八十五話 追われる身
翌日。八月二十七日の朝。
結局、日をまたいでもネハルムは宿に戻って来なかった。
何かあったんだろうか。
……そう言えば、今日、王国で皇帝暗殺の件が公開される筈だ。
ラジオでその件に関してのニュースを聴けるだろうか。
そう思い、部屋に置かれていたラジオの電源を入れる。
『――との事で、王国政府は帝国に全面協力する意思を発表しました』
どうやら先程まで、その件に関するニュースを放送していた様だ。
ニュースキャスターはそれからも話し続けていたが、エレノアが言っていた事と何ら変わりは無かったので、途中でラジオを切った。
窓の外からは、騒がしい声が聞こえてくる。
号外、号外、と叫ぶ新聞売りの声。
そして、ニュースやその新聞を読んで困惑する民衆の声。
王国も帝国と同じで、混乱の渦が巻き起こっている。
取り敢えず、自分は今出来る事をしよう。
先ずは昨日言った通り、王国連続殺人事件の死体発見現場へと向かう。
それから、エレノアからも話を聞かなければ……。
「……ん?」
携帯型通信機が鳴っている。誰からだ?
自分はその通信に出る。
「誰だ?」
『アグレ、今何処におる?』
相手はエレナだった。
「エレナか。王都の南東辺りの宿屋だが」
『南東……と言う事は、あそこの宿か……』
「おい、急に何だ?」
『あ、まだ言ってなかったのう。今、そっちに助っ人を向かわしておる』
「助っ人?」
『うむ』
ああ、だから、エレナは急に自分の居場所を聞いてきたのか。
自分の元にその助っ人とやらを向かわせる為に。
『さっき、そろそろ王都に着くと言っておった。もうすぐ到着すると思うからそれまで、そこから動くんじゃないぞ?』
「あ、ああ、それは良いが、その助っ人は誰なんだ?」
『それは……着いてからのお楽しみじゃ』
何だ、もったいぶりやがって。
まあ、こちらに着けば正体が分かる話だ。
深くは突っ込まないでおこう。
「分かった。取り敢えず、自分はここでまっていればいいんだな?」
『うむ。それで良い。それじゃ、そいつをよろしく頼むぞ』
エレナはそう言って、通信を切った。
今更人手が増えても何も変わらないと言うのに……。
今は人手より情報の方が欲しい。事件に関する情報が。
それなのに一体エレナは何を考えているんだ……?
そんな悪態をついていると部屋の扉が開き、昨日から待っていた人物が中に入ってくる。
「ネハルムか。随分と遅かったが、何かあったのか?」
それはネハルムだった。やれやれ、やっと戻ってきたか。
「あ、ああ、少し警備の手配以外に少し問題があって……こんな時間まで騎士団にこき使われたよ、ははは……」
……? 少し様子が変だな……。
「そ、それより、ノーラの姿は見えないが……どうしたんだ?」
ネハルムは不自然に話を変える。
「あいつはもう、ここには戻ってこない」
「ん? どういう事だ?」
ネハルムに昨日、ノーラが自分の元を去った事を伝える。
「ふむ、朝霧病……話には聞いていたが、まさかノーラの故郷も、関わっていたとは……それに、そんな話を君はずっと隠していたなんて……」
「軽蔑しただろう。こんな自分を」
「いや。それは黙っていた理由にもよるな。君は何で、それを今まで黙っていたんだ?」
「それは……」
……いや、言えない。そこだけは。
「言えないな」
「……言えない、か。だが、君が言わなくても、俺には大体予想が付いている。君はノーラを朝霧病から守りたくて、言わなかったんだろう? 彼女の性格では、そんな話を聞けば、直ぐに故郷に帰ると言い出しただろう。でもそれは、彼女が朝霧病に感染する恐れがある。だから君はずっとそれを隠し、ほとぼりが冷めた今、打ち明けた。そうだろう?」
…………。
「ノーラがこれを聞いて君の元を去ったとは思えない。君は、嘘の理由を言ったんだな?」
……良く自分達の事を見ている……。
たった一日しか一緒に居なかったのに、ここまで見透かされている。
「何故、嘘の理由を?」
「……だからだ。だから、あえて、本当の理由を言わなかった。本当の理由を言えばお前の言う通り、あいつは自分の元を去らなかっただろう。だが、あいつにはもう故郷に戻って欲しかった。家族に会って欲しかった。王国に居る今、チャンスだと思い、あいつを突き放す形で自分の元を去るように仕向けたんだ」
これが本当の理由だ。嘘偽りない、本当の理由。
「そうだったのか……すまない、無理に聞き出す形になってしまって」
「気にするな」
「ああ……アグレ、最後に確認させてくれ」
「ああ、何だ?」
「君は王国に居る今、と言ったが、三年前以降、王国には来ていないのか?」
「そうだが」
「本当だな?」
「ああ、本当だ。もっと早くに王国に来ていたら、あいつとは別れている」
何故、そんな事を聞くんだ?
