七十九話 魔力武装について
「落ち着いたか?」
「あ、ああ、もう大丈夫だ……」
あれから宿で部屋を取った。今日はここに泊まる予定だ。
今ネハルムは、ベッドに座って休んでいる。
「良かったー。もう安心だね!」
ノーラが大袈裟に安堵する。
「そうだな。だが、何故吐き気を催した?」
「分からない……奴の分身と戦っていたら突然……二人は何とも無いのか?」
「ああ、自分は大丈夫だ」
「私も! でもそれだと、あのサリルって子はネハルムさんだけを狙って、攻撃を仕掛けたって事になるね……」
「その可能性は低いだろう。もしそうなら何故俺を狙ったのか、その疑問が出てくる。悔しいが、俺は奴の分身を相手するので精一杯だった。足止めならそれで充分だ」
自分もネハルムの意見に賛成だ。
あいつの狙いは自分だ。そんな攻撃があるなら、真っ先に自分にかけるだろう。
もっとも、手を抜いていたと言う可能性は拭い切れないが。
「じゃあ、今一番濃厚なのは、ネハルムさん個人の精神的な問題が原因で、吐き気を催したって事?」
「その辺りが落とし所だろう。あいつの分身を見て、何かしら精神的なダメージを受けて……その辺りがな」
例えば、ネハルムがあいつの分身魔法をこの世のものでは無い何かと認識し、その衝撃で気持ち悪くなったとかだ。
「この話はもう辞めておこう」
自分はネハルムの心境に同情したつもりで話を変える。
「それよりもこれからどうするかだ。もう一度、さっきの場所を調べに行ってみるか?」
「でも一通り調べたけど何も無かったよ? これ以上調べても何も無いんじゃないかな?」
「何か引っかかるんだ。何故、怪盗アルセーヌは何も無い場所へ赴いたのか。それが」
「うーん……ネハルムさんはどう思う?」
「その前にアグレ、君に聞きたい事がある……先程の君は一体何だったんだ?」
やはりその事を聞いてくるか……。
悪手だったか、ネハルムの目の前であれを使ったのは。
「あの時、君の周りには何と言うか……凄い威圧感があった。こっちまで飲み込まれそうな……一体あれは……」
「ネ、ネハルムさん、そ、それは……」
「良いんだ、ノーラ」
慌てて言い訳をしようとするノーラを抑える。
「で、でもアグレさん……!」
「こうなっては話すしかない。大丈夫だ、ちゃんと考えはある」
「……分かった……」
ノーラは何とか納得してくれた様だ。
そんな自分とノーラのやり取りを不思議そうにネハルムは見ていた。
「……ネハルム、お前が言っているのはサリルとの戦いの中、自分の様子が変わった事だろう?」
「そうだ。様子だけじゃ無い、動作もだ。それを境に太刀を振る速度、太刀を振る力、前の戦いの君とは比べ物にならない物になっていた……その、まるで別人みたいだった」
「……あれは魔力武装と言う技だ」
「魔力……武装……?」
「ああ、その名の通り、魔力を全身に纏う技だ。お前が感じた威圧感は、自分の周囲に漂った大量の魔力だろう」
「魔力を全身に……って、そんな事が出来るのか?」
「普通は無理だ。だが……」
自分は背中に背負っていた、前々から持っている太刀を引き抜く。
「この太刀のおかげで、自分は魔力武装を使える」
「太刀のおかげ……?」
「実はこの太刀は、人工遺物なんだ。効果は、持っていると魔力武装を使えると言ったな。まぁ、魔力武装と言うのは自分が付けたんだが」
「……何故、そんな物を君が……?」
「これは元はエレナの物だったんだ」
「エレナ卿の……?」
「そうだ。自分はこの太刀を貰う代わりに今回、あいつの依頼を受けた。交換条件ってやつだ。こんな代物、一生掛けても、手に入らないからな」
「……成程、会った時から疑問だった。何故君が、エレナ卿の依頼を受けたのかが。金に困っている訳でも、名を上げたい訳でも無さそうな君が何故だろうと。だが、これで納得がいった。物で釣られたと言う訳か」
……不本意だが、そう言う事にしておこう。
「話が逸れている」
