八十四話 朝霧病について
「話?」
「ああ、大事な話だ」
「どうしたの? 急に改まって」
「良いから、聞いてくれ」
笑みを浮かべながら受け答えをするノーラに真剣な眼差しを向ける。
「……うん、いいよ。話して」
その思いを汲んでくれたのか、ノーラは声のトーンを落とす。
これでやっと話せる。
「ノーラ、お前は朝霧病と言う、病は知ってるか?」
「あさぎりびょう? ううん、聞いた事ない」
……当たり前だ。自分がずっと黙っていたんだから。
こんな意味の無い質問に逃げていないで、本題を話そう。
「そうか、ならそこからだな。朝霧病は……」
朝霧病について、ノーラに説明した。
「……へぇ、朝霧の様に人間にとって有毒な霧が蔓延したから、朝霧病……死ぬかもしれないなんて怖いね……その朝霧病がどうかしたの?」
「ここからが本題だ。この王国は前に、その朝霧病に苦しめられたんだ。主に北部のエレピオス地方が」
「そ、そんな事があったんだ……」
「もっと具体的に言うと、エレピオス地方のオベル村、その近辺が1番酷かったらしい」
「え!? オベル村!?」
ノーラは露骨にオベル村の名前に反応する。
当然だ。だってそこは……。
「オベル村って……私の故郷の……?」
そうだ。実はオベル村はノーラの故郷だ。
「ああ、そのオベル村だ」
「……オベル村にずっと住んでたのに知らなかったよ……と言う事は、私がまだ産まれてない頃の事件なの?」
普通はそう思うだろうな。だが……。
「いや、つい最近、二年前の事件だ」
「…………え?」
ノーラは口をぽかんと開け、唖然としている。
「……う、嘘だよね? だってそれなら、知らない筈は……」
「嘘じゃない、事実だ。二年前、本当にそう言う出来事が起きた」
「そ、そんな…………」
ノーラは顔を伏せ、暫く黙り込む。
そして、あるタイミングで、ベッドから勢い良く立ち上がった。
「じゃあ…………じゃあ、アグレさんはずっとその事を黙ってたの!? アグレさんだけじゃ無い! エレナさんや、他の人達も!」
「ああ」
「っ……何で……」
ノーラは怒りの表情を顕にして、力強い足音で詰め寄ってくる。
「何でそんな大事な事を……私の故郷が危険に晒されてる事を! 何で……この二年間ずっと黙ってたの!?」
そう言いながら、自分の服を両手で掴みながら、体を揺らす。
「それは自分達が朝霧病に、関与しているからだ」
「…………え?」
自分の体を揺らすノーラの手がぴたりと止まる。
「関与してるって……どういう事……?」
「どうもこうも無い、そのままの意味だ。自分達は朝霧病の事件に関わっていると言う事だ。お前を除いてな」
「そ、そんな……」
ノーラは自分の服から手を離し、糸が切れた操り人形の様に、床にへたり込む。
「この事を話したら騒ぎ出すだろう。今のお前みたいに。そうやって騒ぎ出して、この重大な情報が外部に漏れたら終わりだ。だからあえて、今まで言わなかったんだ」
「……そんな理由で、今まで……言わなかったの……?」
「ああ、そうだ」
「……っ……」
ノーラの拳に、僅かに力が入る。
きっと、今のノーラは怒りの感情で満ち溢れているだろう。
自分に対しての怒りが。
……これで良いんだ、これで。いずれこうなる事は覚悟していた。
「ねぇ……」
「ん?」
「……お父さん達や、ジゼル、村の人達は大丈夫なの……?」
「お前の両親や、村の住民の近況は知らない。ジゼル本人は大丈夫だ。だが、弟が朝霧病にかかったらしい。ジゼルの父は朝霧病が原因かは分からないが、その事件の直後に亡くなって、弟の治療費を稼ぐ為に騎士団になった」
「……ヒューゴが? それにジゼルのお父さんが亡くなって……」
ヒューゴと言うのは、ジゼルの弟の名前だ。
「……そっか、今日ジゼルにその事を聞いて、罪悪感から本当の事を言おうと思ったんだ……」
ノーラは自分を睨んでくる。
「いや、違う。これ以上隠し切れないと思ったからだ。王国に居てはいずれ、お前の耳に真実が入るだろうからな」
「……話した理由も酷いね……」
「酷いも何も、真実だからな」
「っ……」
これで、こいつは完全に自分の事を軽蔑しただろう。
「ノーラ、お前はジゼルの元へ行け。こんな自分ともう一緒には、居たくないだろう。そこで一泊して、明日の朝、オベル村に帰るなり、ジゼルと一緒に居るなり、好きにしろ。ジゼルの元までは送って行ってやる。ここまで付き合ってくれた礼だ」