質問の意図が理解出来ない。
「そうか……なら、アグレ、君は今すぐこの宿屋から逃げろ」
「? 何を言っている?」
「良いから、早く逃げろ! 君は騎士団に追われている!」
何だと……自分が騎士団に……?
「待て、順を追って説明しろ」
「もう時間が無いんだ! 俺が今ここに来たのも、君を油断させて、騎士団が君を確保する作戦なんだ! 俺が昨日帰ってこなかったのも、その作戦の段取りを話し合っていたからだ! だから早く、ここから逃げろ!」
……突拍子も無い話だが、ネハルムの目は本気だ。
「分かった。取り敢えず、お前の言う通りにする」
「ああ、ついて来い!」
ネハルムは部屋の扉を開け、廊下に出る。
「っ! アグレ! こっちは駄目だ!」
直ぐにネハルムが部屋の中に戻ってきて、そう叫ぶ。
それに続き、数人の騎士団員達がどたどたと部屋の中に入ってくる。
「アグレ・サリヴァン! 動くな!」
騎士団員達は剣を構えて、こちらを見る。
……どうやら、ネハルムの言っている事は本当の様だ。
「アグレ! 窓から逃げ、ぐっ!」
「ネハルム!」
ネハルムは騎士団員達に殴られ、拘束される。
「くっ、訳が分からないが、逃げるしかないか……!」
「待て!」
自分は窓硝子を突き破って身を投げる。
そして、部屋があった二階から外へと着地する。
「アグレ・サリヴァンが逃げた! 捕まえろ!」
騎士団の一人が、割れた窓からそう叫ぶと、近くで控えてたであろう、他の騎士団の連中が姿を現し、一気に退路を絶たれる。
ちっ、こうなったら、戦闘は避けられないか。
「今だ! お前達、あいつを捕まえろ!」
騎士団員が一斉に襲いかかってくる。
自分は太刀を引き抜き、正面の攻撃を弾く。
そして、すぐ様背後からの攻撃を弾き、団員を足蹴りして、吹き飛ばす。
「怯むな! 絶対に捕まえろ!」
次から次へと、団員達が襲いかかってくる。
「数が多い……!」
何とか攻撃を捌きながら、立ち回る。
だが、この状態が続けばいつまで経っても、この場を離れられない……。
奥の手もまだ使えない……どうしたのものか……。
「ぐわっ!」
その時、背後の騎士団員の悲鳴と、その団員の体が地面に伏せる音が聞こえた。
「退け!」
直後に、聞き覚えのある声が聞こえる。
「大丈夫ですかっ! サリヴァンさん!」
先程の声の主が姿を見せる。
「お前は、ゼノ・サンチェス!」
「助太刀します! はぁ!」
ゼノは篭手をはめた手で、近くの団員に攻撃を加える。
「お前どうしてここに!?」
「話は後です、先ずはこの場を切り抜けましょう!」
「……分かった。背中は預ける」
ゼノと背中を合わせ、騎士団と対峙する。
「ゼノ・サンチェス! 貴様、我々騎士団に、反逆するつもりか!」
この場の指揮官らしき団員が、ゼノにそう言葉を投げかける。
「ああ、そうだ! 俺はお前達の意向には同意出来ない!」
「ならば、貴様も共犯だ! お前達、二人を逃がすな!」
『はっ!』
騎士団の攻撃が、勢いを増す。
「凄い数ですね……」
「一気に突破する! 二の型、重撃影!」
その場で飛び上がり、重撃影で着地して、付近の団員を吹き飛ばす。
「今だ!」
「はい!」
ゼノは重撃影の攻撃で吹き飛ばなかった団員を篭手で殴り、片付ける。
「道が開けました!」
「行くぞ!」
自分達はその道を駆け、指揮官の男へと詰め寄る。
「ここは通さん!」
「邪魔だ!」
ゼノは剣の横ぶりをしゃがんで避け、顎下から右アッパーをかます。
「ぐわぁ!」
男の視線が天を向いている間に、追い討ちの左ストレートが溝に入る。
「良くやった! このまま北へと直進するぞ!」
「はい!」
苦しんでいる男を横目に、自分達は突き進む。
「これから何処へ!?」
走りながら、ゼノが聞いてくる。
「エルドラド大聖堂だ! そこに信頼出来る知り合いが居る!」
ここはリゼに助けを求めよう。