「あ、ああ、すまない。それで、その魔力武装と言うのは、どういう効果があるんだ?」
「大雑把に言ってしまえば、身体能力の強化だ。魔力で筋肉、視力、嗅覚……あらゆる体の機能を一時的に強化する」
「……風属性魔法の、ウィンドみたいな魔法か?」
「いや、あの魔法は体に魔力を纏わす訳では無い。あれは足元に魔力を風に変えて作り出し、瞬発的に跳躍力を高める魔法だ。魔力武装は体の内側から、外側、全てに魔力そのものを張り巡らせ、強化する。普通の魔法とは別物だ……ここまでは良いか?」
「……何となくは。だが、そんな強い技があるなら普段は使わないのか?」
「常時は使用出来ない。さっきも言っただろう。一時的に強化すると。魔力武装にはクールタイムがある。理由は、魔力武装はこの太刀に貯めた魔力を使って発動する技だからだ。1回に貯めれる魔力の量は限度がある。最大まで貯めて、数分しか魔力武装を維持出来ない。再び使うには、当然魔力を貯める必要があるが、魔力を貯める方法は身に付けておく事しか方法が無い。魔力を貯め直すのに、三日程掛かる」
「そうなのか……」
これで、魔力武装についての説明を終える。
再び、太刀を背に背負い直す。
「人工遺物の武具は、この世の物とは思えない戦技を使えると聞いていたが、本当だったんだな……もしかして、サリルが使っていた幻魔法紛いのあれも……?」
「自分はそう考えている。断言は出来ないが」
「あの空間属性魔法みたいな物もか?」
「そうだ。あれも人工遺物の力だと思っている」
「……ありがとう、大体把握出来た」
ネハルムを何とか納得させた様だ。
「それに、君が何で、テロリストに狙われていても、臆する事も無く、勝気に居られた理由も。その太刀があるからだったんだな……君の力を知ろうともせずに、余計な事を言ってしまったみたいだ、すまない」
「そんな事は気にするな。お前は自分を心配してくれて言ってくれたんだろう?」
「……全く……君には敵わないよ……」
いきなり、ネハルムがベッドから立ち上がる。
「どうした?」
「騎士団本部に今日、ラグナロクの使徒と接触した事を報告してくる」
「駄目だよ! まだ念の為に安静にしてなくちゃ!」
「もう大丈夫と言っただろう」
ネハルムは部屋の出入口へと歩いていく。
「けど……」
「ノーラ」
それを引き止めようとしたノーラの肩に手を置く。
「アグレさん……?」
「分かった。エレナには自分から連絡しておく。騎士団に街の警備の手配を頼む」
「ああ、終わったら、またここに戻って来る。それじゃ」
ネハルムは部屋から出ていった。
自分はノーラの肩から手を離す。
「……良いの?」
「別に大丈夫だろう。あいつは仮にも憲兵隊大尉だ」
「……そうだね……でも、アグレさん…………あんな嘘付いて良かったの?」
……。
「さっきの話、半分嘘だったよね? そりゃ、アグレさんの立場上、話せないのは分かってるけど……本当に良かったの?」
「……良い訳無い、それは分かってる。だが、こうするしかない。あいつをなるべく巻き込まない為に」
「アグレさん……」
「自分が嘘を付いて、関係無い奴らを遠ざけれるのなら自分は幾らだって嘘を付いてやる。嘘を付くのには慣れているからな」
「……私は良くないよ……だって、これ以上、アグレさんが嘘を付いて、傷付くのを見たくないから!」
……それでも自分は嘘を付く、そうは言えなかった。
何故か、言ったら取り返しのつかない事になる。そう思ったから。
「……ごめん、言い過ぎちゃった……そうだよね、こうするしか無いんだよね……」
「そうだ。こうするしか無い。この話は終わりだ、良いな?」
「うん……これからどうするの?」
「行く場所がある」
「行く場所? もしかして、殺人事件に関係する場所……?」
「ああ」
「だから、ネハルムさんを行かせたんだね」
「そうだ。行くぞ、ノーラ」
「うん!」
自分達も宿屋を出て、その場所へと向かう。