「……貴方なんかに言われるまでも無い……これ以上一緒に居たくないけど、場所が分からないから、仕方なく送られてあげる……」
ノーラはゆっくりと立ち上がり、部屋の出口へと歩いていく。
「そうか」
自分もノーラの後を追い、部屋を出てジゼルの元へと向かう。
あの貸家に着くまで、気まずい雰囲気の中、静かに街中を進む。
その間、一言たりとも会話は無かった。
貸家に着き、玄関をノックすると、数十秒後家の中からジゼルが姿を現した。
「は、はい――え、え? アグレさんと、ノ、ノーラちゃん!?」
「……久しぶり、ジゼル……」
暗い声で、ジゼルの名前を呼ぶノーラ。
「う、うん、久しぶり……ど、どうしたの? 何かあったの?」
ジゼルはノーラの様子を察し、慌てながら駆け寄る。
「……ぐす……ジゼル……!」
ノーラは涙を流しながら、ジゼルに抱きつく。
「え? な、何があったの? ノーラちゃん!」
ジゼルの問いかけにノーラは何も答えず、泣き叫ぶばかり。
通行人の視線がこちらに集まる。
「ジゼル、そいつを泊めてやってくれ」
「と、泊める……?」
「ああ。訳あって、そいつは旅を辞めて、村に帰る事にした」
「え? 訳あってって、一体何があったんですか!?」
「詳しい事はそいつから聞いてくれ。一つだけ言っておくと、そいつが今こうして泣き叫んでいるのは、自分が原因だ」
自分はそう言い残して、その場を去る。
「え!? あ、あの待ってください!」
ジゼルは自分を止めようと声を上げているが、ノーラが抱きついてて、身動きを取れない。
自分はそれを気にも止めず、その場を後にした。
投げやりだが、後の事はジゼルに任せればいい。
……あいつもあの話を聞けば、もう自分にも寄ってこないだろう……。
「……ネハルムの奴まだ帰ってきてないのか」
宿屋の部屋に戻ると、まだネハルムは戻ってきていなかった。
遅いな。何か警備の手配に関して、問題があったんだろうか。
……そうだ、今のうちにエレナに、今日の事を報告しておくとするか。
携帯型通信機でエレナに連絡を取る。
『おう、アグレか。何か用かのう?』
エレナは連絡に直ぐに応じてくれた。
「今日の報告だ。少し厄介な事になった……」
自分は今日あった事をエレナに報告した。
『……ほう、ファントムリージョンか……効果を聞く限り、かなり厄介じゃのう』
「お前の見解はどうだ。やはり、魔法か?」
『そうじゃな。魔法じゃろう』
「そうか」
『ふむ……まぁ、何はともあれ、用心するんじゃぞ』
「分かっている」
と、言っても、対策法が分かっていない今、どう用心しても無意味だろう。
次交える時は、下手したら殺されるかもしれない……。
「あいつの言葉はどう思う?」
『意外な所に敵が潜んでいる、か……それはあまり気にしない方が良いじゃろ。あやつは敵じゃ、こちらを惑わす無意味な言葉かもしれん。それよりも、お主が気にするのは、エレノアの提示した期限じゃ。九月五日、それ迄にこの事件、王国連続殺人事件を解き明かす自身はあるのか?』
「王国連続殺人事件?」
『今回の事件に、いい加減名前を付けようと思っての……そこは気にしなくていいんじゃ。どうなんじゃ? ええ?』
「……今の状態じゃ、難しいかもしれない」
『やっぱりか……』
エレナは大きな溜息をつく。
「だが、必ず解き明かす。あいつらの為にも、お前達が、数々の物を犠牲に、築いてきた秘密を守る為にな」
『……うむ、それで良い。わしらも全力でお主をサポートするからのう』
「ああ」
『……それはそれとして、アグレ。お主、何かあったのか?』
「どういう意味だ?」
エレナの質問に意味が分からず、思わず聞き返してしまう。
『いや、お主の声が、心做しか暗く聞こえてな』
……そうなのか?
全く、そんな自覚は無いが。
『それで、どうなんじゃ?』
「実は……」
エレナに、ノーラとの出来事を話した。
『そうか、遂に話したか……』
「ああ……悪いな、お前の意見を聞かずに、勝手に話して」
『良いんじゃよ。元々わしはあやつに、話しても良いと言っとったんじゃから。それにこれはお主が決断した事、とやかくは言わん』
「悪い、恩に着る」
『何じゃ、改まって。気色悪いのう。わしは少し用があるから、これで切るぞ』
「ああ、また何かあれば報告する」
自分はエレナとの通信を切り、窓際に設置されている椅子に座り込む。
……さて、ここからは、王国連続殺人事件の解決に全力を尽くそう。
取り敢えず、明日は死体発見現場へ行ってみよう。何か分かるかもしれない。




