八十三話 身分制度
「今のは流石に酷いよ!」
ん、何だ……?
訓練所に到着すると、ノーラの怒鳴り声が聞こえてきた。
何かあったのか、そう思い、周りを見回すと、訓練所でノーラがこの学校の生徒数人と言い合っていた。
そして、そのノーラの背後には足を押え、塞ぎ込んでいるレティと、それを心配して寄り添っているレオの姿があった。
その様子を見て、慌てて三人に駆け寄る。
「どうした! 何があった!?」
ノーラが自分に気付き、こちらを振り向く。
「アグレさん! この人達が……」
ノーラがその生徒達を指さす。
「お前達は……」
「うっわ、また部外者が来たぜ」
そう言ったのは、ガラの悪い金髪の男子生徒だった。
「知ってるか? この学校は部外者立ち入り禁止なんだぜ?」
男子生徒はへらへらと笑いながら、挑発する様な仕草をとる。
そいつの周りにいる生徒達も、俺達を見ながらくすくすと笑っている。
「……ちゃんと生徒会から許可を貰っている。それよりも、この様子、随分と険悪だが、何をした?」
「別にー? ただこいつらが、俺らに喧嘩を売ってきたんだよ。なぁ、お前ら?」
「そ、そうだな」
「え、ええ」
他の生徒はその男子生徒に同意する。少し様子はおかしいが。
「は!? そっちが先に売ってきたんだろうが!」
背後からレオが怒鳴る。
「……ノーラ、何があった?」
「私達がアグレさんを待っていたら、急にこの人達が突っかかって来たんだよ! 邪魔だ、退け、とか、この平民風情が、とか……それに怒ったレティが言い返して、そしたらいきなりこの人がレティを突き飛ばして……」
「それで、その拍子に脚を挫いた、と……」
ノーラは無言で頷く。
なるほど、ノーラの言う事が本当なら、10対0で相手が悪い訳だ。
……レティの表情を伺うと、かなり痛がっている。
「ふ、突き飛ばした? ちょっと押したら、転んだだけなんだが」
「そんなの突き飛ばしたと一緒だよ! とにかく、貴方はレティに謝って!」
「はぁ? 平民ごときに謝れだと? 公爵の地位を持つ、モルガン家のこの俺にか?」
「モルガン家? じゃあお前が、デーヴィッド・モルガンか?」
「ああ、如何にも、それが俺の名前だが?」
こいつがデーヴィッド・モルガン。この傲慢な態度、二人から聞いていた通りだ。
なら他の生徒は取り巻きという事か。
「ふん、俺の素性を知った途端黙り込んだな。どうした、怖いのか?」
「……笑わせるな。親の七光りで威張ってる奴の、何処に怖がる理由がある?」
「んだとぉ!?」
デーヴィッドは右の拳を振りかざしてくる。
「何!?」
その腕を軽々と掴み、力で押し返す。
「手が早いな。モルガン家ってのは、こんな短気な奴らばかりなのか?」
「くっ……! こいつ……言わせておけば!」
自分の手を振り払おうとするが、がっちりと固定していて、全く振り払えない。
「っ……そんなゴミみたいな平民を庇うなんて、馬鹿じゃないのか?」
……まさか、ここまで腐ってるとはな……。
「……ゴミじゃない。こいつらは、自分の弟子だ」
握っていた手を緩め、軽く後ろへ、デーヴィッドを突き飛ばす。
「ふ、ふふ、ははは! 何だよそれ! 弟子? 馬鹿じゃねぇのか!? 何を言い出すかと思えば、そんなくだらない事かよ! そう言えばこいつら、惨めに剣の練習をしていたな! って事は、あんたはそいつらの剣の師匠って事か!」
デーヴィッドは、腹を抱えて笑っている。
「こんなゴミ共を弟子にするなんてお前相当馬鹿だぜ!? きっと剣の腕も大した事ねぇんだろう!」
……我慢の限界だ。
この腐ったガキの根性、叩き直してやる。
「なら、試してみるか?」
「……おう、望む所だ」
自分とデーヴィッドは同時に1歩、前に踏み出す。
「――やめて! 師匠!」
その瞬間、レティが声を張り上げ、自分を止める。
「ああ、やめてくれ、師匠!」
続いて、レオも自分を制止する様に、声を出す。
自分はレティとレオの方を向く。
「師匠がそいつなんかに手を出す必要は無いよ!」
「そうだ! 師匠とそいつじゃ、勝負にならねぇ! それに、そいつは俺達の相手だ! 師匠に出張って貰ったら、俺達の面子が無い!」
「……お前達……」
……どうやら、自分がしようとしていた事は、二人にとって無粋な行為だったらしい。
そうか、お前達はお前達の手で、こいつに勝ちたいんだな……。
「っ……お前らぁ! 好き勝手言いやがって!!」
デーヴィッドが怒鳴り声を上げて、殴りかかって来る。
「絶対許さ――」
「そこまでよ!」
その時、訓練所に声が響いた。
デーヴィッドは動きを止め、声のした方へを見る。
振りかざしかけた拳は、自分の目の前で止まった。
それに動揺することも無く、自分もその方向を見ると、そこにはエレノアの姿があった。
「エフィ!」
レオがエレノアを見て、歓喜の声を上げる。
「両方とも、そこまでよ! 引きなさい!」
エレノアは自分とデーヴィッドの間に、割って入る。
「な、何だよ……」
何故かエレノアに狼狽えるデーヴィッド。
さっきまでの威勢が、まるで嘘のようだ。
