」
そして、大きく溜息をつかれる。
「……道理で、騎士団があんたを……」
「そちらの人は、ご存知の様ですね……実はそれが原因で、騎士団にサリヴァンさんが追われる理由になったんです」
「……どういう事だ?」
「俺も昨日、初めて知ったんですが、どうやら、二つの殺人事件の関連性について、騎士団は公開していなかったんです」
……何だと…………。
「じゃ、じゃあ……」
「そう、犯人か騎士団しか知り得ない情報を持ってるから、消去法で考えて、あんたは犯人として追われるって訳。あんた自身の凡ミスでね」
……情けない、言葉も出ない……。
「簡単に言えば、そういう事です。昨日、あんた達が帰った後、ルーベン・リア・ベリサリオに何を話していたか聞かれて、その時にあんたが言った話をしたら……くそ、俺が何も知らずに話したから……」
「あんたのせいじゃないわよ。不用心なこいつのせい。全く、犯人を追う側が、犯人として追われる状況になってどうすんのよ?」
……くそ、王国に来る前に、もう少し詳しくエレナから話を聞いておくんだった……。
「……ふむ、お前達の話で大体の状況は理解出来た」
話の一区切りの様に、ステラが口を開く。
「だが、えーと、ゼノ……だったか?」
ステラはゼノを見る。
「ゼノ・サンチェスです」
「ゼノ・サンチェス……そうか、君があの有名な、探偵とやらか。存じ上げておるぞ」
「……光栄です」
「それで、ゼノ。先程のお前の口振りでは、アグレが犯人だとは、微塵も思ってない様だな」
そう言えば、ゼノは自分の事を助けてくれた。
自分の事を犯人だとは思ってないのか?
「ええ、そうじゃなければ、こんな危険な橋を渡って、サリヴァンさんに手を貸したりはしていません」
「じゃあ、あんたはこいつを犯人とは断定出来ない何かを、知ったのね?」
「昨日、サリヴァンさんは俺達の所に、ノーラ・ルイスと言う少女を預けていきましたよね?」
「……ああ」
「そう言えば、あいつの姿見ないわね……もしかして、あんた、あの事を話したの?」
……察しがいいな、リゼ。
「あいつには本当の事を話したの?」
「……嘘半分と言ったところだ」
「ふぅん……それで?」
「それであいつをジゼルの元へと預けたんだ」
「ジゼル……ああー、こいつと一緒に王国連続殺人事件の調査を命じられてた娘ね」
「ああ、ジゼルはあいつとは同じ村の出身で、幼馴染なんだ」
「ほう、だから、その娘になら任せてもいいと思って」
「そうだ」
「へぇ、そうだったのね……あ、悪いわね、話を遮って」
リゼに謝られたゼノは「いえ」と言って、話を続ける。
「……俺はジゼルからその少女が一緒に旅をしていた事を聞いて、彼女にその事を聞いたんです。サリヴァンさんがどうしても犯人とは思えなくて。そしたら、その少女……ルイスさんは気が進まない様子で話してくれました。ここ三年間、帝国にいた事を。その三年間、一度も王国へと戻って無かった事も。そこで、俺はその話を信じる事にして、サリヴァンさんが犯人では無いと、断定しました」
「……だから、自分を助けてくれたのか?」
「そうです」
「その話は、騎士団にはしなかったの?」
「もちろんしました。でも、身内の言葉は信用出来ないと、一蹴されて……」
……大体話は分かった。
だが、まだ聞いておきたい事があった。
「……ノーラはどうなった?」
「……それは……」
その問いに、ゼノは口を閉ざす。答えようか、答えまいか、前っている様だった。
「彼女は犯人と思わしき人物と三年も一緒に居たので、共犯の可能性があると判断され、騎士団に身柄を拘束されています」
「……ジゼルの方はどうなんだ?」
「俺と同じ様に、あんたを庇って騎士団に抗議したんですが、あまりにもしつこく抗議するものなので、命令違反と判断され、そっちも身柄を……」
ジゼルが自分を庇って……。
「……アグレ、あんたこれからどうすんのよ?」
ゼノが話を終え、次にリゼが話を始める。
「真の犯人を見つけるに決まっている。先ずは死体発見現場に行ってみるつもりだ」
「そうね、ここでこそこそ隠れてても状況は変わらないわ」
「無茶です! 王都全域には、騎士団の包囲網が敷かれてます! 現場の情報なら俺が……!」
「いや、現場をこの目で見てみたいんだ。それに、お前の調査に見落としがあったらどうする?」
「そ、それは……でも、サリヴァンさん自身が出向くのは……」
「ふ、心配は要らぬだろう。アグレはこう見えて、帝国ではそこそこ名の知れた剣士だ。その上、雷帝と呼ばれる私も共に行くのだ。それにゼノ、お前も共に来てくれるのだろう?」
「……待て、何を言っている?」
「? そうでは無いのか?」
ステラはあたかも、ゼノがこれからも協力してくれる前提で話を進める。
「お前は頭脳だけで無く、腕っ節も中々ではないか。先の戦闘、良い戦いぶりだったぞ。この三人であれば、騎士団如きの包囲網、突破出来るだろう」
「おい雷帝、何勝手に話を進めている。こいつはまだ自分達に協力してくれるとは一言も言っていないだろう」
「だが、話の流れは協力してくれる流れだったろう。先程、お前も人手が欲しいと言っていたではないか」
確かにそうだが、まだこいつの意思は……。
「……サリヴァンさん、もしかして俺がここであんたを見捨てると思ってます?」
自分はゼノの言葉に驚き、唖然としてしまう。