「だったら中央通りですね、こっちです」
「ああ!」
自分達は中央通りへと抜ける。
「止まれ! アグレ・サリヴァン! ゼノ・サンチェス!」
中央通りでは、騎士団達が出待ちしていた。
「やはり、街中に包囲網を張られているか……」
「どうしますか!?」
「突破する! 他の場所に逃げても、出待ちされている筈だ。意味が無い」
「分かりました!」
自分達は、騎士団の連中へと突っ走って行く。
「絶対に通すな! ここで捕まえろ!」
『はっ!』
騎士団も自分達の方へと、向かってくる。
「一の型、閃雷!」
閃雷で騎士団の渦に突っ込み、何人かを戦闘不能にする。
だが、ゼノと孤立してしまう。
「サリヴァンさんっ!」
ゼノは騎士団と交戦しながら、こっちを見る。
「自分の事は、心配するな!」
ゼノに返事を返しながら、騎士団の攻撃を弾く。
……そうは言ったものの、思ったより数が多い。
早く、この場を切り抜けなければ……。
「――紫電一閃!」
――雷撃が、真横を貫く。
「がぁぁぁ!」
騎士団員が十人弱、悲鳴を上げて倒れる。
何だ、一瞬で……この雷撃は……。
「助太刀しよう!」
そして、気付いた時、背後から女の声が聞こえた。
その声の主を見ると、金色の剣を構えた女の姿があった。
容姿はエクレベージュ色の髪をクラウンブレイドにして、白のブラウスの上に、黒のコルセットドレスを着用し、ブラウン色のブーツを履いていた。
顔はキリッとしており、気が強そうな女だ。
……誰だ、見覚えが無い。
助太刀しよう、そう言っていたが……。
誰か分からないが、今は猫の手も借りたい気分。共に戦ってくれるのなら、有難い。
「貴公の指示に従う。どうすれば良い?」
「取り敢えず、道を切り開け! 大聖堂までの道を!」
「承知した!」
女は剣を水平に構える。
「――はぁぁぁぁぁ……!」
金色の剣に、魔力が集まっていくのを感じる。
そして剣はやがて、魔力では無く、雷を纏い――。
「――雷光刹那!」
一振り。女の前方に、雷撃が音と光を立てて、広範囲に放たれる。
範囲に居た騎士団員達を気絶、又は戦闘不能にさせた。
「ひ、ひぃぃぃ!」
今の攻撃を見て、残った騎士団員達の殆どが戦意消失していた。
「な、何が起こったんだ……?」
ゼノはその女に対して、怯えた表情を見せた。
何と言う一撃だ。一瞬で……。
この雷撃まさか……いや、今はとにかく大聖堂へと向かわなければ……。
「今だ! 一気に大聖堂まで行くぞ!」
「は、はい!」
「ああ!」
自分達はそのまま、大聖堂へと辿り着いた。
「ここが大聖堂か……」
「騎士団に見つからない間に、中に入るぞ」
大聖堂へ入って、リゼを探す。
リゼは昨日と同じ、主祭壇の所で突っ立ってた。
「! あんた、大丈夫だったの!?」
自分に気付いたリゼが駆け寄ってくる。
「騎士団に追われてるって聞いたけど、何があったの!?」
「もう知ってるのか……それが自分にもさっぱりなんだ」
「そうなの……って、後ろの二人は?」
リゼはゼノと女を見る。
「一人はゼノ・サンチェスだ。探偵の」
「んー……言われて見れば、新聞で見た顔ね……でももう一人は……」
リゼも女の方は見覚えが無い様だ。
「まだ聞いてなかったな。お前は誰なんだ?」
大体予想は出来ていたが、一先ず、この質問を投げかける。
「ふ、ふふ……」
女は小さく笑う。
「何がおかしい?」
「ふふ、いや、すまない。鎧を脱げば、案外気付かれないものなのだなと思ってな」
「鎧……? あ、あんたまさか!?」
ゼノは何か気付いた様に声を上げる。
「……スリーナイトの一人、雷帝ステラ・ロペス、そうなんだな?」
「ああ」
謎の女、いやステラは頷く。
やはりか。金色の剣を振り、あの強大な雷撃を扱う人物なんて、限られる。
「お前がアグレ・サリヴァンだな。エレナ卿の要請で助太刀に参った。これからよろしく頼む」