「これ以上はやめて、デーヴィッド君。何か気に触ったのなら私が謝るから」
エレノアはそう言って、頭を下げた。
「エフィが謝る必要なんか無いわ! そいつらが――」
「良いの!」
「っ……エフィ……」
エレノア、お前は二人の為にここまでしてくれるのか……。
「……ちっ、しらけた。お前ら行くぞ」
デーヴィッド達はそう言って、あっさりと去って行った。
それから暫くして、エレノアがやっと頭を上げた。
「……エフィ」
レオがエレノアに声を掛ける。
「……ごめん、俺達のせいで……」
「気にしないでいいわ。十中八九、彼が悪いって分かってるから。さ、それよりも、怪我をしてるレティを保健室に連れて行ってあげて。ルイスさん、手伝ってあげて貰えませんか?」
「う、うん!」
レティが二人の方を借り、立ち上がる。
「ご、ごめん、二人共……」
「気にすんなって!」
「そうだよ、レティが謝る事無いよ」
「う、うん」
そして、校舎の方向へとゆっくりと歩かせて行く。
「……ふぅ、まさかこんな事をするとは……」
三人の背中が小さくなった頃に、エレノアがそう言ってくる。
「……悪い、自分が奴を煽ったせいでお前に頭を下げさせてしまった……」
「気にしないでください。私は自分の今出来る精一杯の事をしただけです」
エレノアは、言葉通り気にしていない様子で、笑いかけてくる。
「訓練所から聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえて、まさかと思って来たら、殴り合い寸前になっていたのは驚きですけど」
「奴は何でお前の姿を見た瞬間、威勢が無くなったんだ?」
「あー、あれですか。どうやら彼、私の事好きみたいで……」
……何とも言えない理由だ……。
「一応、私も平民と言う設定で、この学校で在校しているんで、入学当初は同じ扱いをされると思ったんですけど、何故か気に入れられちゃって」
「なら、あいつは平民どうこうじゃなくて、気に入らない奴をいびっている、そう言う事か」
「そうですね……でも大体の平民生徒には、先程の様な傲慢な態度を取っています。それに比べて、貴族生徒には一切、そう言う事は無いですね」
平民いびりはあいつなりの見栄の張り方。そう解釈した方が良いのかもしれない。
「取り敢えず、私はそろそろ行きますね。貴方との約束を果たさなければいけませんから」
「自分はあいつらを追って保健室に行く」
「保健室は校舎に入って、右の突き当たりです」
「分かった。じゃあな」
「はい」
自分はエレノアと別れ、保健室へと向かった。
保健室に入ると、レティが先生から回復魔法を受けていた。
今は大事を取って、ベッドに寝かされている。
自分とノーラ、レオはそのベッドの周りに集まっていた。
「大丈夫か、レティ」
「うん……師匠、今日はごめんね。折角稽古をつけてもらう予定だったのに……」
「今は大人しくしていろ。治ったら幾らでも、つけてやる」
「うん……!」
「それにしても、許せないよ! あの人!」
「ああ! レティをこんな目に合わせて……いつかぎゃふんと言わせてやる!」
レオはやる気満々の様だ。レティも特別落ち込んでいる様子は見せていない。
これなら、精神面の心配はしなくても良さそうだ。
……ふと、窓からその景色を見たら、日が落ちかけていた。
そろそろ宿屋に戻るか。ネハルムも戻っている頃だろう。
「ノーラ、そろそろ宿屋に戻ろう」
「あ、そうだね」
ノーラも窓の外の様子を見て、理解してくれたらしい。
「そっか、もうこんな時間か」
「師匠、ありがとうね、私達の為に怒ってくれて」
「ああ。余計な事みたいだったが」
「そんな事ないよ……あの時はああ言ったけど、正直嬉しかったし……」
レティは照れながらも、そう言ってくれる。
「そうか……じゃあな。自分達は暫く王都に居るつもりだ。見かけたら声を掛けてくれ」
「おう! またな、師匠! ……それとノーラも」
レオがぼそっと、ノーラの名前を呼ぶ。
「レオ……うん! またね!」
ノーラは満点の笑みで別れを告げ、自分達は宿屋に戻った。
宿屋に戻った頃には、外は真っ暗になっていた。
「ただいまー! って、あれ?」
ノーラが勢い良く、部屋の扉を開ける。
だが、そこには誰も居なかった。
「まだ、ネハルムさん、戻ってないね」
「そうみたいだな」
部屋の電気をつけ、中へ入る。
「警備の手配が長引いているのかな?」
そう言いながら、ノーラは部屋のベッドに腰かける。
……ここが良い、タイミングかもしれない。
落ち着いた時に話そう、今日ジゼルに会ってから、ずっとそう思っていた。
それに、なるべく王国にいる間に、この話をしたかった。
ここを逃せば、当分先になる、そんな予感がした。
「ノーラ」
自分は声のトーンを落とし、ノーラに話しかける。
「んー? なぁに?」
それに対し、腑抜けた返事が返ってくる。
そして、魔法学校でエレノアにああ言われ、覚悟が出来た。
自分は……。
「ノーラ、話がある」
ノーラに、真実を告げようと決心した。