「……心外ですね。ここまで来て引ける程、落ちこぼれてはいません」
「協力、してくれるのか?」
「当たり前です。その為、こうやって話し合っているんじゃないですか。あんたにリスクを追わせない手を考えて」
「……ったく、あんたって奴は……今の状況を見て、どうやったらこいつが手を引くと思ってるのよ?」
訳が分からないまま、リゼに小言を言われる。
「普通は手を引くだろう。自分が犯人と思われて、国家組織に追われていると知れば、よっぽどの馬鹿以外は手を引くに決まっている」
「ふん、俺はそのよっぽどの馬鹿なんですよ。どこまで言っても、何処か合理的には考えられない、そう言う人間なんです」
ゼノは胸を張って答える。ここまで言われたら断れない。
人手が増えるのは正直嬉しい。断る理由は無い。
「分かった、頼む。だが、現場へは自分自身で行く。そこだけは譲れない」
「……分かりましたよ。頑固な人ですね」
ふ、お前には言われたくは無いな。
「じゃあ、その代わりと言っては何ですが……あんた達、一体何に噛んでるんですか?」
「へぇ……それ聞いちゃうんだ?」
「ええ、皇帝直属のスリーナイトの一人、ステラ・ロペス……」
ゼノはそう言いながら、ステラを見る。
そして、次に自分の方を見る。
「……そして、帝国の偉大なる魔女、国家魔法師のエレナ・ライト……それ等の名前がこんな王都の一部でしか無い大聖堂で、どうして出て来るのか……ここまで来て、聞かずにはいれませんよ」
……そうだな、王国連続殺人事件に協力して貰うなら話しておかなければならない。
「リゼ、見せてやれ」
「……良いの? あんたの一存で決めちゃって」
「ああ、自分が責任を持つ」
「……了解、皆、ついてきて」
自分達はリゼの後をついて行き、大聖堂右奥の何の変哲も無い壁の前で、立ち止まる。
「壁……? ここに何か……?」
「……ゼノ・サンチェス」
リゼは、不思議そうに壁を眺めるゼノの方を振り向く。
いつものおどけた表情と違い、真剣な表情で。
「あんた、影へと踏み込む覚悟はある?」
「……? 影? 言っている意味が……?」
「いいから聞きなさい。質問は後で幾らでも聞くわ」
「…………」
ゼノはリゼの真剣な顔を見て、黙り込む。
「ここから先は、帝国と王国の影の部分よ。そこに踏み込めば、二度と真っ白な、真っ当な人間には戻れない……それでも、ゼノ・サンチェス……あんたはそこに踏み込む覚悟はある?」
「…………俺は、探偵と言う仕事を始めた二年前、その頃丁度妹を亡くしました。自殺と言う形で。ただ一人の家族を……その自殺には、不自然な点が多々あった。でも事件を結局、最悪な自殺と言う形で終わらしてしまった……! 探偵と名乗っているのにも関わらず! 唯一の家族を! 妹を! ……そんな俺はもう、真っ当な人間じゃない……」
ゼノは胸の前に拳を持ってきて、ぎゅっと握る。
「帝国の影だか、王国の影だか知らないが、こんな事で困っている人を見捨てて逃げたら、殺されてしまった妹に、顔向け出来ない!」
腹はとっくに決まっていたらしい。
「じゃあ、良いのね?」
ゼノは静かに頷く。
「分かったわ。少し待ってて」
リゼはゼノに微笑みかけてから、壁と向き合う。
そそれから、壁のある部分を、手のひらで力一杯押し込む。
すると、そこが直径五十センチ程の大きさの長方形の形に、切り取られた様に凹む。
それを確認したリゼは、手を離し、一歩後ろへと下がる。
数秒待つと、その壁全体が扉の様に開き、地下へと進む階段が現れる。
「こ、これは……隠し通路?」
「そうよ。さ、行くわよ」
「は、はい」
困惑するゼノを連れ、階段を下りる。
階段は狭く、足場が悪い。
「足元暗いから気を付けなさい」
リゼはそう言いながら、魔法アイテムボックスで手持ちランタンを取り出し、火を点ける。
「……何処まで続くんだ、この階段……」
「もうすぐよ」
階段を降り始めて数分、ようやく深層へと辿り着く。
深層には両開きの扉があった。
「これは……遺跡等で見る……」
扉の真ん中付近には、数字パネルが付いた、スライド式のカードリーダーが設置されている。
「良く知ってるわね。遺跡に行った事があるの?」
「い、いえ、知り合いに遺跡の写真を見せてもらって……」
「へぇ、そうなの」
そう言いながら、リゼはシスター服のポケットからカードを取り出す。
それをカードリーダーにスライドさせてから、数字パネルでパスワードを打つ。
リゼがそれ等の作業を終えると、端末からピピッと音が鳴った。
「……準備はいい?」
「……はい」
ゼノの返事と共に扉が開かれ、自分達は中に入る。
「こ、これは……」
「どう? 驚いたでしょ?」
中に入ると、広い空間が広がっていた。
そこには、コンピュータ等の機械が並んでおり、部屋に入って正面には、壁一面を覆うの大きさのモニターが設置されており、画面には色々な情報が映し出されていた。
「ほう、話に聞いていた通りか」
「……こ、ここは……一体、何なんですか!? あんた達は一体!?」
「私達は帝国と王国の影……帝国、国家魔法師エレナ・ライト直属の秘密部隊、パンドラの箱の隊員……そしてここが……」
リゼは一歩前に出て、シスター服を靡かせ、くるっとその場で一回転する。
「ここが秘密部隊パンドラの箱、そのアルパベーラ王国、王都エルドラド支部の作戦室よ!」
「パ、パンドラの……箱……」




